2-3

「いつの間に……!」


 芙蓉ふようつぶやく間にも、〈アーヴィン〉は再び動き出していた。


 モスグリーンの二脚にきゃく兵装へいそうが、ガスタービンエンジンの駆動音くどうおんをかき鳴らす。即座そくざに左手が上がり、三十ミリ対装甲ライフル砲を金色の天使に照準しょうじゅんした。


 ――発砲。


 やかましい炸裂音さくれつおんとともに三十ミリ徹甲砲弾APDSが発射され、屋上にたたずむ天使に向かってかっとんでいった。天使は機敏きびんに動き、胴体の正面で両腕りょううでをクロスさせてその砲弾をガードする。


 〈アーヴィン〉が二発目の発射はっしゃ態勢たいせいをとった。


 それと同時に、金色の天使が背中のつばさを広げる。


「ダメだ――!」


 間に合わない、そう忠告ちゅうこくするより先に、天使が屋上の床面をる。次の瞬間、すさまじいスピードで飛行した天使は、気付いた時には〈アーヴィン〉の目と鼻の先で光の剣を振り上げていた。


『はや……っ!?』


 理亜りあがうめく。


 天使が剣を振り下ろした。金色の軌跡きせきを描いて、光の剣が〈アーヴィン〉へとおそかる。理亜はぎりぎりのタイミングで機体をバックステップさせていて、天使の剣は三十ミリライフル砲をり落とすにとどまった。


 しかし、次は絶対にかわせない。


 金色の天使はあまりに速すぎた。このままでは理亜が死んでしまう。


「守れ、“ロゴス”!」


 芙蓉が叫ぶと同時に、空間がらいで〈ロゴス〉が出現した。現れた黒い巨人は〈アーヴィン〉と金色の天使の間にって入り、左肩から光剣を抜刀ばっとう。金色の天使が右腕の光剣を振り下ろし――


 甲高かんだかい音と共に、二本の光剣がぶつかりあった。


 金色の光がぜ、はげしいスパークが散る。黒と金色の天使が、お互いの光剣こうけんを押し付け合う。〈ロゴス〉は劣勢れっせいだった。金色の天使は、スピードもさることながら、パワーにおいても規格外きかくがいの性能をゆうしているらしい。


『助かったぁー! ありがとう!』


 理亜が言った。後方こうほうに下がった〈アーヴィン〉が、右手のアサルトライフル砲をフルオートで連射れんしゃする。しかし、発射された徹甲てっこう砲弾ほうだんは金色の天使をつらぬけず、甲高かんだか金属音きんぞくおんを発しながら地面へと散らばった。


『なにこいつ、かたすぎない……!?』


 アサルトライフルの砲撃ほうげきに、金色の天使はびくともしない。そして、ついに〈ロゴス〉は押し切られ、敵が振り切った光剣にはじき飛ばされてしまった。


 ――遠隔えんかく操縦そうじゅうじゃ無理がある。


 芙蓉ははじき飛ばされた〈ロゴス〉の方へと走っていく。しかし、芙蓉が〈ロゴス〉に乗るのを待たず、金色の天使はその場でつばさを展開した。


『……!』


 警戒けいかいした〈アーヴィン〉がアサルトライフル砲を構える――が、金色の天使はそんな二脚にきゃく兵装へいそうには見向きもせず、夕方の大空へと飛翔ひしょうした。


『えっ?』


 理亜が間抜まぬけな声を上げる。


 敵は理亜と芙蓉を殺すことだってできたはずだ。しかし、どういうわけか天使は空へとい上がり、南東なんとうの方角へと飛び去ったのである。金色の天使はすさまじいスピードで飛んでいき、すぐにその姿は見えなくなった。


「なんだ、あれ……」


 芙蓉が呆然ぼうぜんつぶやく。


 あんな天使は今まで見たことがなかった。七彩がいなくなり、この街から虚像きょぞう天使てんしを含む全ての天使はいなくなったはずだ。だというのに、今更いまさらになって新しい天使が現れたのは一体何故なぜか。


 一つだけ言えるのは、それが七彩と無関係むかんけいのはずがない、ということだ。


 金色の天使が飛び去った方角をぼんやり見ていると、がちゃりがちゃりと重々おもおもしい足音が聞こえて、芙蓉は振り返った。


『いやぁ、危なかったね~』


 言いながら、芙蓉のとなりに並んだ〈アーヴィン〉が両膝りょうひざをついてエンジンを停止させる。ジェット機が飛ぶような駆動音くどうおん徐々じょじょにしぼんで小さくなり、モスグリーンの機体は完全に動作を停止した。


 背中のドアを開け、理亜が降りてくる。


「そういえば、私たちの目的を教えてなかったね」


 地面に降り立ったセーラー服女子が、芙蓉の方へと歩きながらそう言った。


「目的、ですか?」


「そう。埒外らちがい事象体じしょうたい隔離かくり機構きこう――XEDAゼダがこの街にエージェントを送り込んだ理由」


 理亜が芙蓉のとなりに並んで、金色の天使が飛び去った方角を見た。もうすぐ夕暮ゆうぐれの時間なのか、空は茜色あかねいろまり始めている。芙蓉が彼女の方を向くと、理亜のおさげがおだやかな風にれていた。


「あ、でも、その前にちょっとだけXEDAゼダのお仕事を紹介しておくね。理亜先輩がいろいろ教えてあげるので、心して聞くように!」


 そう言った理亜が、愛らしい笑みを浮かべて振り返った。


常識的じょうしきてきに考えれば、天使とか悪魔って空想上の存在でしょ。神様だとか天使だとか、そんなの文明的じゃないって大勢おおぜいの人が思ってる。でもさ」


 理亜が虚像きょぞう天使てんし残骸ざんがいを指さして、続ける。


「天使はここにいる。みんなが信じてる『常識』って、ある意味ただの『思い込み』なんだよ。本当はね、世界にはいろいろな可能性が重ね合わせの状態で存在してる。人間は、そのほんの上澄うわずみみだけを都合つごうよく解釈かいしゃくしてるだけなんだ」


「都合のいい思い込み、ですか」

 

「そう!」


 腰に手をあてた理亜が、にへらと笑う。


「でも、その『思い込み』こそが人間の世界だからさ。実際、科学革命がみんなの認識にんしきを変えて、魔法まほう奇蹟きせきを遠ざけた。現実にそういうファンタジーを見かけないのは、みんなそろってそれに関わるのをやめたから。科学の方が便利だったんだよ、人間にとってはね」


「なるほど」


「私たちXEDAゼダの仕事は、そんな人間の『思い込み』を守ること。たまーに異常いじょうな存在が人間社会にまぎれ込むことがあって、そのたびにXEDAゼダ隔離かくりしてるんだぜ。そういう異常な存在を『埒外らちがい事象体じしょうたい』っていいます。ここ、テストに出るからね」


 理亜はそう言うと、再び空を見上げ、金色の天使が飛び去った方向に目を向ける。


「話を戻そっか。そんなお仕事をしているXEDAゼダが、この街にエージェントを送り込んだ理由。それはね、あれが原因なんだよ」


 彼女が指をさした方向には、茜色あかねいろの空と地上をつなぐ、ガラスのシャフトのような高いとうがあった。


「……天の梯子はしご


 芙蓉がつぶやく。


 それは名前の通り『梯子はしご』だった。ここからではシャフトのように見えているそれは、天へと伸びる螺旋らせん階段かいだんの形状をしているのである。


 しかし、それは芙蓉の知っている形ではなくなっていた。具体的には『高さ』が違う。数日前までその高さは数十メートルしかなく、こんな場所からは見えなかったはずだ。それが、今や数百メートルの高さまで伸びている。


「私たちの目的はね」


 理亜が続ける。


「あの事象体エンティティ――『天の梯子はしご』を、壊すことだよ」

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