知らない世界 4
翌朝、目が覚めると、部屋の机の上に古びた紙のようなものが置いてあった。昨日こんなものがあっただろうか?不思議に思いながら、その紙に手を伸ばす。すると、見慣れない文字が浮かび上がり、次の瞬間、ロームの声が直接頭の中に響いた。
「お前さんはまだ寝てるようだから、審判の部屋までのルートと朝飯代をここに置いておく。朝飯は宿舎の前の店がおススメだ。何より、朝の店員がかわいいからな。」
ロームの冗談交じりの声に、私は苦笑いを浮かべた。どこまでもブレない爺さんだな、と思いつつ、ここまで世話を焼いてくれていることに感謝する。
疲れがたまっていた昨夜は気づかなかったが、この部屋は想像以上に綺麗だった。木の暖かさを感じさせる内装に、細かな装飾が施されており、完全な洋風の部屋ではないが、居心地の良い空間だ。それに、部屋の照明が不思議なことに浮いている。いったいどんな仕組みなのだろうか。魔力の力か何かだろうか。
それにしても、ロームはなぜ魔力も持たないこの俺にここまで親切にしてくれるのか。転移者は過去に存在したらしいが、何か特別な理由でもあるのだろうか?疑問が次々と浮かんだが、今は行動することが先決だ。考えているだけでは答えは見つからないし、行動せずに成功することはないだろう。
シャワーでも浴びられたらよかったのだが、この部屋には風呂が見当たらない。仕方なく、扉にかけられていた見慣れない服に着替え、ふと鏡を見た。そこに映るのは、自分ではない自分。黒と白に分かれた髪、少し若返った顔立ち。まだ慣れないが、これは新しい自分だ。
宿舎を出ると、石畳に浮かんでいる照明や、空を飛んでいる人々など、異世界の光景が広がっていた。昨夜は気づかなかったが、この世界には驚きが溢れている。それにしても、車やバイクはないのか。少し寂しい気持ちも感じた。
朝食を求めてカフェに向かうと、すぐにわかった。ロームが言っていた「かわいい店員」というのは、この女性だ。金髪に近い明るい髪を肩にかけ、陽気で明るい雰囲気をまとっている。彼女の周りには、客の男性たちが鼻の下を伸ばして彼女を見つめている。
私もかつて、こうした美しい女性に恋をし、ひどい振られ方をした。だから、彼らのように彼女を眺めることすらできない。注文を済ませ、ロームが置いていった白く光る硬貨を手に料金を支払おうとするが、この世界の通貨の価値がまるで分からない。
「料金は20ルピーよ」と言われ、とりあえず2枚の硬貨を差し出した。すると、店員は驚いたような表情を浮かべ、「まいど……」と短く言って去っていった。どうやら、渡す金額を間違えたらしい。ロームは思った以上に高額を置いていったようだ。講師としての地位が高いランダーらしいし、羽振りがいいのだろう。
そのおかげか、出てきた朝食はかなりボリュームがあり、なんと酒までついていた。朝から酒を飲むのがこの世界の習慣なのか、とツッコミたくなったが、ありがたくいただくことにした。
周りの会話にも耳を傾けてみたが、聞こえてくるのは「アナ、仕事終わりに遊ぼうぜ」「また夜に店に行くぞ」「また賭け事に負けたのか?」といった軽薄な会話ばかりだった。そんな中、ふと耳に入ってきたのは少し興味深い話だった。
「今年のアカデミーの入学者に、聖女がいるらしいぞ。」
「何だって?教団の聖女がか?もう結構いい年じゃないのか?」
「いや、代替わりしたんだ。前任が亡くなって、最近新しく選ばれた聖女がアカデミーに入学予定だそうだ。」
「それだけじゃない。火王と水王の子供も入学するらしいぞ。」
「雷帝って呼ばれてるガキか……今年は何か起こりそうだな。」
聖女、雷帝……物騒でありながら、どこか魅力的な響きだ。そのエリートたちが、私と同期になるかもしれないのか。
世の中というものは残酷だ。生まれや育ちで良いレールに乗り、早く目的地に到着する者もいれば、自分で道を探し、目的地にたどり着けるかもわからない者もいる。挙句の果てには、後者で成功した者ですら、いつの間にか他人を見下し、嘲笑するようになる。
そんなことを考えながらも、ロームのような優しさを持つ人もいることを思い出す。すべてが悪いわけではないのかもしれない。
朝食を終え、私は地図を広げ、目的の「審判の部屋」へ向かうことにした。
街の中心にあるという「審判の部屋」に向かって歩きながら、私は昼間の街並みに目を奪われていた。昨夜とは違い、石畳の道には陽光が差し込み、人々が活気よく行き交っている。坂道を登る途中、通りすがる人々の姿は、どこか現代の日本の風景を思わせる。道行く人たちはスマートフォンこそ持っていないが、その表情や歩き方、ざわめきには不思議な親近感があった。
途中、広場にさしかかると、妙に目立つ集団が集まっているのに気付いた。全員がローブを纏い、壇上に立つ人物の演説を熱心に聞き入っている。何かの宗教団体だろうか?私は足を止め、情報を得るために耳を澄ませてみた。
「現在のこの体制に不満を持つ同志諸君よ、立ち上がれ!」演説者は力強い声で叫んだ。「5王によって統治され、表面的には平和かもしれない。しかし、我々は飼い殺しにされている!」
その言葉に群衆は一斉にうなずき、何やらざわつきが広がる。私は不穏な気配を感じながらも、聞き続けた。
「衣食住は整い、確かに平和と呼ばれているかもしれない。しかし、この数百年の間、何の発展もない!5王は塔の制覇をやめ、ダンジョンブレイクが度々発生している。そのせいで、力のない我々の仲間が次々と命を落としているのだ!」
演説者の言葉は、群衆の心に響いているようだった。
「一部のハイランダーを除き、弱者は搾取され、安く買い叩かれている。この状況を許してはならない!」
私は息を飲んだ。確かに、この世界は不公平だ。強者は長寿で力を持ち、弱者は報われない。だが、それが現実だ。平和が生む停滞や、力を持たない者たちの悲鳴――これらは、どの時代にも共通して存在する問題なのかもしれない。
「同志諸君、我々の教団に入り、聖女より力を授かるのだ!革命は近い!」
教団の演説は熱を帯びていたが、私はその言葉に不安を覚えた。彼らが何を望んでいるのか、具体的なことはまだ分からないが、これがただの反体制運動ではないことは明らかだ。彼らの視線の先には、単なる平和や秩序の回復ではなく、何かもっと深刻な変革が潜んでいるように感じた。
「物騒極まりないな」私は呟いた。
だが、彼らの言っていることには、一理あるとも感じた。世の中は確かに不公平だ。誰もが努力すれば報われるとは限らないし、その努力が無駄になることも多い。妄信的に夢を追い続けるには、人生はあまりにも短すぎる。
ハイランダーになれば、老化が遅くなり、長寿を手に入れることができるという。皆がその道を目指すのも当然だろう。この世界において、ランダーになり、力を得ることこそが成功への道だ。それに対して反旗を翻す彼らは、おそらくランダーになる適性がないか、審判の部屋で拒絶された者たちなのだろう。
かくいう私も、その一員になってしまう可能性がある。審判の部屋で、私も彼らのように適性がないと言われたらどうするのか――その不安が胸の奥に広がった。
「まさに平和が生む地獄だな」
結局のところ、どんな世界でも、人々が地獄から逃れることはできないのだろう。力を持たない者が搾取される構図は、この異世界でも変わらない。どれだけ外見が美しく、平和な街に見えたとしても、裏には常に闇が潜んでいるのだ。
私は群衆から離れ、再び「審判の部屋」へ向かうために足を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます