2-4

「天の梯子はしご。その名前の通り、天界と地上とをつな梯子はしごだよ」


 理亜りあがハンバーグを切り分けながら言った。


「まだ未完成だから大丈夫だけど、あれが伸びきって天に届いたときがやばい。そうなったら、大量の天使が地上に降りてくる。XEDAゼダとしては、それだけは阻止しなきゃいけない」


「なるほど」


 唐揚からあげを飲み込んだ芙蓉ふよう相槌あいづちを打った。


 忘却ぼうきゃく地区ちくを後にした二人は、近くのファミレスに入ってその後の相談をしていた。外はすっかり暗くなっており、ちょうど夕食の時間だった。店内はみあっていて、店員やネコ顔の配膳はいぜんロボットがあわただしく通路を行き交っている。


「その、天の梯子はしごのことなんですけど」


 芙蓉ふようが言った。


「前まではあんなに高くなかった。せいぜい数十メートルくらいだったはずです。七彩ななせがいなくなってからの二か月は、天の梯子はしごが伸びるようなこともなかった。だから、あれが伸びだしたのは最近のはずだ」


「つまり、何が言いたいの?」


 理亜が聞いてきた。彼女がハンバーグを食べるのをながめながら、芙蓉が答える。


「天の梯子のところに、七彩がいると思う」


「……そうかなあ」


 芙蓉の言葉に、理亜は疑問を返した。


「確かに、天の梯子の建造に天使が関わっててもおかしくはないけどさ。それが七彩ちゃんだって決まったわけではないじゃん?」


「さっき戦った金色のやつは本物の天使でした。あいつは天の梯子の方に飛んでいったし、あの場所――『聖域せいいき地区ちく』には絶対なんかある」


 サラダを食べながら、芙蓉が言った。


 『聖域地区』とは、天の梯子が建っているひときわ大きな忘却地区のことである。二年前はゴルフ場だったらしいその場所は、今は森に囲まれた天使の拠点きょてんと化していた。


「まあ、聖域地区で何かが起きてるのは間違いないだろうね。元々さ、明日には偵察ていさつに行く予定だったんだ。XEDAゼダの目的は天の梯子の破壊だから、そもそもあそこに行かなきゃ目的を達成できない」


「明日、聖域地区に行くってこと?」


「そうそう。聖域地区には虚像きょぞう天使てんしがめちゃめちゃ沢山いるみたいだから、準備は入念にゅうねんにする予定。芙蓉くんが一緒に来てくれるならちょっとは楽になるけど……来る?」


「行きます」


 芙蓉が即答そくとうした。


 再生産された虚像きょぞう天使てんし、現れた金色の天使、そして急に伸びた天の梯子。この街に、再び天使たちが帰ってきた証拠しょうこだ。


 芙蓉の当初とうしょの目的は『七彩がいなくなった理由を探すこと』だったが、ここにきて別の可能性が浮上ふじょうした。すなわち、『七彩と再会できる可能性』である。


「じゃあ、明日学校終わりに集合ね。今整備せいびの人たちが頑張がんばってXM17を調整してくれてると思うから、明日のお昼までには何とかなると思う」


 そう言った理亜が食事を再開さいかいする。おいしそうにハンバーグを頬張ほおばっているおさげの先輩を見て、芙蓉は気になっていたことを質問した。


「今更だけど、なんで理亜さんには天の梯子はしごが見えてるんですか?」


 ――天の梯子は、一般人には認識にんしきできない。


 螺旋らせん階段かいだんが数百メートルも伸びているのに全くさわぎになっていないのはそれが原因だ。天使の力を持つ芙蓉はまだしも、普通の人間である理亜には本来なら見えていないはずである。


秘密ひみつ組織そしきのエージェントだからね。そのくらいは当然だぜ」


 どや顔をした理亜が、芙蓉に聞き返す。


「逆に聞くけどさ、なんで普通の人にはあの螺旋らせん階段かいだんが見えないんだと思う?」


「それは……」


 説明しようとして、言葉にまった。それは具体的にはなぜなのか、詳細しょうさいを聞いたことがなかったからだ。


単純たんじゅんに、認識にんしきの問題だよ」


 答えあぐねている芙蓉を見て、理亜が説明を始めた。


「芙蓉くんはさ、たまたま交差点ですれちがった人のことをくわしく知ろうと思う? その人の名前とか、住所とか、年齢ねんれいとか、家族かぞく構成こうせいとか……」


「思わない」


「だよねー。本当はその人にもその人なりの人生があるけど、そこに焦点しょうてんが当たることはない。きっと、芙蓉くんがその人の人生を知ることは一生ないだろうね」


 つけあわせの野菜を食べてから、理亜が続ける。


「同じことだよ。天の梯子という事象じしょうは確かにそこにある。でも、人々の意識いしきが向いてないから焦点しょうてんが当たらない。焦点が当たらないから、普通の人にはそれが『見えない』」


 そこで顔を上げた理亜は、「まあでも」と言った。


「二、三千年前の古代人なら、あれを認識にんしきできるだろうね。なにせ、現代とは生活せいかつ様式ようしきがまるで違うから。文化や社会形態けいたいも違えば、常識じょうしきだって違う。だから、私たちとは世界の見え方がぜんぜんちがってたはずなんだよ」


「じゃあ、理亜さんは古代人だと」


「ちがうに決まってるだろー! 十八さい! 普通に二〇〇二年生まれだよっ」


 言いながら、理亜がジト目で芙蓉をにらんだ。


「だったらなんで見えてるんですか?」


「脳をそういう状態にチューニングしてるの」


 疑問顔ぎもんがおをした芙蓉に、理亜が詳しく説明する。


「化学物質によるのう医学いがく処理しょりと、カウンセリングによる心理学しんりがく的処理だよ。お薬で脳みその機能きのうを部分的にオンオフして、普段は意識しないものを認識できるようにいじってるの。ヤバいクスリでラリった人は幻覚げんかくが見えるって言うじゃん?」


「え……じゃあ今、理亜さんは幻覚を見てるんですか?」


「ちがうよ!? あくまでたとえ話だから! 私はヤバいクスリでラリってるわけじゃないから!」


 そんな他愛たあいもない会話を続けていると、ふいに理亜がいたずらっぽい笑顔を浮かべ、芙蓉にこう聞いてきた。


「最初はあんなにやる気なかったのに、ちょっと元気になったじゃん。これって私のおかげだよね? そうだよね?」


 たしかに、昨日までと比べれば多少マシな気分になっているのは事実だ。しかし、このニヤニヤ笑いの止まらない先輩せんぱいにそれをストレートに伝えるのは、なんだか少し腹立たしい。


「ありがとうございます」


「うんうん、もっと感謝していいんだぜ?」


「本当に助かります。色々教えてもらったあげく、夜ご飯までおごってもらえるなんて」


「え」

 

「さっきデザートも頼んでおきました」


 芙蓉が言うと、理亜は天をあおいで、


「……いいけど! いいけどさ、なんで素直にありがとうって言えないのかなあ!?」


「ただでもらえるものなら、貰っておくにしたことはないですから」


得意とくいげな顔で言うな!」


 などと、その後もそんな会話をしつつ、二人は夕食をませた。


 本当は今から聖域せいいき地区ちくに行って七彩を探したかったが、二か月前と状況が同じなら、そこには虚像きょぞう天使てんしが大量発生しているはずである。万全ばんぜんすなら理亜と一緒に行動したほうが身のためだし、そもそも七彩と会えると決まったわけでもない。だから芙蓉は大人しく家に帰って、明日の突入とつにゅうを待つことにした。


 ちなみに、夕食代は不満ふまんげな表情をした理亜がすべてはらってくれた。ありがとう先輩。

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