四章

第28話 エリオの初恋

 フェリクス王国暦百七十一年、十一月十日。


 フェリクス王立魔法学校の日誌に日付を記入して、簡単に今日あった出来事を書く。今日は先日の試験結果が返されたのだ。魔法学校に通っているのに魔法が使えない俺の試験結果は惨憺たるものだった。結果を受け取った俺は、両親と家庭教師にどう報告するか頭を悩ませていた。


 日誌を書き終え、職員室へ行くと担任は笑顔で俺に言った。


「エリオ殿下、試験の結果ですが、陛下から問い合わせがありましたので回答いたしました。殿下からも報告なさってください」

「え…?問い合わせが…?」

「卒業単位が足りるのか、ご心配されていました。卒業については本試験次第だとお伝えしましたよ」

「そうですか…」

「来年の春卒業されたらすぐに、結婚ですものね…。卒業試験にはまだ時間がありますから、分からないことは質問してください」

 担任の教師は、何としても卒業しませんと、とにこやかに笑う。でも、魔法学校にいながら俺は最終学年の今もまだ魔法が使えないのだ。その状態で本当に卒業できるのだろうか?

 しかし、そんな事質問しても、相手も困るだろう。俺はお礼を言って、日誌を渡すと職員室を後にした。


 それにしても。フェリクス国王陛下、俺の父は試験結果なんて学校に問い合わせするはずがない。そんなことするのはあいつに決まってる!何だよ、そこまでして俺を卒業させて、結婚させたいのかよ!

 俺は面白くなくて、学校を出て迎えの馬車に乗るまでの間、道端にあった小石を蹴飛ばした。


 蹴とばした小石は案外、遠くまで飛んだ。とんだ先には迎えの馬車があった。馬車の傍らに立って俺を待っていたのは目もくらむような美青年であり、勝手に陛下の名を使って俺の試験結果を取り寄せた人物。俺の家庭教師で間違いない。


「ジーク……!」

「エリオ殿下。ダメですよ。第二王子ともあろう方が石なんか蹴っては。誰かにぶつかったらどうするんです?」


 三歳から俺の家庭教師をしているこの美青年、『ジーク』は肩でそろえた黒髪を優雅に掻き上げた。彼はこの国には珍しい、褐色の肌にすこし釣り目がちの黒い瞳をしている。整った顔を惜しげもなくさらして微笑んだ。


「帰りましょう。卒業試験まで時間がありません。魔法の練習をしますよ?」

「……」


 ジークに馬車の扉をあけられて恭しく手を取られると、先ほどまで不貞腐れていたのに胸がきゅんと音をたててしまう。……そうだ、この男がやたらと美しいのが悪い。それに距離も近い。馬車でも俺の隣に座って微笑みかけてくる。

 小さい頃からジークはいつも俺に寄り添っていた。嬉しい時、楽しい時、悲しい時…。親兄弟よりも多くの時間をこの男と過ごし、いつも優しく時に厳しく指導され、好きにならない方がおかしい環境にいたのだ。


 フェリクスはアートルムとアルバスという国が統一して誕生した国だ。統一前は二国とも同性婚は違法とされてきたのだが、フェリクス誕生とともに合法化されている。


 ……だから俺がこの男に恋をしたとして…、合法なのである。普通なら…。


 しかし俺は、普通ではなかった。前世で竜を助けた証だという『竜の番』の痣、『聖痕』を持って生まれたのだ。それは『聖痕』と呼ぶには禍々しい、まるで鋭い剣で貫かれたような赤黒い跡なのだが…。


 俺は生まれながらに、『竜の番』となることが運命付けられている。だから俺がいくらジークを想っても、この恋は報われないのだ。初恋は報われないもの、ってよくいったものだ…。




 馬車で王城に着くと、母ジェニファーが俺を待ち構えていた。


「エリオ、待っていたのよ!遅いじゃない!」

「今日は『日直』だったので、先生とお話を…」

「まあ、水神の番に『日直』をさせるなんて…!?」

 ジェニファーは魔法学校に文句を言うわ、と息巻いた。この人は特権意識が強いのだ。だから俺が聖痕を持って生まれた時、歓喜したらしい。その後も俺が止めないととんでもないことをしでかすので常に気が抜けない。


「それより今日はどうしたのですか?」

「あ、そうだわ。今日ね、商人を呼んだのよ!今度、隣国の王女が訪問する、歓迎の夜会が開かれるでしょう?その時の衣装を作らなくては!何せ、貴方は…」

「礼服なら先日作ったものがありますので…」

「今回は隣国の王女はじめ要人や、アルバス公爵家、フェリクスの貴族も大勢集まるわ。使いまわしなんて駄目よ!」

 母はこうなったら聞き分けがない。仕方ない、なんとか贅沢をしない衣装を選ぼう。放っておいたら第一王子のエヴァルトより豪華にしようとするんだから。


 仕方なく俺は母の居室で、衣装を選んだ。なぜかジークもついて来て、母と優雅にお茶を飲みながら俺の衣装に口を出してくる。


「ねえジーク、この色がいいんではなくて?レースも使いましょう!」

「ああ、そうですね…。かわいらしい。お似合いですよ、エリオ殿下」


 ジークはよく俺を「かわいい」という。俺はそれが、子供に対する大人の『かわいい』だと知っている。だってずっと、ジークは俺が子供のころから同じ顔で『かわいい』と言ってくるのだ。

 分かってはいても、少し赤くなってうつむいた。するとジークは俺に、胸元に飾るブローチを数点、選んで持ってきた。全て、金色だ。


「…金色ばかりだ…」

「ええ、竜王様の瞳は金色です。それにフェリクスは金が良く採れる。外国の方にお見せするにはぴったりです」

 ジークは俺に、竜王様の瞳の色のブローチを付けて満足そうに微笑んでいる。母も満足そうにうなずいた。俺だけが一人、不貞腐れて顔をそむける。


「エリオ殿下…?お気に召しませんでしたか?」

「いや、これでいいよ。母上、私は卒業試験の準備がありますので、これで失礼します。ジーク行こう」

 母の部屋を出て歩きながら考えていた。卒業試験に落ちて留年したら、結婚は延期になるだろうか?もしそうなったら、もう少しジークと一緒にいられる…?


「珍しいですね。エリオ殿下が自分から試験の準備だなんて…。明日、雪が降ったりして…?」

「何もないよ、別に…。卒業試験は実地試験だから、身の危険を感じてるってだけ…」

「いい心がけです。実地試験は魔獣を相手にしますから」

 そう、魔法学校の卒業試験は実地試験形式なのだ。実際、魔獣の出る森に行き、狩りをする。魔獣は北の山の瘴気の影響を受けて年々、増加傾向にある。

 北の山は本来『竜の巣』と呼ばれていて神聖な場所なのだが、その昔、フェリクスは竜の怒りを買ってしまい、それ以降フェリクスに竜はいなくなってしまったらしい。それで瘴気だけが残されているのだ。


「さあ、今から早速練習しましょう。当日の装備の確認もしなければ」

 装備まで確認するなんて随分、念入りだ。最近魔獣暴走スタンピードが起こるのではなんて言われているからだろうか。俺は魔法が使えないのだ。…恐ろしい!

「なんで神様が魔獣をやっつけてくれないんだ?どのくらいフェリクスを恨んでいるか知らないけど、百五十年も許さないなんて竜王様って水神なのに器が、小さくないか?」

「……エリオ殿下」


ジークは俺にツカツカと歩み寄ると、眉根を寄せて俺を睨んだ。


「竜王様の百五十年がどんなものだったか、あなたは想像したのですか?どんな絶望から、フェリクスを恨むに至ったのか、番である貴方は想像だにしないのですか?」

 言葉の端々から、ジークの怒りが伝わってきた。もっと、番らしくしろ、そう言う事なのだろう。


「わかったよ…」

もう、この話題は止めたかったから、俺はジークから顔を逸らした。するとジークは不満そうに俺の頬を突く。

「本当に分かっているのですか?こんなに膨れて……」

だって仕方ない。でも、俺はそれ以上何も言わなかった。ジークは何か言いたそうだったけど、俺が答えないと分かったのかそれ以上何も言わなかった。

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