第20話 二人の子(19話 足りなかった R18のため非公開)

「はぁ…、ぁ…。ジークの、すごくあつい…」 

「エリオ…。気持ち良かった…凄く…」

 ジークはうっとりとした顔で、俺に口付けた。幸せだ…。ジークの唇に酔っていると、腹の中が、燃えるように熱くなった。


「はぁ……っ!」

途端に、下腹部に強烈な痛みが走る。これは…、もしかして。


 痛みの元、下腹部を見ると赤黒い痣が広がっていた。やっぱり、俺は毒を消化できないらしい。ジークの顔色が、みるみる青ざめていく。


「エリオ、大丈夫だから…」

ジークは腰に刺していた、浄化の剣を抜いて俺の下腹部に剣先を押し当てる。痛みはない…精液として見た時は白濁だったのに、毒の成分だけが体に沈澱するのか、刺された傷口からは赤黒い液体が流れ落ちる。

 ジークを見上げると金色の瞳からは涙が溢れていた。俺より先に泣くなよ…。泣けなくなるじゃないか。

 毒が全て出たのを確認して、俺はジークの胸に縋りついた。


「…エリオ、泣かないで…」

泣けないと思っていたのにいつの間にか泣いていたらしい。だって、俺…ジークの番になれない。番でなければ、今毒を取り除いたとしてジークよりずっと先に死ぬ。俺がジークよりずっと早く年老いていっても、ジークは俺を好きでいてくれる?俺が年老いていく中で、ジークの本物の番がこの世に生まれたとしたら、俺は耐えられるだろうか。その、本物の番はきっと女だ。二人の間には子どもも産まれて……。


 俺がジークの胸で泣くと、ジークは触れるだけの口付けをした。


****



 滝から上がると濡れた服や髪をジークは魔法で乾かしてくれた。俺を見つめる瞳がこれまで以上に甘いのは気のせいじゃない、と思う。

 

 衣服を整えて、ジュリアスの待つ竜の門へ向かった。


「なあジーク、行きより、帰りの方が同じ道でも早く感じるものだろう?けど…、門までが、往路より遠く感じないか?」

「ああ…。どうやら迷わされているようだ」

 ジークは恐ろしい事をこともなげに言う。

「それって、出られないってこと?」

「以前なら…。でも今は違う…」

ジークから、炎とも違う、煙のようなものが立ち上がる。これは…、竜体になろうとしている…!

「エリオ、この剣を持って、離さないで。動かないこと…」 

 ジークは俺に浄化の剣を渡すと強い風と煙と共に竜の姿に変化し、空に飛び上がっていった。

 ジークが空に飛び立つとほぼ同時、地響きと共に恐ろしい咆哮が聞こえた。ジークとは全く違う気配…。これは…。俺は剣をもってしゃがみ、飛ばされないようにふん張る。

 強風と共に真っ黒な物が浮かび上がるのが見えた。ジークも黒いが、その鱗はキラキラと輝いていて美しい。一方、あとから現れたそれは…多分形からして竜なのだろうが、鱗などは見えず翼も身体もドロドロとして原型がはっきりしない。しかも、恐ろしい瘴気…。その体からはとめどなく黒い靄が溢れ出ていた。

 ひょっとしてこれは…今世の『竜王様』なのだろうか…。俺を抱く前ジークが『ここに竜は俺一人だ』と言っていた、その意味は…?


 ジークでない方の竜は、激しい雄叫びを上げ、ジークに襲いかかる。ジークは翼で風を起こし、身体を回転させると長い尻尾だけで瘴気を薙ぎ払う。

 ジークは戦い方に余裕があるように見える。一方、明らかに竜王様は弱っている。いや、弱っていると言うより、これは…。


「ギャァアァァ!!」

 

 一際激しい雄叫びを上げ、竜王様は瘴気の塊を炎のようにジークに向かって噴き出した。

 危ない…!

 ジークは炎を噴いて応戦した。灼熱の炎を吐き、竜王様の身体の一部分に風穴を開ける。


「ギャァーーーッッ!!」


 痛みを感じているのか?竜王様は悲痛な叫び声のようなものを上げた。

 吹き飛ばされた身体は瘴気の塊だった。一部は燃え消失したが、一部は雨のように地面に降り注いだ。俺の所に落ちた瘴気は浄化の剣の効能で、ぶつかる前に消えていく。

 浄化の剣があって良かった。もし、なかったら…と考えると恐ろしい。そう考えてはっとした。竜の門にいるジュリアスは無事だろうか?ここからは大分、距離はあるが…。


 ジークはここにいろ、と言ったが、俺はジュリアスの所へ向かうことにした。浄化の剣があれば安全なはず。


 俺が走り出すのと逆方向に、地面に落ちた瘴気の塊たちが、また竜王様の所へ戻って行くのが見えた。瘴気は、まるで一つ一つ意志があるかのように『ジークフリート…』と呟いている。

 何故、ジークの名を知っている?

 この時代にやって来た時、既に竜王様は地底にお隠れになっていたはずでは…?


「エリオ!竜王様が…!」


 俺が向かう先に、ジュリアスの姿が見えた。どうやら現れた竜王様を見て、駆け付けて来たらしい。


「ジュリアス殿下!来てはいけません!今の竜王様からは瘴気の塊が落ちて来ていて…!」

 たぶん、正気も失っている。既に、竜であるのかさえ…!

 しかし、ジュリアスには届かなかった。俺を見つけて一心不乱に走って来る。ジークと竜王様は上空で争っていたが、ジークは圧倒的な力の差を見せていた。ジークの鋭い咆哮と炎で体勢を崩した竜王様は吹き飛ばされ、同時に大量の瘴気がまた地上に降って来る。


「ジュリアス殿下!!」


 浄化の術を持たない、ジュリアスの上に瘴気の雨が…!必死に走ったが、間に合わない…。


 最悪の事態を覚悟したが…ジュリアスの悲鳴は聞こえなかった。助けたのはジークだった。ジュリアスの上空まで下降するとその身体で瘴気を受け止め、更に降り注いでくる瘴気ごと上空にいる竜王様に炎を吐く。


「ギャァッ!!」

 竜王様は悲痛な叫び声を上げる。ジークの炎によって右半身が焼けおちた。


「ファーヴ様!!」

 

 ファーヴ?竜王様の名だろうか…?竜は番にしか名を呼ばせないはずでは?

 ジュリアスがその名を呼んだ時、より大きな叫び声を上げた。ジークは落下する竜王様を追撃しようと下降したのだが…。


「やめてくれっ!ファーヴ様を殺すなッ!!」


 ジュリアスの悲鳴を聞いたジークは攻撃をやめ、ふわりと人型に戻って着地した。竜王様は、ドロドロの瘴気となって、地面の下へ沈んでいく。

 ジュリアスは沈んだ地面に縋るように泣き崩れた。俺はジュリアスのもとに駆け寄って背中をさすった。でも、かける言葉が見つからない。

 ジークは静かに、ジュリアスの傍らに立った。


「もうあれは竜ではない。ただの『怨念』だ」

 やはり…。だからジークは竜を恐れてはいなかったし、ここに竜は俺だけだといったのだ。それは即ち、竜王様…ファーヴは既に実体を失っているということで…。


「そんなはずはない…!水神のファーヴ様ともあろうお方が…。それに約束してくださったのだ…!何としても、私たちの御子を守ると…」

「私たちの御子…?それって…。」

 思わず俺が聞き返すと、ジュリアスは嗚咽を漏らした。

「確かにいたのだ…私の中に。ファーヴ様がお隠れになるのと同時に…。きっと、安全な場所に守っていただいた…。それを支えに、これまで……」

 生きて来たのに、とジュリアスは小さく呟いた。その後はただ蹲るだけのジュリアスを、ジークは抱きかかえた。


「エリオ、歩けるか?」

「うん…」


 ジークは何も言わなかった。ただ黙って歩く。竜の門を出ると自然と門は閉じられた。


 ジュリアスは『私たちの御子』が腹の中にいた、と言った。ジュリアスは男で番でもない。確かに身体を重ねたと言っていたが……まさか。

 でも、竜王様…ファーヴの『怨念』も確かに、ジークの名を呼んでいた。ジークの母親である怨念も『ジークフリート』の名は父親からもらったと言って、その名を呼んでいた…。

 ジークの年齢はたぶん百歳以上。ここは百五十年前の世界だから、おおよそ、ジュリアスの妊娠と時期も合致している。なによりジークは竜であり、ファーヴと見間違うほど外見が似ているのだ。


 しかし、ジュリアスは腹の子が消えた、と言っている。生まれていないはずのジークが、ここにいるのは何故だ?いや、ジークがこの世界に舞い戻ったから、消えてしまったのだろうか?


 神殿に戻ると、セルジュとアージュが疲れ切った顔で待っていた。


「ジュリアスを助けていただいたのですね……ありがとうございます」

「……」

 ジークはセルジュには答えず、無言で気を失っているジュリアスをアージュに預けた。

「先ほどの瘴気を浴びてしまい、具合が悪くなるものが出始めました。一旦閉鎖し、兵士たちはアルバスの城へ下がらせております。竜王様もそちらへお越しいただけますか?」

 セルジュはジークが竜王ではないと分かっているはずだが…。彼は明確な意図があってジークを「竜王様」と呼んだのだと。

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