第25話 フェリクス王国の建国

 俺とジークは翌日、クリスティーナのいる湖の近くの邸へと向かった。相変わらず花は咲咲き誇っている。しかし、邸の中はしん、と静まり返っていた。


「修道院に入ることが決まったんです。ですから、召使達はもう殆ど残っていないの」

「……クリスティーナ様…」

「あら、驚かないのね?セルジュから聞いた…?」

クリスティーナは憑き物が落ちたように柔らかく微笑んだ。

「修道院では、治癒院をお手伝いされると伺いました」

「そうなの。浄化魔法は使えなくなったけど、光魔法は無くならなかったの!…ひょっとしたら竜王様が、最後に民に尽くせ…と、この力を残されたのかもしれないわ」

 クリスティーナは少し目を伏せて瞼を震わせた。俺はその小さい肩にそっと手を乗せる。

「クリスティーナ様、出発の前にその力をお貸し頂けませんか…?」

 俺の問いかけに、クリスティーナは訝しげな顔で首を傾げた。



 クリスティーナを連れて神殿に戻ると、予想通り神殿は人でごった返していた。


「すごい人…!これは一体…?!」

「瘴気が漏れ出て患者が殺到しているそうです。瘴気については誤解が誤解を呼んで、普通の風邪や怪我などの患者も多いと昨日セルジュ殿下が仰っていました」

「まあ…!では瘴気に侵された方と普通の病気の方の線引きを致しましょう!普通の怪我や、風邪なら私が引き受けるわ!」

「クリスティーナ様!そう言っていただけると思っていました!」


 やる気になったクリスティーナをセルジュの所に連れて行った。セルジュはやや困惑していたが、押し寄せる患者を前に結局受け入れた。

 クリスティーナは普通の風邪や怪我と診断された患者達を光魔法で治療する。持ち前の天真爛漫さは患者達に好評だった。心配して神殿を訪れたもの達を次々に癒して笑顔にした。



 当初数日、と予想していたがあれから数日たっても神殿は人で溢れている。俺とジークも微力ながら、クリスティーナの治療室の洗濯、掃除などを手伝っていた。

セルジュは別の部屋で浄化に専念していたのだが、身重のクリスティーナが気になるらしく、度々、治療室を覗いていた。


「セルジュ殿下、話しかければ良いのに…」

「わたしもそう思います」

 俺の独り言に相槌を打ったのはアージュだった。

「このままだと、クリスティーナ様は修道院に行ってしまうのでしょう?アージュ、どうしたら良いと思う?」

「どうするもこうするも…どうにもならないかと。セルジュ兄上はああいう方ですし。クリスティーナ様には別に良縁があると思います」

「え?そうなの…?」

身重なのに?縁談があるというのか…?アージュはこくりと頷いた。

「先日もクリスティーナ様は愛の告白を受けておられましたよ?お腹の御子共々、貴方を愛して生きて行く、って…!」

「すごい情熱的だなぁ…!しかもお腹の御子も!?一体どこの、誰が…?」

アージュは顔を綻ばせて、可笑しそうに笑った。

「私です!」

「え?!」

 そう言えばクリスティーナが家出の手紙をセルジュに出した時、アージュもクリスティーナの邸にいた。てっきりセルジュに命令されたのだと思っていたが。それに、年齢も…。アージュはまだ、少年だし…。

「ででで、でもさ…」

「はは、それくらい、恋敵がいるって兄上も知るべきだと思っただけです…。あ、ほら…」

 

 ちょうど、ジークが身体の大きい患者の身体を持ち上げたところだった。クリスティーナは「ありがとう」とジークに笑いかける。微笑ましい…。もともと、クリスティーナはジークの父親の番だ。見た目にもすごくお似合いで…。

 その姿に俺も胸の奥がずき、と痛む……。これは嫉妬だ。


 番が現れるまでは、俺だけを見ていて欲しい…。ジークを連れ出そう。そんなことを思った俺より先に、セルジュがクリスティーナの所へ行き、手伝いを申し出た。


「竜王様に手伝わせるわけにはいきませんので…」

「…そう言うことにしておきましょうか!」

 セルジュの言い訳を、アージュは笑った。


 寝る間を惜しんで治療をした、アートルムの第一王子セルジュとクリスティーナの献身的な様は神殿を訪れた市民たちに崇敬の念を抱かせるに十分だった。


 さらに数週間経った後、自然とセルジュを国王に、という声が上がった。



 

 アートルムとアルバスの統一が決定した。疲弊したアルバス救済のため、それは急ぎ発表され、神殿で調印式が行われた。新しい国の名は『フェリクス』。そして…。

 同時に、セルジュの即位と、クリスティーナとの結婚式も行われた。神殿には市民が集まり、歓喜に包まれる。


 フェリクス王国歴元年六月三十日、初夏のさわやかな風が祝福の花びらを舞い上がらせた。


「私の命はフェリクスに捧げます。この身を賭して贖罪を果たす覚悟です」


 セルジュは花びらの舞い散る中そう、宣誓した。

 

 戴冠式でセルジュに王冠を授けたのはジークだった。

 今日は白に金糸の豪華な刺繍の入ったローブを纏っている。その神聖な姿に、胸が熱くなった。


 セルジュとクリスティーナは神殿を出るとアルバスの城へ向かった。今日はアルバスの城で祝賀会を開き、その後、アートルムへ凱旋するらしい。


 俺はジークの背に乗って、歓喜に湧く『フェリクス』となったアルバスを上空から眺めた。


「素晴らしい光景だ。こんな、『フェリクス』を見ることができるなんて…。嬉しい。ジーク、ありがとう…」


 俺の髪の色も、すっかり元に戻っていた。歴史が変わらずにすんだからだ。

 ジークと出会って、ここに来てからも困難はあったけれど、乗り越えられてきたのは他でもない、ジークがいてくれたからだ。以前の俺なら絶対、諦めていた。俺が感謝を口にすると、ジークはもう一度、街の上空を旋回する。


 ――美しい、『フェリクス』の街…。しかし、いまだにジュリアスが発見されないことだけは、口にしないが俺たちの心に影を落としていた。



 もう一周、フェリクス上空を回り終えた時、ジークの身体が一瞬びく、と震えたのが分かった。


「ジーク……?」

「アイツだ…」

『アイツ』……?

 アイツとジークが言うのを聞いて、すぐに思い浮かんだのは、ジュリアスの顔だった。男性だけどジークの、母親…。


「ひょっとしてジュリアス殿下がいたの?」

「アルバスの城の方だ…。油断していた…!行こう!」


 ジュリアス殿下が、アルバスの城に…?


 ジークは焦った様子で、アルバスの城へと飛んだ。アルバスの城はまだ、大勢の人がいるのだ…。ジークは人々を驚かせないよう、少し離れたところに着地し、人型に戻った。俺を抱き止めて地面に降ろすと、「離れないでくれ」と言って走り出した。


 ジークは無言で、アルバスの城へ向かう。


 アルバスの城から兵士が血相を変えて飛び出すのを見て『嫌な予感』は確信へと変わった。



 アルバスの城からはどんどん、人が逃げ出していく。人の流れに逆らって城の中を進むと、祝賀会が行われていたらしい、豪華な広間へとたどり着いた。中からはセルジュとアージュが言い争う声が聞こえてくる。


「アージュよせ!一体どうしたと言うだ…!」

「うるさい。悪党は黙っていろ……!」


 大広間に入って驚愕した。アージュが剣を手に、暴れている。その異様な光景に、集まっていた人々はすでに皆、クリスティーナも含めて逃げ出したらしい。大広間にはセルジュとアージュの二人だけだった。アージュは突然、セルジュに向かって剣を振り下ろす。

 ジークは素早く二人の間に飛び込むと剣を抜いて、アージュが振り下ろした剣を弾いた。

 剣を弾かれたアージュはジークを見て、目を見開く。


「ジーク!大丈夫!?」

「エリオ、離れていろ!コイツは…、セルジュじゃない」

「ふはっ…!よく分かったな?さすが、竜王様…。いや、出来損ないの、ジークフリート!」


 俺はこちらに来てから『ジーク』としか呼んだことはない。アージュが『ジークフリート』の名を知っているはずがないのだ。その名を知るのは、ファーヴか、百五十年前の世界の、限られた人物だけ。


「竜王様を…神を殺した罪は万死に値する。ジークフリート……!」


 そう言ったアージュからは、黒い靄が煙のように渦巻いている。アージュは身体を乗っ取られている。これは、いつかエヴァルトが乗っ取られた時と同じだ。『悪しき心』があって『怨念』に入り込まれてしまった…!


「セルジュ!浄化の剣を持っているか?!」

「…こちらに…!」

 ジークはセルジュから浄化の剣を受け取った。そしてセルジュに命じる。

「エリオを頼む!」

「畏まりました!」


ジークはアージュと剣で打ち合い、セルジュを俺の方へ逃した。


「ジーク…!」

「エリオ、覚悟を決めておいてくれと言ったな!レオはもう正気を失っている!」

「レオ?!」


 アージュを操っているのはレオなのか…?!まさか、そんな…。


「レオ、どうしてだよ!一緒に行動してからは穏やかだったじゃないか…」

 レオは元々、ジークの母親、ジュリアスの怨念が産んだ、怨念だ。その母体はジークが竜体になったのを見届けて消えて行ったが、レオは消えなかった。ジュリアスの、消えない『怨念』とは、心残りとは何なのだろうか…?

「エリオ……。お前のジークフリートを思う気持ちは、私のそれと同じで居心地が良かった。でも、終わりだ。まさかお前に裏切られる、なんて!」

「俺と同じ……?」


 俺がジークを思う気持ちと同じ…?俺がジークを愛する気持ちと同じってことは、つまりレオはジュリアスの『ファーヴへの愛』の怨念なんだな?それが俺と似ていて、俺を見守ってくれていた。それで、エヴァルトに襲われた時も助けてくれたのか…。


「でも、レオと俺の愛は違う。俺はジークを困らせたりしない!だってファーヴ様は…!」


「お前がその名を呼ぶな!」


 そう叫んだのは、アージュを乗っ取ったレオではなかった。

 竜の名は、番しか呼ぶことはできない……。しかし、先代の竜王の名を知る人物がもう一人現れたのだ。その人はまるで魔物のように青ざめた顔で、音もなく現れた。


「ジュリアス殿下……」


 そう、現れたのはジュリアスだった。ジークの母親でもある、ジュリアス…。百五十年後と違って今はまだ生きていて怨念ではない。


「エリオ、すまない!俺はコイツの気配と、レオの気配を混同していた!」

 ジークは唇を噛んだ。ジークが勘違いするのは無理もない。もともとレオは、ジュリアスの怨念なのだ。きっとジークが感じる魔力の気配は同じなのだろう。

 今、ジュリアスは『怨念』では無いが…。いや、本当に、怨念ではないのか?ジュリアスの蒼白な顔をみると不安になる。


「お前達……。許せない。許せる訳がない…!」

「ジュリアス殿下!竜王様は既に、実体を失っておられました!ですから例え浄化の剣を使ったとしても助けることは叶わず…、ああするより他に方法が無かったのです!」

「黙れ、エリオ…!では何故コイツは自らの結界を張ったのだ?自らが神に成り変わる為であろう!元々お前達は得体が知れぬ。出自も偽っていた…!」

それは、ジークが百五十前からきた貴方の子どもだといっても信じて貰えないと思ったからで…。ファーヴが、ジュリアスを怨念にしないために俺たちを呼んだかも知れないと言う事も、俺たちでさえ信じられないのだから。


「ジュリアス殿下、話を聞いてください!」

「……話すことなどない…!」

「そうだ、エリオ…。コイツとは話が通じたことがないんだ。生きている間も、怨念になった後も…!」


 ジークも悲愴な表情で叫ぶ。ファーヴは、それを解決したかったのかも知れない。しかしこれでは子供に丸投げが過ぎますよ!神様…ッ!


 ジュリアスの目は既に、光を失っている。子供も失い、兄弟にも裏切られ、愛する人も失ってしまったのだ。

 ジュリアスの瞳から流れる涙は黒く汚れていた。


 その時、ジークと対峙していたはずのアージュがバタン、と音を立てて倒れた。急に意識を喪失した人間が倒れる様を見たことがあるが、アージュが倒れたのはまさにそれだった。

 アージュの体からは靄が立ち上がり、旋風のように巻き上がってジュリアスの身体に吸い込まれて行く。ジュリアスはレオを取り込むにつれ、人間の形を失っていった。身体は黒く変色し身体中からおどろおどろしい、ドロドロとした毛が生え、服は裂けて身体はどんどん大きくなる。瞬く間に、身体を折らなければ天井を突き破ってしまうほどの大きさになっていた。

 それは百五十年前に会った、ジークの母親の『怨念』の姿そのもの…!


「しまった……!」

 ジークは舌打ちした。そして俺とセルジュに向かって叫ぶ。

「逃げろ!」


 しかし、ジュリアスの動きが素早く、捕まってしまった。

「コイツを殺されたくなければ、浄化の剣をよこせ…!」

「……」


 ジークは剣を渡す為に、母親に近付いた。目だけで俺の方を見ると、口の動きで『大丈夫』と合図する。

 

 合図の後、ジークは飛び上がり、ジュリアスの身体に剣を突き刺した。


「ギャァァッ!!」


 ジュリアスの絶叫が響いた。ジークは剣を抜き、ジュリアスから飛び降りると力が抜けた俺たちを抱えてその場を離れ城を飛び出した。


 怨念の姿になったジュリアスも俺たちを追って城を出て来る。


「……効いていないのか…」

ジークは苦々しく舌打ちをした。確かに、効いていないいないように見えなくも無いが…。

「いや、効いていはいる。明らかに動きが鈍い…。でも、浄化の剣だけではジュリアス殿下をレオから解放できるだけの力は無かったのかも知れない…」

道具は有限だ…。瘴気で傷ついたもの達を連日、大勢癒してきた。さらにこんな大きな瘴気の塊に剣を突き刺したのだ。ジークの手にある浄化の剣の刃はぼろぼろに崩れ始めた。かろうじて短剣くらいの大きさが残ってはいるが…。

「……それだけあいつの瘴気が強いと言うことか…」

「愛していたんだね…竜王様ファーヴを」

 番でもない、女でもないのに…。ジュリアスの悲しみが、瘴気越しに伝わってくる。

 せめて、二人の子どもがここにいるって知らせることが出来れば…。でもどうやって理解させる?この世界のジュリアスは子供を産んだと思っていないのに。


「ギャァーーーァッ!!」


 俺たちに追いついたジュリアスは奇声とともに襲いかかって来た。まだ、何も答えが見つかっていないのに…!


 ジークは竜体になろうとした。まさか…!


「ジークまさか、ジュリアス殿下を?!」

「それ以外方法がない!」

「ダメだよ!ジュリアス殿下はさっき瘴気に飲み込まれたばかり…瘴気だってレオだ!まだ生きてるはずだ…!」

「浄化の剣も破壊された!もう助ける方法はない!」

「あるよ、きっと!以前だってジークの母親は、ジークの姿を見て消えていった。同じことが出来れば…!」

「それも無理だ。もう疾うに父はいない!」


 ジークは俺の手を振り解くと今度こそ竜体になろうとした。しかし、ジュリアスが一歩早かった。仕方なくジークは人型のまま、魔法を放つ。

 竜の時とは比べ物にならないが、常人からすれば凄まじい威力の炎がジュリアスを襲う。


「ギャァーーーッ!!」


 右半身を焼かれたジュリアスは、身体についた炎を消す為に、川の方へ向かって走り出した。

 まずい…もし川に人がいたら…。

「川へ向かった…!セルジュ殿下、急ぎ街のもの達に伝令を!川に近づくなと!!」

「畏まりました…!しかしエリオ殿、アージュは……」

「それは俺達が…!早く行ってくれ!頼む!」

 セルジュは頷くと、走って行った。


 ジークはオレを黙って抱きしめる。


「俺はあいつを追う。放っておけない」

「ジーク…!さっきも言った通りだ!考えよう…何か方法はあるはずだ…!」

「優しいな、エリオは…。エリオはずっとそうだ。レオを責めたりしないし、俺にも親切だった。俺はそんなエリオが好きだ。この先も、エリオのそばにいたい。だからこの事を解決させる…」

「ジーク…。俺もジークが好きだよ。だからジークの幸せを諦めたくないんだ。心に重いシコリを残すような事を、したくない…。竜体で追えば一瞬で追いつく。まだ時間はあるだろう?手当もしなければならないし、アージュにも話を聞こう?」


 それは俺が解決策を思いつくまでの、ただの時間稼ぎだった。ジークは眉を寄せて暗い顔をしていたが、俺が手を引くと付いて来た。

 アージュは真っ青な顔で倒れていた。全身には瘴気の痣…。エヴァルトと同じ状態だ。アージュの中にあった、失恋による少しの影がレオを引き寄せたのかもしれない。

「ジーク、浄化の剣を…!」

 ジークはアージュに浄化の剣を刺した。傷口から、想像以上の瘴気が溢れてくる。身体から出た瘴気は、浄化され蒸発して空気に溶けて行く。最後の一滴か身体から出て行くと、浄化の剣は遂に、全ての刃を失ってしまった。残されたのは柄のみ。

 この剣があれば、ジークと番いではなくても抱き合って暮らせるのではないかと思っていた。そんな甘い考えが打ち砕かれて、失望に押しつぶされそうになる。


「ジーク…俺…」

「俺はエリオと一緒に居られるだけでいい。それを忘れないでくれ」


 涙を溢した俺をジークは優しく抱きしめてくれた。でも、身体を繋げられもしない、ジークより先に年老いて行く番でもない俺をジークは変わらず愛してくれるのだろうか…?

 今瘴気が現れたらきっと、俺は飲み込まれてしまうだろう。


「竜王様、エリオ様…!」


 俺たちが抱き合っている所に、バタバタとクリスティーナがやってきた。慌てて俺は身体を離そうとした。でも、ジークは離してくれない。


「あ、あの…セルジュから聞いてきました。アージュを浄化していただいたのですね?ありがとうございます…。アージュはこちらで引き受けます」

「クリスティーナ様、セルジュ殿下は?」

「騎士達を連れて、街へ行きました。川へ行ったものがいないか、確認すると慌てて…」

「そうですか…」

 それはセルジュに任せるより他ない。あとはジュリアスをどうやって助けるかだ。


「アイツを追う」

「ジーク、でも…!」

「猶予がない。川に人がいるかもしれない。その途中にも村があれば…」

「じゃ、……じゃあ、俺も行く!」

「エリオ…。分かった…」

 何もよい案が浮かばず、結局直ぐにフェリクス川へ向かうことになってしまった。アルバスの王城をでると、ジークは直ぐに竜体になった。


「エリオ、一旦竜の巣へ行く。忘れたものがある!」

「忘れ物…?」


 ジークが忘れたもの…?それは、一体?

 

 竜の門の前に降り立つと、ジークは俺を抱きしめた。


「エリオ、好きだ。初めて会った時から、ずっと。好き、以上の言葉を知らなくて足りないくらいだ…」

「好き以上…?それだと『愛してる』かな」

「『愛してる』エリオ…本当に…」

「ジーク、ありがとう…」

 ジークは触れるだけの口付けをした。終わった後は名残惜しそうに俺の口元を拭う。


「俺はやっぱり、一人で行く。エリオ、お前は先に帰っていてくれ。絶対に俺も戻る。信じて待っていてほしい」

「ジーク…それって…!だめだよ、ジュリアスを手にかけるなんて……!」

 俺は最後まで言葉を言うことが出来なかった。ジークに手で口を塞がれ、後ろ手に腕も掴まれ、必死でもがいたが全く敵わない。息が出来なくて、意識が遠のく。


 ジークは竜の門を開けた。


 最後の抵抗をしようとして身体を捻った時、ジークの瞳からは涙が流れていた。


 ……辛いはずだ。

 ジークは母親を恐れてもいたし反発もしていたけど、炎で焼いて消してしまったりはしなかった。それなのに生命を失っても、怨念になってもジークのそばにいた母、ジュリアスを手にかけなければならないなんて。

 俺はそんなこと、ジークにさせたくないのに…!ファーヴだって二人を救うために俺たちをこの世界に呼んだはずなのに…!


 俺はジークに竜の巣の中に放り投げられた。

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