特別授業 歴史 2(終)
「第二層に到達した者の話からじゃったな」
ロームは机に肘をつきながら静かに語り始めた。
「第二層に到達した者、神に近しい力を持った者。以後は“神(仮)”とでも言おうかの。その神(仮)は1層を超え2層に至り、塔の外に戻ってきたという。この時代は魔力を操作することやそのルールなども決まっておらん、塔最初期の話じゃ。神が塔の外に出た瞬間から周辺では些細な変化が起こり始めた。初めの1週間で周辺のモンスターが狂暴化し、1ヵ月経つと塔の周辺――具体的には神の周囲の生態圏に異常が見られるようになったそうじゃ」
ロームは一息つき、私を見つめた。言葉の重みが胸にのしかかってくる。
「それだけではない。人間も同じじゃ。人々は些細な喧嘩から大規模な内乱に発展する寸前まで争いを起こすようになったという。これは今ではある程度、説明がつくようになったことでもあるがのう」
ロームの言葉に耳を傾けながら、私はこの世界の塔がただの迷宮ではないことを改めて実感した。魔力が人々に与える影響、それはまるで強制的に人の本質を暴き出すような力だと感じた。
「帝国はどうしたんですか?」と私は尋ねた。
「帝国は当然、その力を手に入れたくなった。彼のような力が得られるのならば、ウォーカーの溢れる1層を超える価値があると欲望に駆られたのじゃ。だが、帝国は王国の失敗から学び、慎重に動いた。些細な能力に目覚めた異能者に対し王令を下したんじゃ」
ロームは遠くを見るような目つきで続けた。
「『能力に目覚め、2層に到達した者には国から最大限の恩寵と莫大な権力を与える』と。この王令によって一般人の塔への入場志願者が激増し、帝国はさらなる強者を求めるために、貴族専用だった審判の部屋を開放し、適性のある者を探し始めた。それほどまでに神の力は他とは比べ物にならないほどだった。適性のある者を“ランダー”と呼び、その資格を持つ者は塔の2層を目指し夢見るような時代が訪れた」
ロームは一瞬視線を遠くへ投げ、言葉を続けた。「帝国は塔の力を持つ者を新たな階層社会の柱としようと考えたんじゃ。塔を制覇した者を取り込むことで、その勢力は絶対的なものとなると信じてな。しかし、この方針が後に思わぬ結果を招くことになる」
「ランダーって、資格だったんですね」
「そうじゃ。いまは塔に入ることのできる者の称号でしかないが、かつては誇り高き称号だった」
ロームはふと目を細め、続けた。「数年間は、死者の増加とランダーの増加が続く停滞期があった。だが、ついに神以外の者が2層に到達し始め、帝国はそれらの人物を囲い込むようになった。そんな折、塔に異変が起こり――崩落が始まったのじゃ」
外の世界ではその言葉通りに塔が崩壊を始めた。中にいたランダーたちはすべて外へと戻され、その同じ時間帯に帝国の王城内にいたすべての人が跡形もなく消えた。生死は不明で、この世にまるで存在しなかったかのようにその場から完全に姿を消したのだ。
「所説あるが、これは塔を制覇した神(仮)によって消されたと考えられている。しかし、その崩壊後に神を目撃した者は一人としておらん。神(仮)もそのときに亡くなったのか、それともまた別の場所へ消えてしまったのか、何もかもが謎なのじゃ。なぜこんなにもこの始まりの歴史を詳細に話したかというと、後に続く5人の塔の制覇者のときには塔が崩壊しなかったからじゃ。これが不思議で面白いじゃろう?」
ロームは笑みを浮かべ、語りを続けた。
「さて、その後の歴史も細かく言えばいくらでもあるんじゃが、簡単に説明してやろう。土王という男が商圏を築き、木王が治安維持を名目に人々を圧迫し、火王がその腐敗を正そうとし、水王は夜の街を支配して社会の格差を縮め、金王が不義を正すための自警団を組織し、社会に組み込んだってわけじゃ。あとは土王の時代に神(仮)を神として崇める宗教が誕生したのだ。これは王国の民を中心に、帝国時代に蔑まれた存在や知られざる民たちが集まり作られたものとされておる。聖女の異能によって、彼らは強力な能力を持ち合わせた集団になったが、普通に過ごしている分には害はなく、むしろ世のために動くような集団じゃよ。」
ロームは微笑んだまま、こちらをじっと見つめた。
「ちなみに5王は全員いまだにご存命じゃ。塔を攻略していれば、いつか会えることもある。会うのが容易な王もいるかもしれんぞ。」
にやりとした笑みが再び顔に浮かび、彼は肩をすくめて言った。
「もっと詳細を知りたければ、自分で調べるんだな。がっはっは!」
ロームの話が一段落し、私は心の中で整理をつけた。神(仮)の話、5王の存在、そして教団やランダーたち。長い歴史が織り成す物語を頭の中でなぞり、ある程度この世界の流れをつかめた気がする。だが、それで十分というわけではない。私には知りたいことがまだあった。
「神(仮)に5王に教団にランダーね。ある程度この世界の流れってのはわかった気がする。じゃあ次はあれを教えてよ、その魔力特性ってやつと扱い方!」
私はロームに視線を向けた。歴史の話も興味深かったが、今の私にはもっと実践的なことを知る必要がある。魔力、特に自分の魔力特性とその扱い方を知りたくてたまらなかった。転移したこの世界で生き抜くために、それは最優先事項と言っても過言ではなかった。
ロームはにやりと口角を上げて、私の質問に応えるべく身を乗り出した。その表情には、次の話が待ち遠しいとでも言いたげな期待があふれていた。
「やっと来たか、その話をしたくて待っておったぞ。次は魔力特性とその扱い方についてじゃ。さあ、覚悟しなさい。眠くなる暇はないぞ!」
そう言ってロームは本棚から古い本を引っ張り出し、次の講義を始める準備を整えた。私は自然と背筋を伸ばし、次に何を教わるのか期待に胸を膨らませた。
次回、魔力特性の秘密が明かされる——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます