三章
第18話 浄化の剣
「エリオが、番の作った『浄化の剣』を抜けるかも知れない。そうすれば…」
「エリオが剣を抜くのは、身体の中の毒を取り除くためだ。それ以上の事はしない」
ジュリアスは竜王様を助けられるかも知れない、とジークに訴えたが、ジークの返答は冷たいものだった
「……分かった。ではその後、浄化の剣を私に預けて貰えるか?」
「いいだろう」
俺たちがすることは、剣を渡すだけ…。それでもジュリアスはほっとしたのか眉間の皺が緩んで、薄く微笑んだ。
微笑んだジュリアスとは対照的に、ジークは俺をキツく抱き寄せる。
「エリオは誰にも渡さない」
「ジーク、大丈夫だよ…。心配するような事はないから」
ジークは首を傾げる。なぜ、そんな自信があるのか?と、聞きたいらしい。
「……エリオと言ったか」
俺たちのところに、セルジュがやって来た。セルジュは神妙な顔をしている。
「お前達はこの先へ行くのだろう?クリスティーナは先ほどの通りだ。私達は先に戻ることにする。竜王様は以前、瘴気に塗れ自身を制御できなくなり地底にお隠れになった…。この先は何が起こるかわからない。……ジュリアスを頼めるか?」
「は、はい…」
セルジュは頭をさげると、クリスティーナを背負い アージュと共に山を降りて行った。セルジュはジュリアスを気遣った態度を見せたが、ジュリアスはセルジュを無視した…。
セルジュは初代フェリクスの国王になる人物だ。その伴侶である王妃の名前までは記憶していないが、アルバスの王女だったはず。そして、その腹の中にいる子は、俺の先祖にあたる。
クリスティーナが番としての力を失ったことで、その血を引くものに、役目が引き継がれたとしたら、俺が竜の門を開けられることにも合点がいく。今、現時点で、クリスティーナの血を引くものはこの世に俺だけなのだ。腹の子が出てくれば、また変わる可能性はあるが…。番はいつも、アルバスに生まれるというのも、そういう理由なのではないか?
セルジュとクリスティーナの関係に激怒しているジュリアスには言いにくい話だから、この事は俺の中で留めておくことにした。第一、百五十年後の世界から来た、なんて信じて貰えないかもしれない。
セルジュ達を見送った後、ジュリアスに案内されて俺たちは番が残したと言う浄化の剣を探しに更に北へ、山を登った。
「番様の『浄化の剣』は山の中腹…。フェリクス川の支流、清らかな水が流れる滝の中にあります」
「滝…?人間も入れるのですか?」
「ええ、問題ありません」
ジュリアスは一度、竜王様と来たが抜けなかったと言っていたんだった…。愚問だった。
ジュリアスと竜王様は一度、身体を重ねたと言っていたが…どのような関係だったのだろうか?クリスティーナは二人の様子を『仲睦まじかった』と言って、嫉妬心を剝き出しにしていた…。その嫉妬心と言うのはクリスティーナがセルジュとの恋を成就できない事にも起因していたわけで。どうして、運命の糸は絡まってしまったんだろう…。
「もう少しだ!」
考え事をしながら歩いていたら、あっという間に時間が経ち、目的地に近付いていたようだ。風の音に混じって滝の音が微かに聞こえる。
滝の周りは清涼な空気に満ちていた。
人が入れると聞いていたからもっとこじんまりしたものを想像していたが、実際にはかなり高いところから水が垂直に落ちる迫力ある滝だった。
「本当に入れるのですか?」
「ええ。滝壺は太もも位までの深さしかありません。剣は、滝の向こう側の壁に刺さっています。ほら、一部、柄が見えるでしょう?」
水が落ちているところが、一部歪んで見える。確かに、あの辺りに何かありそうだ。
「じゃ、行ってみるよ」
「エリオ、俺も行く」
俺とジュリアスはジークという別の竜が、滝にまで入るのは良くないと、一人で行くべきだと主張したのだが、ジークは一切引かなかった。もし剣が抜けなかったら、もう一度一人で行く事を条件に俺とジークは一緒に滝壺に入った。ジークに支えられながら、流れに逆らって滝の落ちる壁まで向かう。
近づくと、水の上からも剣の柄が見えた。見た目は普通の剣ではあるが…場所を考えればこれで、間違いないと思う。
俺は水の中に手を入れ、柄を握った。ジークを見上げると、不安げな瞳と視線が合う。
「大丈夫だよ…」
何が、大丈夫なんだか俺にも分からないけれど、ジークを不安にさせたくなかったのだ。ジークが頷いたのを確認してから、俺はもう一度力を込めて壁に刺さっている剣を引っ張った。
剣は思ったよりも、するりと抜けてしまった。それは立派な長剣だが、不思議と重くはない。思いの外、剣が軽かったのと力を入れすぎていたのか、勢いで後ろによろけた俺をジークは抱きしめるように支える。
「…抜けた…!」
多分、俺の仮説は正しい…!そして、もう一つ確認したい事ができた。
「エリオ!」
ジークは泉に入ったまま、俺をきつく抱きしめた。その悲痛な声に、ジークが何を不安に思っているのか、俺は直ぐに理解した。
ジュリアスは興奮気味に、川岸から俺たちに向かって叫ぶ。
「ありがとう、エリオ…。いや…番様…!」
ジュリアスはこれで竜王様を助けられる、と涙を流していた。ジークはジュリアスが俺を『番』と呼んだことに反応して、より、腕に力を込める。
「ジュリアス殿下……少し、ジークと二人きりにして頂けませんか?浄化の剣は必ず、持っていきます」
「…そうですか。……分かりました」
ジュリアスは俺の後ろで項垂れているジークをちら、と見ると、了承してくれた。「竜の巣の入り口まで戻っています」と言うと、去って行く。
ジークは水に浸かったまま、向きをかえると、もう一度俺を抱き締めた。
「…ジーク…。俺は竜王様の番のクリスティーナの子孫なんだよ。ここは百五十年ほど前の世界で、この世界の番だったクリスティーナが力を失って、多分それが子孫の俺に引き継がれてるんだと思う。今現在クリスティーナの子孫は俺しかいない。仮初の番だからか、男であることが影響しているのか、力が弱く、レオの毒を浄化できてはいない……」
「それで?」
ジークは眉を寄せて、瞳を潤ませている。俺も、涙が溢れそうだった。けれど…。
「ジーク、俺に、ジークの体液を注いでくれよ。ジークの毒を浄化できるのか、正確に確認したい…」
薄々、できない事はわかっている。だって、さっき自分で言った通りレオの毒はこの胸にひろがったままなのだ。でも確認しなければ…。
「もし…できなかったとしても、今ならこの、浄化の剣があるから…」
ジークの毒以外にも痣も確認したい。ひょっとして、レオの毒を取り除いた後、番としての胸に痣が残るのかも知れないし…。
俺が言い終わるより前に、ジークは俺に、噛み付くように口付けた。
「エリオ、好きだ……」
「ジーク、俺も好きだよ。ジークがほしい…。それで先に、このの剣で体のジークの毒を消せる?ちゃんと、ジークを感じたいんだ」
「エリオ…!」
ジークは俺の手から剣をとり上げると、濡れた服のボタンを慎重に外し、胸をはだけさせた。
「エリオ…胸に、剣を刺すよ。瘴気と俺の毒を抜く。痛かったら言って…」
俺が頷くと、ジークは剣先を胸に当てた。浄化の剣が胸に刺さると、剣の柄に竜の紋章が浮かび上がる。抜いたときはただの剣の柄だったのに…。浄化の力が反応すると紋章が浮かび上がる仕組みのようだ。そして刺されても不思議と痛くない。
胸に刺した傷口からは、ドロドロとしたものが溢れて滝の水に落ちた。瘴気だ…。流れ落ちた瘴気はやがて流されて跡形もなく消えてしまった。剣を抜くと、傷口も消滅している。
毒が身体から取り除かれると、胸の痣は殆ど消え去っていた。しかし、薄ら茶色の薄いシミのようなものが残った。
「全部、毒は出たと思う…。ジークの体温が分かる」
「エリオ…。もっと、知ってほしい。俺を……」
ジークは頬を染めて、俺を見つめる。
ジークは浄化の剣を腰のベルトに引っ掛けると俺を抱き抱えた。滝が落ちる水の中に入り、滝に打たれて裏側へ行くと、正面は壁、反対側は水で視界が塞がれる。
「ジーク、ここで…?」
「うん、一つになろう」
「で、でも…。ここは竜の巣だけど…?」
「ここにもう、竜は俺だけだ。大丈夫…」
竜はジークだけ?でもここに入る時、確かに咆哮が上がったのだが…。
疑問は、ジークの口付けで塞がれてしまった。ジークは俺を下ろすと水の中に立たせて、壁に押し付けながら貪るように口付ける。今まで体液を気にして、触れるだけだったのが嘘のような、濃厚な口付けだった。ぬるりと、暖かい舌が入って来て口内を舐め回される。
「ん……はぁ…っ…」
「エリオ…。ずっと、こうしたかった…」
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