第33話 約二百年前


 記憶が戻った後、俺は気を失ってしまったらしい。目が覚めた時…。何処にいるのかわからず、混乱した。


 石造の古い家の、これまた古い寝台に寝かされていた。窓からは日がささず薄暗い。今は夜なのだろうか?


 立ち上がり、目を凝らして辺りを見回して驚いた。窓が暗かったのは、夜だからではなく先日森であった黒い毛玉が大量に、こちらを伺っていたからだった。


 これ、レオと同じ『怨念』だよな?何故こんなに沢山?百五十年前、『怨念』だったのはファーヴと、レオを取り込んだジュリアスだが、ジュリアスはその後神官となり歴史を編纂していたらしいからあの時ジークの癒しによってレオと共に解放されたのだろう。そうすると、ファーヴ?でも、あの時のファーヴの怨念ははジュリアスを愛する気持ちだったからジュリアスが元に戻ったなら消えたはず。


「エリオ」

「エリオ…」

怨念たちは、俺の名前を呼んでいる。そういえば森でも、俺の名前を呼んでいたっけ。


 俺の名前を呼んでいた怨念にちょん、と触れてみると、泡が弾けるみたいに消えてしまった。


「何なんだ、一体…。ジークは何処だろう…」


ジークがここまで運んでくれたはずなのに見当たらない。俺はジークを探すため小屋を出た。


「あ…!ここ!」


小屋を出ると、外に大きな門があった。かなり古くなっているが、これは…!


「竜の門…。ジークが作った門だ!」

じゃあここは、竜の巣の中ってことだな。ジークは何処へ行ったんだろう。まさか地底に潜ったりしていないよね?


 俺はジークを探して歩いた。絶対この中にいるはずだ。

 小屋の中をもう一度探したけれどいない、浄化の剣があった滝にもいない…。俺は更に山を登った。すると山の頂上に、黒くて大きい岩のようなものを見つけた。


「何だこれ…!?」


よく見ると、表面は黒い毛玉…。『怨念』だ。よく見ると一つ一つ目があり、みな、小さく何かを話している。


一番手前の物言いだそうな『怨念』を手に取ってみた。すると怨念は俺の手のひらに毛をすりすりと擦り付けてくる。…かわいい。


 かわいい、と言おうとしたら怨念は俺をキッと睨んだ。

「エリオのバカ!大嫌い!」

 嫌い?こんなに、毛を擦り付けてくる癖に?しかも嫌いに『大』をつけたよ…。ちょっと、傷付いた。

 俺が首を傾げると、もう一匹、自ら俺の手のひらに登って来た。

「俺を置いて行くなんてひどい!」

 二匹目が乗ると、三匹、四匹と次々と体に登って来て、何やら必死に訴えてくる。

「勝手に死ぬな!」

「許せない!」

「寂しかった!」

「二百年も一人だった!」

「俺の番になるのを嫌がってる!」

「贈り物も身につけないし!」

「わざと魔法をつかえないふりした!」

「それなのに俺を助けて」

「また死にかけた!」

「もう嫌だ!」

「大嫌い!」

俺への文句が止めどなく溢れ出てくる…。ひょっとしてこれって…。

「ねえ、お前達、みんな『ジークの怨念』だったりする?」

 怨念達は俺の問いかけにちょっと膨れた。どうやらとても、怒っているらしい。

「ごめん……。ずっと、記憶が無かったんだ。でも海の中で思い出した。ジークひょっとして、百五十年前に取り残されたまま、ずっと一人で俺を待っててくれたの?」

手のひらに乗った怨念を撫でると、こくりと頷いた。どうやら正解だったらしい。その怨念はちょっと赤くなった後、また弾けて消えてしまった。


――つまり、不満を聞いて撫でてやると消えるってこと?

 そうか…!それなら俺は徹底的に、怨念の山となったジークの不満と向き合うことにするよ!でもって沢山『なでなで』する!


「何でいつも俺の言うことを聞かないんだ!」

「俺を信じてない!」

「俺を好きじゃないんだろ!」

「俺がどんなに……」

「もうエリオなんて知らない!大嫌いだ!大嫌い…」

うんうん、と不満を聞いていると、ジークの怨念の一人がぐす、としゃくりあげた。後の言葉が涙で出てこない。俺は優しく撫でながら、自分の気持ちを伝える。


「ごめん…。ジークの言い付けを破って勝手に行動してそれでジークをずっと一人にした。浅はかな行動だった。嫌われても、仕方ないよな…。でも、ジークが俺を嫌いでも、俺はジークが大好きだよ。愛してる。昔も、生まれ変わってからも、記憶がなくてもジークが好きだった。ずっと…」


 俺が話し終えると、怨念達は次々に消えて行った。

 それでも消えない怨念達は大きな塊きなって俺の胸に一斉に飛び込んで来た。


「エリオ、会いたかった」

「一日も忘れた日はなかった」

「何度も夢見た」

「何度も名前を呼んだ」

「でも返事はなかった」

「消えてしまったお前をずっと待っていた」

「また会えて嬉しい」

「生まれてきてくれてありがとう」

「もう離れないで」

「好きだ」

「愛してる」


 初めは大きな塊だったそれは、黒い毛玉の怨念が少しずつ消えて行くたび、徐々に人型になって行く。


「ジーク、俺、もういなくならないよ。だから今度こそ俺を番にしてくれよ。一緒に、生きて行きたいんだ」


 完全に人型になった黒い靄の塊は、砂漠の砂が舞い上がるようにサラサラと崩れていき、最後は霧が晴れるように音も立てずに消えていった。そして…元の姿をゆっくりと現す。


 現れたのは、褐色の肌に漆黒の髪、二重で少しつり気味の、夜空に煌めく星のような金色の瞳を持つ、美しい男。


「ジーク!」

「エリオ…!」


ジークは俺を抱きしめて口付けた。長い口付けの後、いつの間にか流れていた、頬の涙をそっと拭う。


「エリオ、俺の番になってくれ」

「うん……。俺、そのためにまた、生まれて来たんだ…」


ジークは胸のポケットから、指輪を取り出した。百五十年以上前作った、あの指輪。ジークは俺の指に、その指輪をはめる。それは嘘みたいに、ぴったりだった。

ジークは指輪が嵌った、俺の薬指に口付けた。俺を見つめて、微笑む。


「誕生日おめでとう。嫌がられると思っていたから…、勇気がなかった。遅くなってごめん…」

「遅かったのは俺だよ。待っていてくれてありがとう」


俺たちはもう一度、抱き合って口付けた。


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