第23話 竜の巣
ジークは竜体を解いて人型になり地上に降りてきた。俺とセルジュは呆然としていて既に打ち合ってはいなかったが、ジークは必死の形相で走ってきて俺を抱きしめた。
「ジーク…!」
「エリオ…!」
ジークは涙を流していた。多分、俺が危ない目にあったのと父親を消滅させたことで、感情がぐちゃぐちゃになっているんだと思う。
「ファーヴ様は、既に肉体は滅んでいた。だから、ジークが殺した訳じゃないよ…。瘴気は、もうああするしか無かったんだ…」
「…エリオ…。違う、神殿に居ろと言ったのに…!いや、俺が甘かった……」
ジークは怪我はないか、と俺の顔を覗き込む。俺が頷くと、ほっと息を吐いた後、セルジュに向き直った。
「お前……、エリオを襲ったのは一度目ではないな。しかも、浄化の剣を盗もうとした。この罪をどう償うつもりだ…?」
ジークはセルジュに凄んで、魔法を放とうと腕を振り上げた。俺はジークに抱きついて必死に止める。
「ジーク…!やめてくれ!俺は大丈夫だ!それにセルジュにも訳があって…」
「どんな訳があっても許されない…」
「うん…。そうだけど…。そうだけど、もう終わりにしよう。ジーク…」
帰ろう、と囁くと、ジークは俺をまた強く抱きしめた。
「うせろ。二度と姿を見せるな」
「……」
セルジュは頭を下げると、神殿の方へ走って行ってしまった。
これで良かったんだ。これで、終わったんだ…。浄化の剣を持って帰れば、エヴァルトも助けられる。
「ジーク、帰ろう…」
「ああ、帰ろう。エリオ……………。………でも、どうやって……?」
「………………確かに……」
そもそも、帰れたら俺たち、帰ってたよね?
あと、エヴァルトだけど、エヴァルトってジークの母、ジュリアスの怨念にやられたんだよな?でも、この世界でジュリアスが受けた瘴気はファーヴがジークをこちらに召喚したと同時に消えてしまった。とすると、今エヴァルトって元気だったりする…?
「今更だけど、一回整理しようか。俺たちは『地獄の門』をくぐったら、なぜか正面にまだ地獄の門があって…後ろにはあったはずの門はなくなっていた。それでその後、百五十年前の世界に来たって気が付いた…。そうだったよな?」
ジークは神妙な面持ちでうん、と頷いた。
この世界の謎を解き明かそう、と言うのが先行して、『帰る』ことについては何も考えていなかったし探ってもいなかった。でも先ほど、何も手がかりもないのに、セルジュに『うせろ!』とジークは啖呵を切ってしまったのだ。今更戻って「何か、手がかりはありませんかね?伝説とか…」なんて聞けそうにない。
俺は思わず、頭を抱えてしまった。
「エリオ、俺たちは『地獄の門』をくぐって来ただろう?だから、また『地獄の門』をくぐって帰ればいいんじゃないか?」
「…………確かに。でも、『地獄の門』はさ、結界を破るためにジークが破壊したじゃないか!」
「壊したらまた、作ればいいんだ!」
「また作る?!」
どうやって…?!俺が目を瞬くと、ジークは胸を張った。
「今なら出来る気がするんだ…」
いや『気』だけで出来るのか、あんな巨大な門が…?俺は思いっきり訝しんでジークを見つめた。ジークは恥ずかしそうに、俺を見つめてくる。
「俺が竜の門を再生させてここに、『竜の巣』を作ったら…。そこにエリオを閉じ込めていい?」
「『竜の巣』に俺を…?」
「うん。もう、逃がさない……」
なんだか甘い顔でちょっと重めの監禁宣言をされてしまった。でも、北の山は広大だ。閉じ込めるといっても、割と自由かもしれない。
「…いいよ…?」
「良かった…」
ジークはほっとした、と顔を綻ばせた。
こんなことでそんなに喜んでくれて嬉しい。でもさ、俺を閉じ込めておいたら、いつか現れるジークの番が邪魔に思うんじゃないか?それとも番が現れたら、俺は…追い出されたりして…?
――色々思うところはあったけど、俺は何も言わないことにした。ジークは俺をぎゅ、と抱きしめた後、額に触れるだけの口づけをする。幸せだ…。
ジークと俺は竜の門へ戻った。竜の門は見事に破壊されており、大部分が燃やされて灰になっている。この状態で、どうやって竜門を復活させるのだろうか?
「魔法で、竜門を作る。材料は燃えたりしたけど、あるから…」
灰からも作れるのか…?すごい自信だ。
ジークは目を瞑った。いつもは指を鳴らすだけで魔法を発動するが、今日は瞑想をして力を溜めているようだ。先ほどファーヴと戦っていたのに、ものすごい魔力量だ。身体から魔力が煙のように湧きたっている。
しばらくじっとしていたが、やがて眼を開くと、腕を広げて小さく魔法を唱えた。
「
ジークが魔法を唱えると、灰は再生し粉々に散らばっていた石や木材と繋がり合い、竜の門が再び形成されていく。そうして瞬く間に、立派な門が完成してしまった。
「す、すごい…!」
「まだ、『門』が再生しただけ…。この後、結界を張る」
そうだった。竜の門はつまり、竜の巣を守るための結界の出入り口なのだ。
ジークは出来上がった門に手を添えると、魔力を流していく。傍目で見ても分かる。物凄い、魔力を流している…。近くに居て、身体が震えるくらいの魔力…。浄化の剣を持っていなかったら俺は倒れていたかもしれない。
どのくらい時間が経ったのか、「完成した…」と言ったジークの顔は青ざめていた。
俺はジークに駆け寄って、背中を支える。
「ジーク…!大丈夫…?!」
「大丈夫。エリオ…帰ろう…?」
俺は頷いて、ジークを支えながら、扉を押した。――の、だが…。
「――開かないっ!」
「え…?!」
何度俺が扉をおしても、その扉はピクリともしない。ここに来るときも、ここに来てからも扉は開けられたのに、何故…?
「ま、まさか…!ちょっと試しに、ジークが開けてみてくれよ!」
ジークは頷いて、扉を手で押す。ジークが押すと、ふわりと扉は簡単に開いた。それはそうだ。これはジークが作って、ジークの魔力が流れているのだから。それで俺が開けられない、ってことは…。
「俺がジークの番じゃないから、開けられないんだ…」
そのことは言わないでおこうと思っていたのに……。嫌でも口にせざるを得なくなった。つまり俺は竜の巣に入れられると、精神的にではなく物理的に出られない、ってことだ。
俺にとって悲しい事実に、涙が溢れそうになった。
「失敗した…。エリオにも外鍵は開けられる、そういう作りにするから泣かないでくれ…」
「ジーク……」
「エリオ、川に材料を取りに行っていいか?それで、作りたいものがある。それを作ってから、戻ろう」
「川に……?」
フェリクス川、と聞いて、俺は大切なものを忘れていたことを思い出した。
「……レオを忘れてた!」
神殿の、馬車の中にレオを待たせているんだ。レオは瘴気だ。あのままにしておくわけにはいかない。
「レオを迎えにいってから、川へ行こうか…」
「……そうだな……」
神殿に誰か人がいたら、めちゃくちゃ気まずいけど…。でも瘴気騒ぎの後だからほとんどいないだろう……そう、思っていたのだが…。
「竜王様、エリオ殿下……!」
「セルジュ殿下……!」
――気まずい……!!!
『うせろ!』といって数時間…。再び顔を合わせることになるなんて、誰が想像しただろうか?いや、お互い想像だにしていない、はず…。
「あの、レオを見ませんでしたか?馬車に置いてきた、見た目は犬なんですけど…」
「ああ、あの犬ですか。そう言えば見ていませんね。…おい、アージュ、お前は見ているか?」
呼ばれて顔を出したアージュはふるふると首を振った。何やらすごく、疲れている様子だ。
「アージュはジュリアス様について、アートルムへ行ったのではなかったのですか?」
「それが…。ジュリアス兄上はアートルムに向かう途中、馬車を抜け出して行方が分からなくなってしまいまして。ここまで戻ってみたのですが、足取りがつかめず…」
ジュリアスが行方不明…?そう言えば昨夜セルジュがそんなことを言っていたが、てっきり俺から浄化の剣を取り上げるための虚言だと思っていた。本当だったとは…。
今のジュリアスは子供もファーヴも失ったと思っている。失意の余り…馬鹿なことを起こさなければいいが…。
「どの辺りで行方不明になったのですか?私たちも探したいのですが…」
「エリオ……!」
ジークは俺を咎めるように、引き留めた。しかし…。
「でも…ファーヴ様にも頼まれたじゃないか。それにジークにはわかるんじゃないか?魔力の気配を感じるだろう…」
「……今は、分からない」
ジークは竜の巣を作るために力を使い過ぎている。それに、今日はもう遅いし…。
「セルジュ殿下、あの…、今日はここに泊めていただけないでしょうか?明日、捜索に加わりたい。それに、レオも探したいしフェリクス川にも行きたくて」
「エリオ殿…。遠慮されることはありません。ここは竜王様の神殿です。アージュ、直ぐに寝所の用意を」
「畏まりました」
アージュと数少ない兵士たちはは手早く、寝所の用意を整えてくれた。俺とジークは前とは違い、一緒に眠ることができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます