第24話 錠前

 その夜は泥のように眠った。翌日、日が上ったのになかなか起きることが出来ずにいたのだが、外が騒がしくなってようやく重い瞼を開けた。

 身なりを簡単に整えて部屋を出ると、セルジュとアージュが待っていた。俺とジークに気が付くとすぐに跪き頭を床に付ける。


「竜王様、エリオ殿……。昨日の非礼、罰を受けるつもりです。しかし…その前に、我らにお慈悲を頂けないでしょうか?」

「セルジュ殿下、頭を上げてください。どうされたのです、お慈悲とは…?」

「昨日漏れ出た大量の瘴気を吸い込んでしまい……兵士を中心に病人が出ております。浄化の剣で、手当てをしていただけないでしょうか?」

「それで、外が騒がしかったのですか…?」

「ええ……、外で待機しております」

 なるほど…それは待つ間もさぞ、不安だったろう。

「分かりました。使ってください」

「ありがとうございます…!」

 先日は、偽物を渡したから刃先をあてるだけ、と説明したのだが、本当は毒の痣が浮き出ている部分を、切らなければならない事…。俺は簡単に、毒の取り除き方を教えて、セルジュに剣を手渡した。

「セルジュ殿下。実は、私の兄も瘴気に侵され倒れておりまして…」

「ええ、分かっております。もう、先日のような、剣をすり替えるなどどいう真似はいたしません。兵士の治療が終わりましたらお戻しします。ご安心ください」

 セルジュは剣を受け取ってまた、深々と頭を下げた。――たぶん、今度は信用していい。


「本当に信用していいのか?」

 ジークはまだセルジュを警戒しているようで、俺に耳打ちする。

「大丈夫だよ。先日の、ジークの脅しが効いたみたいだから。ジーク、ありがとう」

 俺が笑うと、ジークは頬を染める。ジーク、かわいい…。

「今日はレオを探そう。ジュリアス殿下の捜索に加わりたいところだけど、レオは『怨念』で瘴気の塊だからさ、念のため…」

 ジークも、母親の方を探したいかもしれないけど…。レオは俺たちしか探す人がいないはずだから、俺たちが探さないと。


 俺たちはセルジュに浄化の剣を預けて邸を出た。まず、昨日レオを置き去りにした馬車の中を探す。


「やっぱりいないね……」

「…昨日は凄まじい瘴気量だった。瘴気に誘われて、外へ出てしまったのだろう」

「レオはどのくらい移動する?俺が初めて見つけた川だったけど…?」

「あの時は川に捨てられて流されたからだ。そうでなければそんなに広範囲に行動しない。エリオに懐いていたからエリオを追って、ファーヴが瘴気を集めていた時に巻き込まれたのかもしれない。そうだとすると、俺が…」

「ジーク!まさか…」

「今日も、気配がしないんだ…」

俺はギクリ、とした。じゃあ、ジュリアスは…?とは言い出せなかった。


「……エリオ、川へ行かないか?作りたい物があるんだ…」

 


 ジークは竜体になって俺を背中に乗せると、フェリクス川の上流へ向かった。来たばかりの時、砂金を拾った場所だ。ここの砂金でジークに指輪を作ってもらったの、もうずいぶん前のような気がする。指に嵌っている指輪を見ると、俺はつい笑顔になった。河原に降りると、ジークはまた砂金を採取した。


「今度は錠前を作ろうと思って。錠前なら、エリオも扉をあけられるだろう?」

「ジークは俺を出さない、っていったのに、鍵をくれるの…?」

「出さないよ?鍵は外側だけ。万が一出てしまった時、帰れるようにだよ」

 俺の質問に、ジークは唇を尖らせた。あくまで出さないつもりらしい。

「エリオが、『開けられない』って悲しそうだったから…。エリオを喜ばせたい」

「……ジークは優しいね。ありがとう。嬉しいよ…」

 俺がジークに抱き着くと機嫌を治したようで、尖らせた唇を俺に押し付けた。

 俺が悲しかったのは『ジークの番じゃない』という事実で、『開けられない』ことではなかったのだが。でもジークの優しさが嬉しかった。


 ジークは砂金で扉に設置する錠前を作成した。黄金の錠前は不思議な形の鍵穴がついているのだが…。


「これの鍵はつくらないの?」

「もう、作ってある」

「今錠前を作ったのに?いつの間に…?」

「これを扉に掛けるときに、エリオに……」

「…くれるの?」

 ジークはまた意味深に笑って俺に口付けた。でも、唇を離したあと、袖で唇を拭われる。本当はあの日みたいに深く、口付けたいけれど…。


「浄化の剣を返してもらったら…今日、エリオと一つになりたい。いい…?」

ジークは俺の唇を指でなぞりながら聞いてきた。少し顔が赤くなってる。

「うん…俺も……」

 俺も、ジークの赤くなっている頬に触れた。浄化の剣をそんな理由で使ったら、まずいだろうか?でも…、俺たちは健康な若者なのだ…。あ、ジークは百五十歳くらいだけど……竜にしたら若いはず。

 ジークのことをもっと知りたい。ジークの事を守りたいから…。


 錠前を作った後、俺たちは先に神殿に戻ることにした。できるだけ早く、浄化の剣を返して貰いたかったのだ。


 ジークは竜体になっていつものように俺を背に乗せた。今日は昼近くに出発して、レオを探してから川に行ったから、もう既に太陽は西に傾き空は夕焼けに染まっていた。


「綺麗だね…」

 上空から見る景色は格別だった。俺が呟くと、ジークは空を旋回して、もう一周してくれる。嬉しい…、大好きだよ…。ずっと、こうしていたい…。

 俺はそっと、ジークの身体に頬擦りした。




 神殿に戻ると、もう日は暮れていた。しかし、神殿の周りはまだ人で溢れ騒がしい。


「今日一日手当をしていたのですが、なにぶんこの剣は一つしかなく。症状によってかかる時間もまちまちで…。大変申し訳ないのですが、このままもう一日、いえ二日お貸し頂けませんか?夜もできるだけ長く作業して、早々に終わらせますので…」


セルジュはまた、跪き頭を下げた。想像以上に瘴気の影響を受けた兵士が多く、また瘴気に侵されたものは未知の症状に怯えているようだ。


「セルジュ殿下、頭をお上げください。一刻も早く不安を取り除いて上げて欲しい」


 俺がジークをチラリと見ると、ジークも頷いた。セルジュは嬉々とした顔で「ありがとうございます!」と、礼を言う。


「セルジュ殿下、何か良いことがあったのですか?随分嬉しそうだ」

「……分かりますか?実は悲願のアルバスとアートルムの統一について、急速に協議が進んだのです」

「え…!?それは良かった…!」

「ええ…。これで二国間で無駄な戦争をしなくて済みます…!本当に、喜ばしい事です!」

 アートルムとアルバスの戦いに疲弊していたセルジュはうっすら涙を浮かべている。……本当に、良かった。

「この交渉をまとめたら、私は罰を受けます。竜王様、それまでもう少し猶予を頂きたい」

「ば、罰なんて…。あの時のことはセルジュ殿下なりに国を思ってのこと。ジ…、竜王様ももう、遺恨は有りませんよね…?」

 ジークは納得がいっていないのか、そっぽを向いてしまった。な、何て大人気ない…!それに、セルジュは…!


「セルジュ殿下は、新たな国の王になるお方だ…!それを…」

「いえ…。私は相応しく有りません。今回の事も、父に全て話しました。王位については、ジュリアスかアージュに…、と…思っています」

「そ、そんな…!では、クリスティーナ様はどうなるのです…?お腹の御子も…!」

「……クリスティーナは修道院に送られることになりそうです。それは本人も覚悟している」

 クリスティーナの事を語るセルジュの顔には一瞬影が刺したが、直ぐに平静さを取り戻した。予め、覚悟はしていたのかもしれない。セルジュはもう一度礼を言って頭を下げると、浄化の剣を持って行ってしまった。


 ――もしセルジュが、フェリクスの王にならなければ、俺はどうなってしまうのだろうか…。王位継承に変化があれば、アルバス公爵家の令嬢である俺の母様が結婚する相手も変わってしまって…百五十後、俺は生まれているのか?!っていうか俺、ここにまだ居るし…どうなっちゃうんだよ?!


 隣にいたジークは不思議そうに俺を見つめた。


「エリオ……。なんだか、髪の色が薄くなっている気がする。気のせいか…?」

「えッ?!ま、ま、ま、まさかッ?!」


 俺は部屋に引き返すと、姿見の前に立つ。確かに…、鏡に映る俺の髪は少し色素が薄くなっているような。これってまさか…。歴史が変わってしまって、俺の存在が消えかけてる、とか……?


「ジーク、どうしよう!俺…、消えかかってる…!」

「なに…?どう言う事だ……?!」

「多分、俺たちセルジュを結構やり込めただろう?セルジュの裏をかいて、浄化の剣は渡さないわ、ジークは失せろとか言うわ…」

「それはあいつが悪いんだ」

「そう、それを自覚させすぎたために、セルジュは王になるには相応しくないと思うようになってしまったんだ!でもセルジュは俺の世界ではこの国の王だった。その子孫として生まれるはずの俺はセルジュが王にならないと生まれないんだよ!」


 俺は半泣きで、ジークに訴えた!ほら、ちょっと肌の色も薄くなってない?!ジークは動揺する俺を抱きしめる。


「つまりセルジュを王にすれば良いんだな?」

「うん…。あと、王妃はアルバスの王女でないとダメだ。それはクリスティーナだと思う。たぶん……」

「じゃあ、俺が命令すれば…」

「それは良くないよ。人間の王はさ、民の支持と王国議会の承認がなくては…!だから…ええと、俺に考えがある。ジーク、協力してくれる…?」


 ジークは危険が無ければ…と、了承してくれた。浄化の剣を預けてしまったし、ジークと一つになるのは、それまでお預けだ。


 やっと、毒から解放されたのに!でも、諦めない…。

 不安そうに俺を抱きしめる大きな腕を、そっと抱きしめてその日は眠った。

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