第26話 鍵
そして扉は大きな音を立てて閉まった。慌てて振り向くと、後ろに竜の門がある。
竜の門を通ったけど、百五十年後の世界には戻っていない…?竜の門の前で、何か金属音のような音がした。ジークがまだいるのかも知れない。
「ジーク!待てよ!」
俺は力の限り叫んだのだが、返事は無かった。直後風が巻き上がってジークが空に浮かんだのが見えた。
行ってしまった……。
早く、何とかして追いかけないと…。竜の門をよじ登ろうとしたが、やはり結界があるらしく、見えない壁に阻まれて乗り越えることが出来ない。
何度目かの失敗をして、息を切らしていると、馬の蹄の音が近付いてくることに気が付いた。
「エリオ様!」
声の主はクリスティーナだ。まさか、身重の身体で…!?
「クリスティーナ様?!身重の身体で…馬に乗ってきたのですか?!こんな山道を?!」
「私は元番よ?この森は庭みたいなものよ!それに安定期に入ったし、振動が伝わらないように魔法をかけているから大丈夫。馬には無理させるから本当は歩いたほうがいいんだけど緊急事態!…って、その声はエリオ様ね!?竜王様が物凄く追い詰められた顔をしていたから不安になって追いかけてきたの。竜王様はジュリアス殿下を……?」
「え、ええ……」
「…もし、彼が罰せられるなら、私とセルジュも同じでなければならないわ…」
「そんな事はさせません。絶対…!ジークは俺が止めます!」
「竜王様はあなたの言う事なら聞くでしょうけど…だから閉じこめられたのではなくて?どうやってそこから出るつもり…?」
ここを通れば元の世界へ帰れると思っていた。でも、帰れない場合でも、ここはジークの結界が張られていて、番でなければ入れないし扉をあけられない。俺は番じゃないから…それでジークのやつ、俺をここに閉じこめたな…!
あー、俺はどうせジークの番じゃありませんよ!それでもってジークより先に年老いて行く!
俺は涙が溢れた。
いや違う、ジークが俺を閉じこめたのは、ジークがジュリアスを手にかけるところを俺に見せたく無いからだし、現状それしか方法がないのにやめろという俺に心を乱されたく無いからだ。
分かっているのに、自分勝手な気持ちが湧き上がってきて止められない。本当に今レオに会ったら俺が怨念になっていただろう…。
「ねえ、外側に錠前が付いているんだけど、鍵はあるの?」
「錠前……?」
そう言えば、ジークは砂金で錠前を作っていた。鍵はあると言っていたけど…。
「鍵は貰ってない。あとで教える、と言って…」
「不思議な形だから、普通の鍵じゃ無いのかもね…?丸い、輪みたい。ちょっと歪な気もするわ」
「丸い輪……?」
なんだろう…?ジークのやつ、もう鍵は作ってあると言っていた。鍵をかける時にエリオに…と言っていたけど。渡さないで行きやがった!
また涙が溢れた。約束を破られた。ジークの役に立たないと思われてる。悲しい……。
しゃがみ込んで嗚咽を漏らすと、手の甲に何かが触れた。
「わあっ!!」
「エリオ様!?大丈夫?!」
思わず大声を出してしまった。手の甲には小さく鼠くらいの大きさのふさふさした真っ黒な生き物がキョロリと丸い目で俺を見ていた。いやこれ、生き物じゃない!
「まだ『怨念』がいた!」
「『怨念』?!ちょっとぉ、大丈夫?!」
その怨念は俺の手の甲に乗って、少し不安そうに震えている。そして小さく「ジュリアス…」と呟いた。
ああ、これ…、ファーヴの怨念だ。俺の悪しき心に引き寄せられたファーヴの『怨念』。ファーヴの
怨念なんて恐ろしいはずなのに、どこか可愛らしいのは元々が『愛』だからだろうか。そう言えばレオも口はちょっと裂けているけど犬みたいに可愛い。初めはドロドロだったけど、川で洗ったらふわふわになったんだ。
フェリクス川はもともと竜の涙でできている。フェリクスの『恵み』と呼ばれているからひょっとして…癒しの効果があったのだろうか?
そう言えば以前、瀕死の俺に落ちたジークの涙。あれは……?ジークの体液である涙を浴びたのに、痣が広がるどころか俺はあの時少し回復した。その後はジークの体液全般を避けていたけれど…ひょっとして…。
――奇しくも、ジュリアスはフェリクス川へ向かった。
もしかして…。もしかすると、ジュリアスを救えるかも知れない!川の水で落ち着かせ、ファーヴの怨念の存在やジークが二人の子供だということを知らせることができれば…!
まずはジークに知らせなければ…。その為にもここを出ないと!でも、どうやって…。
「エリオ様、大丈夫なの?!」
「大丈夫です。それよりジュリアス殿下をお救い出来るかもしれません!ジークに伝えなければ…!」
「……私が言って、聞いてくれるかしら…?極限状態で…」
「俺が行きます。ここから出ないと…!」
でも、鍵が無い…。やはり、クリスティーナに行ってもらうしか無いだろうか…。俺が俯くと、ファーヴの怨念が俺の指に嵌められた、結婚指輪に触れた。
ジークが地獄の業火で作った、少し歪な金の指輪……。
「クリスティーナ様、か、鍵穴は丸いのですよね?!それって、指輪の形だったり…しますか?!」
「指輪…?そういえば、そのくらいかも知れないわ。女にしては少し大きいかしらね…?」
だから、ジークはあの時鍵はもう作ってあると言ったんだ…!
「クリスティーナ様!鍵は俺の指輪です!」
「本当?!じゃあこちらに…!あ、でも、結界が…!」
「……この、『怨念』に運ばせます!」
「はあ?!」
俺指輪を取ってファーヴの怨念に「これをクリスティーナに渡してほしい」と伝えると、こくりと頷き口を開けた。ファーヴの怨念は指輪を飲み込んだ。
「今行きます!」
ファーヴの怨念は扉の隙間からドロドロになって出ていった。『怨念』は実体ではない、思念だ。思いは溢れて漏れ出ていける…。
「きゃあッ!何よ、これえ…?!」
「クリスティーナ様、口の中にあります!ちょっと揺さぶってください!」
「無理よ…!き、気味が悪い…!…あ、な、何か吐き出した!」
クリスティーナはしばらくきゃあきゃあと騒いでいたが、吐き出したものの中から何かを見つけたらしい。
「体液は瘴気です!素手で触らないでください!」
「ええ……。エリオ、指輪あったわ。錠前に嵌めてみるわね?」
クリスティーナが錠前を持ちあげる音がした。そして、指輪を鍵穴に嵌めた金属音が鳴る。
鍵が開く軽快な音と共に扉はふわりと開いた。
「開いた……!」
「開いたわ……!」
信じられない気持ちで、俺達は数秒見つめ合った。クリスティーナの目も涙で濡れている。
「馬、お借りしても?」
「ええ。馬には身体魔法を掛けてあるから、千里を駆けるわ。行って!ここの扉は閉めておくから!」
クリスティーナは俺に再び指輪を渡した。元あった場所に指輪を嵌めると俺は馬に跨る。
「また必ずここに戻ってきてね!ここは貴方が開けるためだけにつくられたと思う。だから…!」
俺はクリスティーナに頷いて、直ぐに走り出した。
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