第29話 閨教育
その後、俺はジークと魔法の練習をした。けれどやはり、何度魔法を唱えても、俺の魔力はうんともすんとも言わないのだ。
最後の方はジークに「ひょっとしてわざとなんじゃ…」みたいに疑われてしまった。
わざとじゃ無い。俺の魔力は「神聖な魔力」とされ、歴代の竜のつがいもそうだったように従来の魔力測定器では反応しない特別なもの。神聖の魔力があると『浄化魔法』が使えるはずなのだが、『浄化魔法』を使えるもの竜の番のみ。つまり世界で俺一人なのだ。誰も、魔法の使い方を知らないし教えられない。
ジークは俺に魔力の巡らせ方を体現して見せてくれるのだが、それは一般的な方法で俺には当てはまらないようだ。最近では力の源が違うんじゃ無いかと思っている。
魔法が使えなければ、番として召し上げられないかも知れない。だからそれはそれでいいのかもしれない…、なんて思っていた。
****
「竜王様は力を使うと瘴気を溜めてしまう体質なの。だから番が受け止めて、浄化するのよ。浄化魔法を使ってね」
竜が番を持つのは、溜まった体内の瘴気を番に浄化してもらうためらしい。だから浄化魔法が使えない番なんか、いらないと思うんだ。だから魔法がつかえなければ番として召し上げられないと思ったのだが。
「瘴気は精の中に多く含まれるの。だから交合で番いの身体に出して、番は自分の身体で浄化するの」
「中に出す…?それって、魔法を使わなくても身体で浄化するということですか?」
ロゼッタは「ええ」といって深く頷いた。…すると、魔法が発出できなくても召し上げられてしまうということだろうか…?考えが甘かった…!
ーー翌日、俺は王都の教会に来ていた。
来月の誕生日で十八歳、成人を迎える俺は、遂に『閨教育』が始まったのだ。しかし、竜との交合など誰も経験がないので古語が読める優秀な神官のロゼッタが担当する事になった。ちなみにロゼッタは俺たち兄弟の幼馴染であり兄の恋人である。
「でも竜といったら私の数百倍も身体が大きいのですから…どうやって交合を?超常現象てきな、何かが起こるとか…?」
俺がそう言うと、ロゼッタは吹き出した。
「ふふふ、大丈夫よぉ〜!竜王様って人型になれるらしいわよ?」
「え?!そうなの……?」
「代々、竜はもの凄い美丈夫なんですって。人には無い、黄金の瞳を持ち……」
「黄金……」
そうかそれで、俺の装飾品は金色が多いのか。誕生日の贈り物も、いつも黄金の装飾品だった。
「でもエリオは男性だから、交合は少し大変かもね。交合はうしろをーー」
「わーーーーーー!!!」
もう聞きたく無い!しかしロゼッタは分厚い書物を開きながら指さす。
「その後に出産もあるのよ?その手前で怖気付いてどうするの?!」
「しゅ、出産?!」
「竜王様は男腹のお子なのよ」
「男腹の子?!」
ロゼッタは分厚い書物を開きながら、神妙に頷く。
「だからエリオも番になったら子を成すの」
「ちょ…!待ってください!私は男!子宮がありません!」
「竜は男を孕ます力があるみたいで、子宮はいらないみたいなのよ!」
俺は開いた口が塞がらなかった。まさか、そんな……。そんな事ってある?子宮がないのに孕むなんて。それに俺、産道もないよ?一体どうやって…。いや、知るのも怖くはあるが、知らないのもまた怖い気がする!
「あの、一体どうやって産むのです?」
「この書物によると、おえっと吐き出したらしいわ」
「吐き出した?!口から…?!」
「大丈夫、赤子は卵でつるっとしてるから喉に引っかからないから安心して!」
全然安心できない事実を聞かされたー…!俺は思わず机に突っ伏した。もうそんな恐ろしい話はお腹いっぱい…!
「エリオ……。確かに免疫のないエリオには刺激が強すぎる話だったわね。先を急ぎすぎたわ。誕生日は来月だけど、結婚は来年、魔法学校を卒業してからですものね」
また次にしましょう、とロゼッタは言った。
「ところで、エリオはベルキア王国のアシュ王女歓迎の夜会には参加するんでしょう?お願いがあるんだけど…」
「お願い…?」
「エヴァルトが、当日、アシュ王女をエスコートするっていうのよ…」
ロゼッタは目を伏せて悲しそうな顔をーー…。
「ふざけてると思わない?!」
していなかった!ロゼッタ…気が強いんだよなあ~。エヴァルトは尻にひかれている。それなのにエスコートを断るなんて、ベルキア王国は東の大陸の小国のはずだが、フェリクスはなにか弱みでも握られているのだろうか?
「徹底的エリオを着飾って、度肝抜いてやるわ…!」
それは、誰が、誰の度肝を抜くのだ…?アルバスの血が色濃い俺の容姿は生白い肌に茶色の瞳、茶色の髪…。着飾ってもたかが知れてる。
「それよりロゼッタ様。書物には浄化魔法を発動する方法については書かれていませんか?俺、いまだに魔法を発動できなくて…。最近では力があるのかさえ分からなくなってしまって」
「エリオ…。調べてはみたんだけど、浄化魔法がどんなものかは書いてあるんだけど、発動方法については記述がないの。もう少し、時間を頂戴。何せ、すごい量なのよ。これを残した方は本当にすごいわ。伝説の神官、『ジュリアス様』は…」
「へえ……」
「生涯を信仰に捧げ、歴史の編纂、魔獣制圧に尽力されたのよ。私には真似できないわ」
そうか…。しかしそんな神官でさえ、発動法を知らないなんて。俺はため息を吐いが、一方で安心もしていた。
「ロゼッタ様、また何かわかったら教えてください」
「エリオ…、必ず次の『閨教育』の日までに調べておくわ」
もう、閨教育は遠慮する…、そう心に決めて俺はロゼッタと別れた。
教会の建物をでて、車寄せに向かう途中でエヴァルトに出くわした。
「エリオ、久しぶりだな!お前、魔法学校の成績がまずい状況らしいじゃないか!結婚が延期になったらどうするつもりだ!?」
会った途端これだ…。エヴァルトは結婚が延期になったら竜王様に愛想をつかされて、フェリクスが竜の恩恵を受けられないことを心配しているのだろう。ただでさえ竜の怒りを買い瘴気被害に苦しんでいるのだから。
「来月はお前の誕生日だ。今年はどの辺りに降臨されるのだ?できれば、北西にしていただきたいのだが…。あの辺りは最近金の産出量が減っているのだ」
「さあ…全くわかりません。お会いしたこともないし…」
竜王様は一年に一回、俺の誕生日にフェリクスに降臨される。しかし、俺はその姿を一度も目にしたことがない。いつの間にか、窓際に贈り物が置いてあるのだ。
俺は見たことはないが、フェリクスでは毎年目撃されており、目撃された地域では温泉が湧いたり、金の採掘量が増えたり…という恵みがもたらされている。
「エヴァルト殿下、その辺りでご勘弁を。エリオ殿下が困ってらっしゃいます」
「ジーク…!お前の責任でもあるんだぞ、エリオの魔法が使えないのは!しっかりしてくれよ!」
エヴァルトはジークに吐き捨てて、行ってしまった。
「……兄上もご心配されているようだ。どうです、何か進展は?」
「ロゼッタ様が調べてくれる、って…」
俺は迎えに来たジークの横を、目が合わないように通り過ぎた。責めるような視線に耐えられなくなったのだ。
来月の誕生日で俺は十八歳、成人する。来年は竜の番になり、ジークにはもう会えない。今年は最後の誕生日なのだ。本当なら、寂しいながらも幸せな気持ちで誕生日を迎えたかった。
俺は思い直して、ジークを振り返った。
「何かご褒美をくれるならもっと頑張る。来月は俺の誕生日だ…最後に何かくれよ。ジークから誕生日に何かもらったことってないんだけど…」
「贈り物なら毎年、竜王様に頂いているではありませんか。何が欲しいのです?竜王様にお伝えすれば…」
「……」
「また膨れてる…。そうですね、じゃあ私に逆さ言葉ゲームで買ったらなんでも差し上げます」
「それ、絶対勝てないやつ!」
――俺は直ぐに、ジークから目を逸らした。
胸の中には黒くて、もやもやしたものが渦巻いていく。胸の中の黒い靄…これって『瘴気』じゃないのか?これがこのまま続けば、俺ってひょっとして『瘴気』によって『魔物化』するかもしれない…。そんな予感がした。
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