2-2

 その忘却ぼうきゃく地区ちくは、森の中にたたずむぼろぼろの学校施設だった。


 大学の分館ぶんかんである建物が二つと、付属高校の校舎が一つ。どちらも一年前に別の場所へと移転いてんしており、ここに残されているのは抜けがらとなった校舎だけだ。


 〈アーヴィン〉が、その建物たてものぐんへと続く道路を歩く。


 理亜りあが乗った二脚にきゃく兵装へいそうは、ジェット機が飛ぶようなガスタービンエンジンの駆動音くどうおんをあげ、時折ときおり排気口はいきこうから黒煙こくえんき出しながらを進める。その足取りは重々しく、一歩を踏み出すたび、がちゃりがちゃりというにぶ金属音きんぞくおんが鳴り響いていた。


「そろそろ敵が来ますけど……本当に一人でやるんですか?」


 その十メートルくらい後ろを小走りで追いかけた芙蓉ふようは、イヤホンしに理亜に話しかけた。


『先輩に任せとけって。てか、なんでわかるの?』


「ささやかなチートです。ちなみに敵は全部で三体います」


 モスグリーンの二脚兵装が、右手にアサルトライフルを構えて道路を進む。体育館の横を通り過ぎると、付属高校の正門が見えてきた。


『確かに、偵察ていさつしたときは三体だったらしいけど――』


 理亜がそこまで言ったとき、異変いへんが起きた。少し先に見える校舎の屋上から何かが飛び出し、


『――来た』


 〈アーヴィン〉の十数メートル先に、灰色の天使が落ちてきた。


 爆撃ばくげきのような音と共に、アスファルトが盛大せいだいに割れる。地面をくだきながら着地したのは、剣と盾を構えた虚像きょぞう天使てんし――〈ガナン・タイプ〉だ。


 しかし、理亜に迷いはなかった。


 ほぼ同時くらいに、左腕をかかげた〈アーヴィン〉はロケットランチャーを発射している。ランチャーの後端こうたんからバックブラストが噴出ふんしゅつし、勢いよく射出された九十五ミリのロケット弾がかっとんでいった。


 着弾、爆発。


 轟音ごうおんはじけ、炎がふくれ上がる。


 主力戦車すら撃破できる対戦車榴弾HEAT-MP。発生したメタルジェットは五百ミリ以上の分厚ぶあつ鋼板こうばんをも貫通かんつう可能だ。しかし、


『……九十五ミリでもだめかー』


 大盾で防御した〈ガナン・タイプ〉は全くの無傷だった。


『さすがにかたすぎない? 私、あれ抜ける武器持ってないんだけど……』


「やっぱり手伝います」


『いいよいいよ、まだギブってわけじゃ――』


 呑気のんきに話していた理亜だったが、正面の〈ガナン・タイプ〉が動き出すと同時に言葉を切った。その時には、〈アーヴィン〉は右腕のアサルトライフルを腰だめに構えている。


 発砲。


 だだだだ、と工事現場のような騒音そうおんを発しながら、連続で二十ミリ砲弾が吐き出される。超高速ちょうこうそくの砲弾が、赤い火線を引いて〈ガナン・タイプ〉へと殺到さっとうした。しかし、砲弾は盾に当たったそばからにぶい音をたててはじかれた。


 〈ガナン・タイプ〉が大盾に火花を散らしながら走ってくる。その動きは素早く、あっという間に距離がちぢまっていく。


 腰部ようぶから黒煙こくえんを吐き出し、〈アーヴィン〉がたおれるように走り出した。足音は重い――しかしその動きは流れるようで、驚くほどに軽快だった。


 敵との距離、四メートル。


 モスグリーンの機体が射撃をやめ、ライフルを持った右腕を引き寄せる。


 敵との距離、二メートル。


 〈ガナン・タイプ〉が長剣を振りかぶった。すれちがいざまに斬りつけるつもりだろう。


 そして、接敵せってき


 するどみ込んだ虚像天使が、すさまじい勢いで長剣を振るった。同時に片膝かたひざをついた〈アーヴィン〉は、火花を散らしてアスファルトの地面をすべっていく。


 長剣が振り下ろされるコンマ数秒前――重心を下げ、機体を安定させた理亜は、左腕のロケットランチャーで精密せいみつ照準しょうじゅんを行っていた。


 発射、着弾。


 炎がふくれ上がる。


 割れるような炸裂音さくれつおんが響く。


「――まじか」


 芙蓉にはえていた。


 理亜が発射したロケット弾が、剣を振り下ろした〈ガナン・タイプ〉の、そのひじから先を吹き飛ばしていたのだ。


『お、いけた』


 理亜が短く声を上げる。


 右腕を失いバランスをくずした虚像天使の後ろで、ねるようにして〈アーヴィン〉が立ち上がった。即座そくざにアサルトライフルを構え直し、敵の無防備むぼうびな背に向けて砲弾を叩き込む。


 だだだん、という騒々そうぞうしい射撃音。


 灰色の鎧に弾痕だんこん穿うがたれ、虚像天使がよろめく。背中に三発、しかし敵の姿勢をくずした以上の効果はない。


 〈アーヴィン〉は静かにアサルトライフルを持ち上げ、今度はその砲口を虚像天使の後頭部こうとうぶに向ける。もう一度発砲。マズルフラッシュがまたたいて、発射された全ての砲弾が敵の頭部をつらぬいた。


 さすがの天使もこれにはえられない。直撃を受けた頭部がばらばらにはじけ飛ぶ。頭部と右腕を失った虚像天使は、大きな音をたててアスファルトの路面ろめんに倒れした。


 アサルトライフルの砲口から硝煙しょうえんが立ちのぼっている。〈アーヴィン〉は銃を向けた姿勢のまま、その場にたたずんでいた。


『なるほどねー、だいたい聞いてた通りかな』


 ギリギリの駆け引きをしたというのに、理亜は少しも呼吸をみだしていない。彼女はトレーラーの中で話した時と変わらず、軽い調子でしゃべっている。


 理亜があやつる〈アーヴィン〉の挙動きょどうは正確で、全く無駄がなかった。まるで敵の性能試験をしているかのような冷静さ。彼女が行っているのは『戦闘』ではなく『計算』だ――芙蓉はそんな印象を抱いた。


「理亜さん、まだ……」


『わかってるってー』


 校舎の屋上に二体目の虚像天使が現れた。弓を持った躯体くたい――〈トルカン・タイプ〉と呼ばれる――が、遠距離から〈アーヴィン〉を狙おうとしている。


 ガスタービンエンジンが甲高かんだかうなりをあげた。


 〈トルカン・タイプ〉が弓を引く前に、黒煙を吐き出した〈アーヴィン〉が走り出す。その背中から対二脚たいにきゃく誘導ゆうどうミサイルが射出され、空中高くに舞い上がった。


 虚像天使が後退する。


 そこに、空中から落ちるように飛来したミサイルが着弾。屋上の一角が吹き飛ばされ、けむりを上げながら崩れ落ちていく。


『あと二体だよね?』


「そうです。今のやつもまだ生きてます」


『おっけー!』


 がちゃがちゃと騒々そうぞうしく走る〈アーヴィン〉が、鉄錆てつさびおおわれた校門を蹴破けやぶり校内に侵入する。校舎に沿って走ったモスグリーンの機体は、道を曲がって中庭へと向かった。


『うわ』


 理亜が間の抜けた声をあげる。


 中庭の向こう側で、〈トルカン・タイプ〉が弓を引いて待ちせしていたのだ。


 〈アーヴィン〉はすぐ近くの建物の裏に飛び込んだ。虚像天使が発射した光矢が、後ろの建物に直撃して爆発を起こす。がらがらと激しい音をたてて建物の一角が崩れ落ちた。


『すっごい火力……ミサイルみたい!』


 今度は正面の建物の角部分が爆砕ばくさいされた。続いて二階部分が吹き飛んで、瓦礫がれきがばらばらと落下する。中庭の〈トルカン・タイプ〉が次々に光矢を放ち、理亜が隠れている建物をあっという間に破壊していく。


『いち、に、さん、し……』


 その間、彼女はつぶやくように秒数をカウントしていた。芙蓉は知り得ないことだったが、それはズレの少ない、正確なカウントだった。


 〈アーヴィン〉がロケットランチャーを捨て、ずらりと長い武器を背中から引き抜く。


 30×173ミリ対装甲たいそうこうライフル砲……長砲身のその武器は、スナイパーライフルをそのまま大きくしたような見た目をしている。


 これはいわゆる『失敗兵器』だった。アサルトライフルに比べて威力いりょく段違だんちがいに高いものの、反動が大きいせいで命中率が低く、全く使い物にならないのである。


『――よし』


 理亜が呟いた。


 敵の四度目の射撃で、隠れられる場所が全て吹き飛ばされる。同時に〈アーヴィン〉が駆け出し、中庭の向こうにいる〈トルカン・タイプ〉と対峙たいじした。


 虚像天使が弓を引く。逃げも隠れもできない距離だ。コンマ数秒後、光矢が発射されれば間違いなく理亜は死んでしまう。


 それにひるむことなく、〈アーヴィン〉が走り込みながら片膝かたひざをついた。火花を散らしてアスファルトをすべった二脚兵装は、既に三十ミリライフル砲をかかげている。


 ――発射。


 爆発のような轟音ごうおん木霊こだまする。


 マッハ三・五でかっとんだ徹甲弾APDSは、吸い込まれるように〈トルカン・タイプ〉の顔面に突き刺さると、その頭部を一撃で吹き飛ばした。


 あざやかなヘッド・ショット。


 三十ミリライフル砲は、理亜ですら使いこなすのが難しい『じゃじゃ馬』だ。一発で当てるには重心を下げて機体を安定させる必要がある。


 だから彼女は敵がリロードにかける時間をカウントして、機体の安定を待てる時間を計算した。当てられる――そう判断したからこそ、理亜は攻撃をしかけたのである。


 もちろん、誰にでもできることではない。それは彼女が最も得意とする、ありえないほどに高精度な『計算』だった。


『次でラストね』


 変わらない調子で理亜が言った。


 〈アーヴィン〉が校舎裏の駐車場ちゅうしゃじょうへと向かう。そこへ、正面から〈ガナン・タイプ〉が走ってきた。


 彼我ひが距離きょりは約二十メートル。理亜は機体を急停止させると、胴体の両側に固定された八十四ミリ無反動むはんどうほうを二連射した。


『確かにいい盾だけど……』


 勢いよくかっとんだ八十四ミリロケット弾が、〈ガナン・タイプ〉の大盾に着弾して爆炎ばくえんを上げる。高い貫通力かんつうりょくを持つ成形炸薬弾HPも、天使の盾を破壊することはできない。


 しかし――


『……大きすぎるのも、考えものだぜ?』


 ロケット弾は大盾の上の方で炸裂さくれつした。爆発の衝撃しょうげきが盾の上辺に集中する――その一瞬だけ、ぐらり、と〈ガナン・タイプ〉の姿勢が崩れた。


 その時には、〈アーヴィン〉は片膝かたひざをついてしっかりと狙いを定めていた。


 三十ミリライフル砲が火を噴く。


 一発目は無防備むぼうびな左脚を撃ち抜いた。バランスを崩して倒れかけた虚像天使の左腕を、二発目が正確に吹き飛ばす。もんどりうって倒れた天使の頭部が、三発目のAPDS弾によって粉砕された。


「……やばすぎる」


 少し離れた場所でその様子を見ていた芙蓉がつぶやいた。


 がちゃりと音をたてて立ち上がった鋼の巨人は、宇宙服のヘルメットみたいな頭部を回転させてこう言った。


『これでわかってもらえた? 間遠けんどう理亜りあは、秘密組織XEDAぜだの二脚操縦兵そうじゅうへいなんだよ』


 おそらく、理亜は操縦席そうじゅうせきでにへら笑顔を浮かべていることだろう。


 こんな戦闘を見せられては、彼女が秘密組織のエージェントであり、優秀な操縦兵でもあることを認めるしかない。芙蓉はきつねにつままれたような感覚のまま〈アーヴィン〉の元へと向かおうとして――


「えっ」


『うそ』


 二人は同時に声を上げ、そろって大学校舎の屋上を見上げた。


 そこに、いるはずのない使が立っていたのである。その躯体くたいは灰色ではなく、金色の鎧に包まれていた。鎧の形状は美術品のように美しく、明らかに虚像天使とは異なる存在だ。神々こうごうしさをたたえるその躯体が『虚像』のはずがない。


 ――間違いなく、それは『本物の天使』だった。

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