第27話 エリオ・フェリクスの告白

 馬で一路、フェリクス川を目指す。クリスティーナの身体魔法のおかげでかなりの速度で進んでいる。怖いくらい順調だった。


の、だが…。


「お、重いっ!」

 

 結界の中で鼠くらいの大きさだったファーヴの『怨念ジュリアスへの愛』がどんどん巨大化していた。手のひらの鼠くらいの大きさだったはずが、いつの間にやら成犬くらいの大きさ…いやもっと大きくて重い気がする!

 竜王様、愛重い感じだったんですね?!本人同士は良いんだろうけど周りに迷惑かける系のやつだな、これ!


 しかし放っておく訳にもいかず、俺はファーヴの怨念と一緒にフェリクス川に向かった。


 川に近づくにつれて、辺りが薄暗くなって来た。もう直ぐ夜だ。それにしても…雲が厚い気がする。

 竜の門から真っ直ぐ川へ向かったから、ここはアルバスの北側に位置する。南側の空をみると、稲光りが見えた。雷だ。遅れて雷鳴が轟く。

 あれは、ジークが起こした雷なのだろうか?ジークが雷を鳴らすところは見たことがないけど……。


「急ごう!」


 独り言のように言ったのに、ファーヴが力強く頷いた。ちょっとだけ心強い…。

 さらに馬を走らせると、前方に灯りが見えて来た。こんな所に、人が…?近付いて驚いた。その灯りはセルジュや、アートルムの騎士達であった。


「エリオ殿!」

「セルジュ殿下?何故ここに?」

「こちらに人が向かったと申し出があったのです。多分この先の砂金を無断で採っている連中です」

「ここから先は、アルバス国領では?」

「ええ。しかし、アルバスは旱魃の影響が深刻で犯罪が横行している…。今日は特に祝賀会があり警備が手薄だったから、火事場泥棒というものです」

 なるほど、火事場泥棒か。ただ、旱魃による不景気が原因となれば厳しくするのも心が痛いし、それに…。

「川下で、雷が見えました。ひょっとして、ジークとジュリアス殿下が…」

「どうだろう……。しかし、このまま川にいればいつ巻き添えを食うか分からない。急ぎ避難させねば」

「セルジュ殿下…、殿下も危険ではありませんか?それに、騎士達も…!」

「全員、魔法を使えるものを選抜しております。いざとなったら、瘴気の弱点は炎だ…」

 セルジュも、いざとなったらジュリアスを手にかけるつもりらしい。実の弟を…?

?俺はぞっとした。

「……人間の魔法で効くのかは分かりません…」

 セルジュを牽制したが、何処まで効果があるのか…。セルジュは覚悟を決めているのか、眉一つ動かさない。

 そんな話を聞いていたらしいファーヴは、俺の腕の中でぐるぐると唸り声を上げ始めた。今にも飛びかかりそうな気配を感じて、俺はファーヴをぎゅっと抱きしめた。

「信じてください。俺は必ず二人を助ける。ですからセルジュ殿下、どうかジュリアス殿下を攻撃するなどど、お考えにならないでください!」

「しかし……」

「竜の涙…フェリクスの川には癒しの効果があります。ジュリアス殿下はまだ怨念に取り憑かれて間も無い。完全に命を失った訳では無いのだから、効果は期待できます!」

「しかしどうやって川へ?」

そう、それを俺も考えていた。とりあえず囮になって川に入れて…その後は…。


「誘い出して足を引っ掛けて、転ばせてどぼーんと、川へ!」

「……随分杜撰な作戦だな…。しかし、今はそれに賭けるしか無いようだ。盗賊も心配だし…、とりあえず川へ急ごう!」

 ファーヴはまだ少し唸っていたが、納得したようだ。セルジュ達と一緒に、フェリクス川を目指すことになった。


 少し走ると、ついに河原に到着した。下流に目を凝らしていると、南の空にまた稲光が走る。


「……ジークの姿は見えないけど…」

「ああ、けれど恐ろしい気配を感じる……」

セルジュはぶるりと体を震わせた。俺の腕の中のファーヴも身を乗り出して下流を見つめている。


「…盗賊達の足跡も見当たらない。少し、下ってみよう…」

河原は隠れるところがない。もう一度森に戻って川を確認しながら南下していくことになった。

 森の中を注意深く見ていると、前方に、影が見えた。よく見ると目の部分だけが怪しく光っている。これは……!


「止まれ!ジュリアスだ!」

 セルジュは小さい声で全員に命令した。先に仕掛けられるのはまずい…。こちらから、仕掛けなければやられてしまう。


「川に誘い出しましょう。足さえ浸かれば…あとはジークに水流を増やしてもらって…!」

「エリオ殿、無茶だ。竜王様は現れていない」

「……気がつくはずです。きっと!」


ここにいないジークありきの作戦に、セルジュは難色を示した。


「エリオ殿、急ぎ、竜王様と合流しましょう。たぶん雷の方角にいらっしゃるはず」

「……分かりました」


 ジークは何処にいるのだろうか…?雷の方角で間違いない?俺たちは森を迂回して、南下する事にした。

 迂回して進んではいたが、物理的に距離が近づくにつれ、レオを取り込み二階建てほどの高さに大きくなっているジュリアスは恐ろしく感じられ不安に襲われた。


 ジュリアスに見つからないよう、慎重に距離を取る。稲光が夜の森を予告なく照らすので、その度に見つかるのではと肝が冷えた。


 俺たちはは馬に消音魔法をかけてまで慎重に進んでいたのに、何処からかドタドタと音が聞こえて来る。ちょッ、俺たちの努力…!


 隣を歩いていたセルジュはあからさまに不快な顔をして、辺りを見回す。

 すると少し離れたところの木々が揺れているのが見えた。ファーヴもまたぐるぐると唸り出している。何かいるのは間違いない。

 俺たちが息を呑んで注視していると、草が覆い茂った林の中から顔を出したのは、年若い男だった。俺たちと目が合うと、しまったとばかりに脱兎のごとく走って逃げていく。


「なあセルジュ、盗賊ってあいつらじゃないか!?」

「そのようだ!しかも向こうは河原だ!ジュリアスに見つかるぞ!」

「おい……ッ!」

「エリオ殿、声をあげるな、気付かれる!」


 俺とセルジュ達は、盗賊を追って河原方へ馬を走らせた。このまま河原に出てしまったら、ジュリアスに気づかれてしまう!その前に止めなくては!

 盗賊を追っていくと相手は仲間と合流して仲間の馬に飛び乗った。複数いる盗賊達はそれぞれ馬を使い逃げていく。


 盗賊達は消音魔法など高度な魔法はかけていない。気付かれたら、どうするんだ…!

 俺の心配は的中した。稲光が次に森を照らした時、ジュリアスの目は盗賊達を捉えていた。


 ジュリアスに気が付いた盗賊達は悲鳴を上げて、馬に鞭を振るい、猛スピードで川へと向かっていく。


「おい、そっちじゃない!待て!」


 俺たちも必死に、しかしジュリアスに見つからないよう盗賊達を追った。

 ジュリアスもゆっくりした動きで、盗賊達の跡を追う。


 ジュリアスの後ろ姿が間近に迫った……!俺の腕の中のファーヴは犬のように鼻を鳴らす。

 同時にジュリアスは盗賊達を見つけ、手を伸ばした。


 ――まずい!

 俺は馬に鞭打って、さらに速度を上げる。セルジュを追い越し単独でジュリアスの横を通り抜けた。


「速度を上げるぞ!ファーヴ!ジュリアスの注意を引いてくれ!お前の愛を叫んでやれよ!」


 しかしファーヴは腕の中でもじもじしている。な、何だよ!何のためについて来たんだよ!お前は!


 俺の声に反応したのか、ジュリアスの目がギロリとこちらを向いた。俺はスピードを落とさずに走り、盗賊達を追い越した。


「川へ行くな!死にたくないなら山側を通って戻れ!」

 

 もうこうなったら川へ行くしかない。俺は必死に走った。次第に俺の頭上に影がさす。ジュリアスが追って来ている…!


 頭上の影はどんどん大きくなる。振り返れないけれど、分かる。

 追いつかれる……!!


 ついに俺は河原に到着した。河原は月明かりが河原の石に反射してひどく明るかった。闇に隠れられない…。

ここで、どうやって転ばせよう?後ろを向くと、俺を追っていたジュリアスが追ってこないことに気が付く。急に方向を変え、河原近くの木を引き抜くと、南の方角へ振り回した。


 俺も、その方角を向く。

 ジュリアスが攻撃した先にいたのは、竜体のジークだった。


「ジーク!!」


 ジークはジュリアスが振り回した木に、炎を吐いた。炎は木に引火して、辺りはより、明るくなった。すごい熱だ…!俺は馬を降りて、馬を逃した。この熱さに耐えられるか分からないからだ。


 ジュリアスは引火した木を川へ放り投げ、また新たに木を引き抜く。ジークは炎で難なく応戦した。ジュリアスは防戦一方だ。


「ジーク!ジュリアス殿下を川へ誘導するから…!そうしたら川の水位を上げて!そうすれば…!」

 必死に呼びかけたが、ジークは俺に気付かない。二人の戦いは壮絶さを増している。こんな状態でジークに作戦を知らせて更にジュリアスを川に誘導なんてできるだろうか?でも、諦めるわけにはいかない…!


「ファーヴ様!俺も呼ぶから一緒にジュリアス殿下を呼んでくれ!」

 ファーヴは今度は少し震えている。俺は呆れてしまった。


「ファーヴの意気地なし!俺は言えるぞ!エリオ・フェリクスはジークを愛してる!男同士だって、禁止されていたって番じゃなくたって関係ない!俺は……!」


 雷鳴が轟き、俺の声は二人には届かない。ジークもいつもなら俺の気配が分かるはずなのに…。ひょっとして、ファーヴと一緒だからか?以前レオといた時も、気配がわからないとジークの母親は言っていた。


 聞こえていないと思ったのに、荒い息のジュリアスはギロリとこちらを見た。


――いや、違う!見つけたのは、先ほどの盗賊達だった。


 俺は慌てて、盗賊達に向かって怒鳴った。

「おいお前達!山へ行けと言ったはずだ!」

「そ、そんなこと言ってお前、砂金を独り占めするんだろ!?」

「な…そんな訳あるか!命が惜しくないのか!」

「俺たちも金がなけりゃ、どっちにしろ生きていけないんだ!」


 止めたにも関わらず盗賊達はなおも上流に行こうとする。ジュリアスはついに盗賊達に手を伸ばした。

 馬を逃がしてしまった俺は、懸命に走ったが追いつかない。俺がようやくジュリアスの背中側に到着した時には、ジュリアスは盗賊達を四人とも捕まえてつまみ上げていた。


「うわぁぁ!」

「だ、だから言ったのに…!」


 ジュリアスは避けそうな口を開けて、盗賊達を口に入れようとしている。


「やめろ!!」


 声を上げたのはジークだった。一瞬のうちにジークは竜体を解き、人型に戻っていた。


「やめてくれ……」


ジークは震える声で言う。


――ジークの心に、フェリクスを愛する気持ちが育っている。だってここは、ジークの守護する国だから…当然といえば当然だ。でもであった頃は無表情だったジークが…。


 ジュリアスは、盗賊達を口に入れるのを止めた。しかし、拘束は解かない。

 大きく開けた口の中からずるりと、どろどろとした剣を取り出した。赤黒い血が滴る、恐ろしい剣…。見ただけで、足が震えた。それをあろう事が、ジュリアスはジークに向かって振り上げた。


 ジークは微動だにしない。

 振り下ろされた剣は、吸い込まれるようにジークの元へ落ちていく。


 駄目だ!そんなの絶対に…!


 俺は諦めない。絶対に、諦めない!


 俺は震える足で走った。ジークの前に飛び出して、ジークを突き飛ばした。



 ジークの驚いた顔を一瞬見た気がした。その直後、もの凄い衝撃に襲われ、目の前が真っ赤に染まる。そして、すぐに真っ暗になった。



 ――ジーク、愛してる。俺は愛されて幸せだった。

だからどうか、悲しまないでくれ…。


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