EP2: human side.

2-1

「よーし! それじゃあ、七彩ななせちゃんがいなくなった理由を調査しにいこう!」


 そう言った理亜りあが、にへら笑顔で「おー!」と右手を上げて勝手に盛り上がっている。


 芙蓉ふようと理亜は、トレーラーのコンテナ内にある座席に並んで腰かけていた。さっきから、理亜はやたらと距離きょりが近い。二人はベンチのような座席ざせきに並んでいるので、少し身を寄せればおたがいの肩がくっついてしまいそうだった。


 トレーラーは、また別の『忘却ぼうきゃく地区ちく』へと向かっている。この椚木くぬぎには三つの忘却地区があって、それぞれに虚像きょぞう天使てんしが再発生しているのだ。


「今向かってる忘却地区に、なんかヒントがありそうなんだよね」


 理亜が言った。


「ヒントですか」


「そう。実はね、ドローンを使った偵察ていさつで、一瞬いっしゅんだけ人影ひとかげが映ったんだよ」


 忘却地区とは、一般人から忘れられているから『忘却』地区なのである。そこに人がいるのはおかしいし、人がいるなら異常いじょう事態じたいだ。


 さらに言えば、人ではなく天使なら、忘却地区を自由に出入りできる。つまり、一瞬映った『人影ひとかげ』が七彩である可能性だって存在するのだ。


「もしかしたら七彩ちゃんがいなくなった理由のヒントになるかもだし、行ってみる価値はあると思わない?」


「ですね」


 芙蓉ふようが即答すると、理亜はうれしそうな笑顔を浮かべた。


「そのためにはまず虚像きょぞう天使てんしをどうにかしなきゃね。よーし、って戦うぞー!」


 そうしてテンションを上げている理亜を見て、芙蓉はふと疑問ぎもんを覚えた。


「『戦う』って……もしかして理亜さんが戦うんですか?」


「うん。そうだよ」


「絶対にムリです。やめましょう」


 理亜の返事を聞いた瞬間しゅんかん、芙蓉は反射的はんしゃてきにそう返していた。


「なんでそんなこと言うんだよー! まだなんも説明してないじゃんか!」


 そう言ったおさげの先輩が、ずい、と身を乗り出してくる。芙蓉は彼女から少しだけ身を引きつつ、コンテナの奥へと目を向ける。


「もしかして、『あれ』を使うんですか?」


 芙蓉の言う『あれ』とは、コンテナの奥にあるモスグリーンのかたまりのことだ。


 それは、ひざまづいた人間型の機械マシンだった。


 溶接ようせつされた装甲。多面体ためんたいで構成されたボディ。円柱の腕に、ごつごつした脚。頭部は宇宙服のヘルメットのようで、ガラス面の奥には沢山のレンズがひしめいている。


 ――二脚にきゃく兵装へいそう


 英名はArmored Bipedal Vehicleで、通称『Bipodバイポッド』。日本では『二脚にきゃく』とか『ABV』とか呼ばれている、二足歩行型の軍用兵器である。障害物しょうがいぶつの多い地形を得意とくおとする、全高約三メートルの陸戦りくせん兵装へいそうだ。


 視線を戻すと、理亜が不満そうに口をとがらせていた。


「なんか文句あんのかよー」


 間遠けんどう理亜りあはどう見てもただの女子高生だ。こげ茶色のおさげ、白いセーラー服、紺ソックスにローファー。ほおうでや太ももは女子特有とくゆうやわらかさで、軍用兵器には全く似つかわしくない。


「もう一回聞きますけど、理亜さんは『あれ』に乗って虚像きょぞう天使てんしと戦うつもりですか?」


「そうだよ」


「正気ですか?」


「めちゃくちゃ正気だよ! なにせ、このXM17は世界最強の二脚兵装だからね」


「世界最強?」


 芙蓉が聞くと、理亜は大きな胸を張って、得意げに説明しはじめた。


「そう! 機種名きしゅめいは『XM17アーヴィン』。米国製べいこくせいの第五世代型二脚にきゃく兵装へいそうで、アメリカ陸軍でもまだ運用されていない最新鋭さいしんえいだよ。しかも試作型のガスタービンエンジン搭載機とうさいきだから、正式せいしき仕様しようのM17よりハイパワー。まあ、燃費ねんぴは最悪なんだけどね」


 ミリタリーにくわしくない芙蓉には、その説明はあまりピンとこなかった。


 『二脚兵装』という兵器のことなら、芙蓉も少しは知っている。この前見た怪獣かいじゅう映画えいがにも、二脚は登場していた。ただ、怪獣の攻撃によって戦闘機や戦車と一緒に吹き飛ばされる『やられ役』として、である。


「絶対ムリですよ。二脚にきゃくじゃ天使の力にはかなわない」


「またムリって言ったー」


 理亜がジト目でにらんできた。それを無視して、芙蓉が続ける。


「そもそも、理亜さんがあれを操縦そうじゅうしてる姿が想像できない」


「大丈夫! こう見えて先輩はとっても優秀ゆうしゅう操縦兵そうじゅうへいでもあるからね」


 そう言って、理亜はにへらと笑った。このおさげ先輩せんぱいのへにゃへにゃした笑顔は、『操縦兵そうじゅうへい』という言葉の対極たいきょくに位置するものだろう。


「……どのあたりが『優秀』? さっきはわちゃわちゃまどってたけど」


「そ、それは……そう、なんだけどぉ……」


 顔を赤くしておさげをくるくるといじっていた理亜が、「で、でも!」と顔を上げた。


「私、結構けっこう『優秀』なエージェントなんだぜ! だってほら、さっきもさ!」


 言いながら、理亜は胸を張ってえらぶった。


「元カノに逃げられて傷心しょうしん状態じょうたいの芙蓉くんを、XEDAゼダの一時的な協力者として引っ張って来たじゃん! 七彩ななせちゃんにフラれてからずっとだらだらしてたのに、こうして外に出る気になったのは私のおかげで――うわ!?」


 ぎょっとした理亜が奇声きせいをあげた。というのも、芙蓉が無表情むひょうじょうのままぽろぽろと泣いていたからである。


「あんまり『元カノ』とか『フラれた』とか言わないでほしい」


「ごめんごめん、泣かないで! 芙蓉くんってあんま表情変わんないから、その顔で泣かれると怖いのよ」


「傷ついたので今日の夕飯はおごってください」


「い、いいけど……泣いてる割に結構けっこう余裕よゆうあるじゃん。ねえ、ウソ泣きじゃないよね?」


 いぶかしみながらも、おさげの先輩はポケットティッシュを渡してくれた。


 そうこうしているうちに、トレーラーが徐々じょじょ減速げんそくしていくのがわかった。どうやら忘却地区に到着とうちゃくしたらしい。


 がたん、と座席がれ、トレーラーが停止した。どこからか甲高かんだかいモーター音が聞こえてきて、奥側おくがわかべ――コンテナのリアウイングが開き始める。


 外の熱気ねっきがコンテナ内に侵入しんにゅうしてきた。日はかたむき始めていたものの、外はまだ十分に明るく、そのまぶしさに芙蓉は目を細める。


「さて、行きますかー」


 言いながら、理亜が立ち上がった。


 コンテナのリアウイングが完全に開いて、ひざまづいた二脚にきゃく兵装へいそう――〈XM17アーヴィン〉が、夕方の空の下にさらされる。この場には理亜しかいないので、どうやら本当に彼女がこの二脚を操縦そうじゅうするらしかった。


「芙蓉くん、これつけといて」


 立ち上がった理亜が、芙蓉に無線イヤホンを渡してきた。


「私のとつなげといたから、二脚に乗ってる間も話せるよ。やばそうだったらこれで芙蓉くんを呼ぶからよろしく!」


 そう言って、彼女は自分の耳にインカムをかけた。引き止める間もなく、理亜は小走りで〈アーヴィン〉の方へと向かい、その背中をよじのぼった。彼女が機体きたい背部はいぶのドアを開くと、胴体どうたいの中の大きな空洞くうどうがあらわになった。


 それが〈アーヴィン〉の操縦席そうじゅうせきだった。


 その暗くてせまい操縦席に、理亜が自分の身体をすべませる。扉が閉まると、少女はモスグリーンの巨人に完全に収納しゅうのうされてしまった。


『危ないからはなれててね』


 イヤホンから理亜の声がする。


 物言ものいわぬはがねかたまりが、ぶるりとふるえたように見えた。ジェット機が飛ぶような甲高かんだかいエンジン音が鳴りひびき、腰部ようぶから黒煙こくえん排気はいきされて、ガスタービンエンジンが始動した。


 はがねの巨人が身じろぎをする。作動油さどうゆ油圧ゆあつモーターに流れこみ、全身の関節かんせつきしみをあげた。動き出した〈アーヴィン〉が手を伸ばし、正面のラックから巨大なじゅうつかみ上げる。


 M807二脚にきゃくようアサルトライフル砲。20×102ミリ砲弾ほうだん――直径二十ミリの徹甲てっこう砲弾ほうだんを超高速で発射する、二脚にきゃく兵装へいそう向けの強力なメインウェポンだ。


 そして、左手がつかみ上げたのは、長い円柱を横に三本並べたような武器だった。BSR-5九十五ミリロケットランチャーという装備で、二脚向けの近接きんせつ戦闘用せんとうようHEAT弾が計三発装填そうてんされている。


 機体の背中には、さらに二つの武器が装備そうびされていた――対二脚用ミサイルが二発と、三十ミリライフル砲が一本。胴体どうたいの横には、八十四ミリ無反動砲むはんどうほうが左右二門ずつ固定されている。


 重装備じゅうそうび二脚にきゃく兵装へいそうが、ずしり、と音をたてて地上へと降り立つ。


 〈XM17アーヴィン〉。多面体ためんたいで構成されたモスグリーンの陸戦りくせん兵器へいきは、宇宙服のヘルメットのような頭部を回転させると、天使たちの待つ忘却地区へと足をした。


『芙蓉くんはまだ疑ってるみたいだし、今から証明してあげる』


 理亜の声が耳に届く。


『みせてあげるよ。間遠けんどう理亜りあが、秘密ひみつ組織そしきXEDAゼダの優秀なエージェントだってとこをね』



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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・XM17アーヴィン

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093086071002985

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