知らない世界3

牢屋の中、私とロームの会話は軽快に進んでいた。ロームは自分のことをあっさりと語り出した。




「俺の名前はローム。この街にあるアカデミーで教授をしているんだが……まあ、今日はこんなところでお前さんと会うことになるとはな。」




彼の話は軽い調子だったが、彼の経歴は意外と興味深い。




「教授が……こんなところに?何かやらかしたんですか?」




「まぁ、ちょっと夜の店でな。少し手が出過ぎてしまって、捕まったってわけだ。だが心配するな、いつも通り夜になれば出られるさ。」ロームは笑いながら答えた。




「それ、仕事に支障はないんですか?」




「仕事には影響せんさ。俺は優秀な教授だからな、毎回すぐ釈放される。この牢にも慣れたもんさ。」




私が驚いていると、突然ドーンという音が城門の方から響いた。重々しい音が城内に広がり、ロームは立ち上がった。




「そろそろだな。あの音は城門が閉まったって合図だ。俺も解放される時が来た。」




門番が階段を下りてきて、ロームと何やら会話を交わした後、鍵を開けて彼を解放した。ロームは私を指さし、「そいつも引き取るぞ」と言い、私も一緒に外に出ることを許された。




外に出ると、冷たい風が顔を撫で、街の空気が肌に触れた。ロームは私を見て「今夜は俺と一緒に飯を食おう。アカデミーのことや、明日の準備についても話しておきたいからな」と言った。




街のメインストリートを歩く途中、ふと鏡に映る自分の姿を見て、息を呑んだ。黒と白に分かれた髪、自分の記憶の中の自分とは全く違う顔がそこに映っている。




「どうした?転移者なら、これくらいの変化には慣れろよ。」ロームは私をからかいながら笑った。




私たちはしばらく歩き、ロームがよく利用すると言う居酒屋に到着した。隠れ家的な雰囲気の店に入り、個室に案内される。防音の個室で、落ち着いた雰囲気の中、食事が始まった。




料理が運ばれてくると、異世界特有の香りが鼻をくすぐった。濃厚な香りと、見た目に驚きつつも、一口食べるとその味に驚いた。味は濃厚で、どこか懐かしささえ感じる風味が広がった。




「うまいだろ?」ロームが笑顔で言う。




「はい、意外と……美味しいです。」




ロームは満足げに頷き、食事をしながらアカデミーや審判の部屋について話し始めた。




「ところで、何か聞きたいことがあれば遠慮なく言いなさい。お前さんが気になること、何でも答えてやるさ。」




私は迷わず、先ほどから気になっていたことを聞くことにした。




「この牢の檻の黒く光っていた金属は何なんですか?それに、門番が持っていた黒く光る槍も……あれはただの武器には見えませんでした。」




ロームは少し笑みを浮かべながら答えた。




「あれか。あれは『硬質化』を得意とするランダーが、自分の魔力で変形させた特別な金属だ。魔力を使うことであの金属は形を変え、強度も増す。牢の檻も、兵士たちの槍も同じものだ。あの槍は特に、持ち主の魔力を引き出して具現化された武器だ。あの兵士たちにとって、あの槍は自分の魔力の現身と言ってもいい。」




「現身……それほどのなんですか?」




「魔力の使い方は千差万別だ。現身として武器を具現化させるのが一般的だが、もっと奥が深い魔力の活用法もある。たとえば、自分の身体を変質させたり、継承魔法といった特殊な技術も存在する。アカデミーでは、その魔力の方向性を伸ばしていくことが目的なんだ。」




私はその話に引き込まれた。魔力の応用範囲は広く、さらにその能力を伸ばすための教育機関があるというのだ。




「アカデミーでは、その方向性を広げていくのが目的だ。卒業までの期間は人によって違う。早い者で1週間、遅い者で5年かかることもある。全てはその人の才能と努力次第だ。」




「講師は何人くらいいるんですか?」




「講師は7人、そして統括する校長が1人だ。全員、5級ランダー以上の実力を持っている。校長は3級以上だ。こうしたアカデミーは、各塔の街に設置されていて、どこも同じ体制だ。」




「等級があるんですか?」




「そうだ、等級というのは、塔の中で活動できるエリアに基づいて決まる。7級から9級は第1層に適応できる者、4級から6級は第2層まで到達できる者、そして1級から3級が第3層まで行けるランダーだ。等級の差は、各階層の『魔力密度』で決まるんだ。」




「魔力密度?」




「そうだ、塔の中は階層によって魔力の濃さが全然違う。魔力密度が高い場所に行ける者ほど等級が高いってことさ。たとえば、第1層に適応できる者は9級だが、高山のエリアに入れたら8級になるみたいにな」




「じゃあ、入れないこともあるんですか?」




「もちろん。魔力密度が高すぎる場所に入ると、そもそも体が拒絶反応を起こして入れなくなるんだ。無理して入ることもできるが、魔力に慣れることができなければ命を落としてしまう。そして、死んだ者は『ウォーカー』になる。」




「ウォーカー?」




「ウォーカーってのは、適応外のエリアで魔力に耐えられなかったランダーが、魔力に飲まれてモンスター化したものだ。知性はなく、ただそのエリアを徘徊し、生きているランダーを襲う。特に初心者ランダーにとっては最も恐ろしい存在だな。」




「そんな恐ろしいものが……」




「さらに、2層や3層に行くと、もっと危険な『エルドウォーカー』という変異体が現れることがある。知性を持ったままウォーカー化したものや、複数の属性を持つ強力な個体だ。こうなると、手に負えない強さになる。」




「なぜ、そこまでして塔に挑むんですか?」




ロームは少し考えた後、答えた。




「むずかしいな、欲でもあり、生きがいでもある。俺たちがさっき食べた肉も野菜も酒もすべては塔から調達した食材を調理したものだ。生活の基盤に塔があるんだよ。あとは願いをかなえた人が存在するのもあるかもしれないな。塔を制覇した者が歴史上6人いて、生きているのはそのうちの5人、五王と呼ばれるものたちだ。」




「塔ができたのは1000年前で、今もその5人が生きているんですか?近年、塔が連続で踏破されたんですか?」




「いや、違う。五王が塔を踏破したのは大昔のことだ。彼らはその時、不老不死を願ったんだ。それが叶ったおかげで、今もなお生き続けている。強力すぎる力を得て、王のように君臨しているというわけさ。」




「不老不死……そんなことが本当に可能なのか?」




私は信じられない思いで問いかけた。不老不死というのは、ただの神話や伝説だと思っていた。しかし、ロームは頷きながら答えた。




「塔を踏破した者には、心の奥底にある本能的な願いが叶うと言われている。五王たちは皆、それを不老不死に使った。だから、彼らは今も健在で、子孫も長寿を誇っている。数百年は生きるとも言われているな。」




「……でも、彼らが生き続けているってことは、今の人々にとってはどうなんだ?不老不死で永遠に生きるってことが、本当に良いことなのか?」




ロームの表情が少し硬くなった。




「あんまり彼らのことは悪く言えないが……実際、彼らは退屈しすぎて、過去には戦争を起こしたり、人類にとっては問題を引き起こしたこともある。力を持ちすぎた者の宿命かもしれん。だからと言って、彼らの力を羨ましがらない者はいない。多くの者が彼らのようになりたいと望んで、塔に挑んでいるんだ。」




「戦争を?」




「そうだ。塔の力を使い、人類を統治しようとすることもあった。だが、人類は彼らに逆らえない。結局、力を手に入れた者は、どこかでその力を試したくなる。だから、俺たちも塔に登って力を得ることを夢見るんだよ。」




私はそれを聞いて、自分がどんな世界に飛び込んだのかを改めて感じた。ここでは、力がすべてを決める。塔を登り、力を得た者が支配し、それに憧れる者たちがさらに塔を目指す。だが、その代償もまた大きい。




「……でも、塔に挑むことには命の危険が伴うんですよね。それでも、人々は挑み続ける?」




ロームは軽く肩をすくめた。




「そうだ。命を懸けてでも塔に挑む理由は、基本的には欲望だろうな。自分の願いを叶えるために塔を登る。力を得るため、名声を手に入れるため、あるいは単に生活を維持するために塔に依存している者もいる。結局、塔がこの世界のすべてに絡んでいるんだよ。」




食事を終え、私たちはアカデミーの宿舎へ向かった。途中、賑やかな街の光景を横目に、私は異世界に来たことを少しずつ実感し始めた。




宿舎に到着すると、私は空き部屋に案内された。シンプルだが清潔な部屋に、私は疲れた体を休めることができた。明日、審判の部屋に行くことが待ち遠しい一方で、どんな結果が出るのか不安もある。




「明日は審判の部屋だ。楽しみにしておけよ、お前の力が明らかになる日だ。」


ロームは笑顔でそう言い残し、部屋を後にした。




この世界のことはまだわからないことだらけだ。この世界も元の世界と同じく汚い人に溢れているのか、どうしようもない人生の続きを歩むのか。すべてが明日決まるといってもいいが、どんな結果であれ以前の生き方とは違った生き方をしようと決心し、明日の審判を思い目を閉じた。

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2024年10月23日 07:00
2024年10月24日 11:00
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