3-3

 〈ロゴス〉の目前もくぜんせまった金色の制圧せいあつ躯体くたい――〈ギメル〉が光剣を振り下ろす。芙蓉ふようはなんとかそれを防いだものの、直後に放たれたりによって建物の一つに叩きつけられた。爆音ばくおんと共に建物がばらばらにくだけ、瓦礫がれきが雨と降ってくる。


『うわ、大丈夫!?』


 理亜の声がした。


「大丈夫です! ちょっと戦ってみます!」


『……わかった!』


 芙蓉は会話しながらも跳躍ちょうやくしている。〈ロゴス〉は屋根から屋根へとび移り、せまる〈ギメル〉に矢を放った。シェキナーから放たれた無数の光が、金色の躯体くたいへと殺到さっとうする。


 すると〈ギメル〉は光剣を収納しゅうのうして、ボクシングの構えのような姿勢しせいをとった。次々に光矢が着弾し、爆炎ばくえんはじける。しかし、全ての光矢を防御した敵は無傷むきずのままだった。


 火力が足りていない。拡散かくさん射撃しゃげき形態けいたいではダメだ。


「“形態変化フォーム・シフト:シェキナー・ステラ”っ!」


 シェキナー・ステラ――狙撃そげき能力に特化した通常形態である。


 シェキナーが変形する。その間も、〈ギメル〉はとんでもない速度で飛来ひらいしていた。〈ロゴス〉が弓を引こうとするが、間に合わない。敵は光剣を抜刀ばっとうし、すでに至近しきん距離きょりに迫っていた。


 ――速い。速すぎる。


 芙蓉もあわてて光剣を抜刀し、敵の一太刀ひとたち目をいなす。息をつく暇もなく、〈ギメル〉がもう一つの光剣を差し込んできた。〈ロゴス〉はギリギリでそれをけるものの、その時には次の攻撃こうげきが迫っている。


 〈ギメル〉の剣戟けんげき苛烈かれつで目まぐるしい。屋根から屋根を飛び、路地ろじを勢いですべりながら、二体の天使が切りむすぶ。光剣同士が秒間びょうかんに数回交差こうさし、激しくスパークをあげていた。


 えてはいるのだ。だが、圧倒的あっとうてき手数てかずが足りない。


 〈ギメル〉があまりにも速すぎて、攻勢こうせいに出る余裕よゆうがなかった。まるで綱渡つなわたりだ。このままでは、いつ直撃を受けてもおかしくない。


『芙蓉くん!』


 ふいに、理亜の声がした。〈ギメル〉の背後にある十字路じゅうじろから、〈アーヴィン〉が横滑よこすべりで飛び出してきたのである。


 彼女は一人で〈ガナン・タイプ〉と〈トルカン・タイプ〉の猛攻もうこうしのいでいたらしい。そんな攻撃の隙間すきまを計算して、おそらく数秒しかない時間を作ってやってきたのだ。


「――!」


 芙蓉が守りを捨てて斬りかかる。


 左腕でそれを防いだ〈ギメル〉は、無防備むぼうびな〈ロゴス〉に右腕の剣を振り上げ――


 がきん、とにぶい音が鳴り響いた。


 敵のうではじかれて、攻撃が大きくれる。それは三十ミリ砲弾による狙撃そげきだった。〈ギメル〉の背後で、ひざをついた〈アーヴィン〉が三十ミリライフル砲を撃ったのである。理亜の得意な『計算』がもたらす、高精度な精密せいみつ射撃しゃげきだ。


 またとない好機こうきに、〈ロゴス〉が後方に転がってシェキナーを構える。黒い天使はそのまま後方にジャンプし、光の矢を連射した。


 命中。


 命中に次ぐ、命中。


 ねらい通り、全ての矢が〈ギメル〉に当たって爆炎ばくえんが弾ける――しかし、効果がなかった。敵は両腕りょううでの盾で光の矢をいなしている。その動作は美しくすらあった。


 ――だったら、防御できない距離きょりで最大火力を叩き込むまでだ。


「“形態変化フォーム・シフト:シェキナー・フレア”」


 シェキナー・フレア――連射がきかない代わりに高火力砲撃ほうげきが可能な形態けいたいだ。〈ロゴス〉が構えた大弓のバレルが展開し、各部がスライドして放熱板が露出ろしゅつする。


 だが、それをだまって見ている〈ギメル〉ではなかった。


 金色の制圧躯体は空中へと浮遊ふゆうすると、両腕りょううでを胸の前に突き出した。両腕から突き出た光剣が長方形に変形し、じゃきりと音を立ててガントレットが刺々とげとげしく展開てんかいする。


 それは砲門ほうもんだった。


 ふたつの光剣の間にプラズマがはしる。ばちばちとかわいたノイズが上がり、急速にエネルギーが蓄積ちくせきされていく。


「やば――」


 瞬間しゅんかん、〈ギメル〉を起点として、光のうず爆音ばくおんを上げて石畳いしだたみけずった。


 大火力砲撃だ。


 その衝撃波しょうげきはで〈ロゴス〉は吹っ飛ばされ、めちゃくちゃに路地ろじを転がっていく。天と地が何度も反転はんてんし、方向感覚かんかくくるっていく。しかし一瞬だけ、空に浮かぶ〈ギメル〉が砲門をこちらに向けるのが見えた。


「……っ!」


 芙蓉は無理やり態勢たいせいを立て直して地面をった。空中へとい上がった〈ロゴス〉の足元を、再度光のうず轟音ごうおんを上げて爆砕ばくさいする。石畳がめくれ上がってはじけ飛び、三角屋根はぼろくずのように吹き飛んだ。


『あっぶなあー! 死ぬかと思ったーっ』


 理亜の悲鳴ひめいが聞こえてきた。


 ちらと地面を見ると、巨大なクレーターが二つ出来上がっている。恐らく、かすっただけでも致命傷ちめいしょうになるだろう。


 〈ロゴス〉が空中で弓を引く。〈ギメル〉はすでに三射目の発射はっしゃ態勢たいせいに入っている。敵の火力はシェキナー・フレアと同程度。だとしたら、相殺そうさいすることも可能なはずだ。


 シェキナーにエネルギーが集積しゅうせきする甲高かんだか騒音そうおんと、〈ギメル〉の砲門が臨界りんかいするかわいたノイズが不協和音ふきょうわおんを奏でる。


 発射。


 すさまじい光と共に、空中で強烈きょうれつ衝撃波しょうげきはが発生した。


 シェキナー・フレアの大火力射撃と〈ギメル〉の大火力砲撃が正面衝突しょうとつし、嵐のような爆風ばくふううずを巻いた。石畳の路地ろじがめくりあがり、建物が粉砕ふんさいされ、近くにいた虚像天使たちがばらばらになる。


 衝撃波しょうげきはをもろに食らった〈ロゴス〉は、受身も取れずに建物に衝突しょうとつし、進路上の物を見境みさかいなく破壊はかいしながら百メートルは吹っ飛ばされた。


 意識がもうろうとする。


 芙蓉は一瞬気を失いかけた。なんとか意識は保っていたものの、めまいがして視界しかいがぐるぐると回っている。身体中がだるい。力が入らない……いや、躯体くたいとの同期がショートしているのか。


 敵がせまっていた。まずい、このままでは――


『まだ生きてんね! よしっ!』


 そこへ、はがねかたまりすべり込んできた。


 理亜だ。〈アーヴィン〉が、倒れて動かない〈ロゴス〉の前に仁王立におうだちしている。その背中から、全ての対二脚誘導ゆうどうミサイルが景気けいきよく発射された。


 前方で猛烈もうれつ爆炎ばくえんが花開く。


 続いて、〈アーヴィン〉は両肩のアサルトライフルと左腕のグレネードランチャー、右腕の三十ミリライフル砲を一斉いっせい射撃しゃげきした。やかましい騒音そうおんひびき渡り、無数の砲弾とグレネードがかっとんでいく。


 彼女はただそれらをばらまいているわけではない。全てが『計算』されていた。〈トルカン・タイプ〉を粉砕ふんさいし、〈ガナン・タイプ〉を足止めする。その瞬間しゅんかん、ただの現代兵器が天使たちの戦場を『制圧』した。


『――来たっ!』


 しかし、〈ギメル〉だけは例外れいがいだ。


 金色の制圧躯体がもうスピードで突っ込んでくる。身体を起こそうとするが、無理だった。立ち上がれるまであと数秒はかかる。芙蓉は絶望的ぜつぼうてき心持こころもちで視線しせんだけを理亜の方に向けた。


 〈アーヴィン〉が両腕の武器を連射する。しかし、敵の鎧には傷一つ付けられなかった。


 〈ギメル〉が抜刀ばっとうし、〈アーヴィン〉の両方の武器をあざやかに切り捨てる。理亜は使い物にならなくなった武器を投棄パージし、両肩のアサルトライフルをフルオート射撃しながらステップをんだ。


 〈アーヴィン〉と〈ギメル〉には、めがたい圧倒的あっとうてきな性能差がある。防護力ぼうごりょく機動力きどうりょく、そして火力……なにもかもがおとっている。まさに天と地ほどの差だ。


 それでも、理亜に迷いはない。


 冷静に、当然のように、〈アーヴィン〉がするどみ込む。〈ギメル〉の剣の間合い、その内側うちがわだ。金色の天使が振り下ろした剣が、〈アーヴィン〉の左腕に深々ふかぶかと突きさる。


 しかし、それすらも理亜の『計算』だ。


 パズルのピースがはまるように、〈ギメル〉の攻撃の隙間すきまに〈アーヴィン〉がすべり込む。左腕はバターのようにするりとかれていく――コンマ数秒後にはそのやいばが理亜自身の身体へととどいてしまう。


 そのコンマ数秒で、〈アーヴィン〉は右腕のBSR-5ロケットランチャーを〈ギメル〉の胴体にたたきつけた。


 ――ゼロレンジファイア。


 爆炎ばくえんが弾け、二体の巨人を赤々と照らし出す。


『あとは任せた!』


 〈アーヴィン〉が離脱りだつする。〈ギメル〉は胴体の鎧をぼろぼろと剥離はくりさせながらも健在けんざいだった。


「……了解」


 芙蓉が短く返答する。理亜は十分な時間をかせいだ――〈ロゴス〉はすでに立ち上がり、シェキナーを引いていたのである。次の瞬間、シェキナーから灼熱しゃくねつ光渦こうかほとばしり、立ちすくむ〈ギメル〉を吹き飛ばしていた。

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