第17話 竜の門
翌朝、馬車に乗り、五人で竜の巣へ向かって出発した。神殿以降は馬車が使えないので、一旦神殿で休憩することになった。
神殿に寄ったものの、俺はレオは連れて行かない事にした。万が一、瘴気を消滅させる剣に触れたりしたらレオが消えてしまうからだ。できればジークの母親のように怨念になった原因を解決して、見送ってやりたいと俺は考えていた。
休憩の後、歩いて更に北へ向かうことになったのだが…。
「歩き?!馬はどうなの?!身体強化をかければいけるでしょ!」
「…馬への負担が大きすぎます。歩いても数時間ですよ」
ジュリアスに『馬はだめだ』と言われた途端にクリスティーナは不機嫌になった。どのくらいの距離なのだろう。それに、『竜の門』とは…?
「あの、『竜の門』とは、どこなのでしょうか…?」
俺はジュリアスに尋ねると、ジュリアスは北に見える『地獄の門』を指差した。
「『竜の巣』は、ほら…、山の手前に大きな門が見えるでしょう?あの北側です。竜王様は普段、北の山に御座します」
「それで、あの門が『竜の門』と言うことですか…」
「ええ…。竜の巣へ竜王様と番様以外侵入させないよう、竜の門はお二人以外開けられないように作られています。その後、そのまま安全な巣の中で子育てをされるのです」
なるほど、そのための結界なのか…。しかし、ジュリアスは以前、入ったと言っていたような?
それに俺たちがいた百五十年後の世界では竜の門ではなく『地獄の門』と呼ばれている。いつの間に竜の巣に入るための『竜の門』を『地獄の門』なんて恐ろしい名で呼ぶようになったのだろうか…?
「エリオ…運んでやろうか?」
ジークは山道が心配になったのか、答える前に俺を抱えようとする。それを見たクリスティーナは地団駄を踏んだ。
「ちょっとお!そこはか弱い女の私にする所じゃないの?!」
「『女』だからなんだ?」
ジークに冷たく返されて、クリスティーナはより一層頬を膨らませた。クリスティーナは昨日とは打って変わって今日は朝から不機嫌だ。何だかずいぶんと情緒不安定な気がする…。
「ジーク、俺は歩けるから」
「…分かった。でも、離れないで…?」
クリスティーナだけじゃ無い…ジークも、情緒不安定かも知れない。
俺とジークはクリスティーナから冷たい視線を浴びながら、二人で手をつなぎ一時間ほど山道を歩いた。
「あと一時間ほどです。少し休憩しましょう」
ジュリアスがそう声をかける頃には、クリスティーナは悪態をつく元気も無いようだった。 山道の脇の切り株に腰を下ろすと、項垂れてうずくまってしまった。水と、簡単な軽食を勧めたが口にしない。随分機嫌が悪いようだ。
休憩を終えて、出発しようとしたが、クリスティーナは立ち上がらない。
「もう歩けない!セルジュ、何とかして!」
「子供のような事を言わないでください……」
セルジュは冷たくクリスティーナを一瞥すると、さっさと歩き出してしまう。
「じゃあ私、竜の巣へは行かないわ!」
セルジュの態度に、ついにクリスティーナは顔を真っ赤にして癇癪を起こした。俺やジュリアス、アージュはハラハラしながらセルジュに視線を送る。何とかしてくれ…!と…。
セルジュは俺たちの視線に気がついたのか、クリスティーナの所まで戻って、背を向けてしゃがんだ。どうやら背中におぶっていくつもりらしい。
クリスティーナは黙ってセルジュの背中に乗ったのだが、途端に背中に顔を埋めて泣き出してしまった。
「ねえアージュ、クリスティーナ様はいつもああなの…?」
「天真爛漫な方ですが…今日は特に…」
アージュは口ごもりながら、小さな声で答えた。いつもよりも、酷いということは、どこか体調が悪いのかも知れない…。セルジュの背中に顔を埋めているから、顔色までは確認できなかった。
休憩後、更に一時間ほど歩いて遂に竜の門に到着した。汗だくのセルジュの背中から降りたクリスティーナの顔は血の気を失っていた。
「クリスティーナ様!やはり体調が…?!」
俺が駆け寄ると、クリスティーナは力無く笑う。
「だから嫌だったの。でもここまで来たからには、役目を果たすわ。あ、それが『出来る』って意味じゃないわよ?」
クリスティーナは、門の前まて歩いていく。ジュリアスはクリスティーナの横に立った。
「クリスティーナ様、こちらに手を…」
クリスティーナは頷いて、その手でそっと竜の巣の門に触れた。
暫くじっと手を当てていたが、竜の巣の門は、ぴくりとも動く様子がない。
「ぶち破ろう」
「ジーク!」
「それしかない。こいつは開けられない。初めから言っていただろう、力を失っていると!」
俺はジークを宥めたが、遅かった。クリスティーナは涙を流して嗚咽を漏らした。
「クリスティーナ様!」
俺は思わずクリスティーナに駆け寄って、背中をさすった。
「だから言ったじゃない!ダメかも知れないって!」
「ええ…。私の為に無理をさせてしまいました。大変申し訳ありません…」
「そうよ、エリオのせいよ…!しかもあの竜と私の前で仲良くして、まるで……ッ」
クリスティーナは声を詰まらせたが、そのまま口元を抑えて荒い息を吐き出した。
「ううっ!」
クリスティーナは、遂に嘔吐してしまった。具合が悪いのだろうとは思っていたが…まさか吐くほどとは…。
いつの間にかセルジュがクリスティーナの隣に来て背中をさすっていた。クリスティーナはまだ、嘔吐を繰り返している。
ジュリアスもクリスティーナの所に近寄って、額に手を当てる。
「熱がありますね。クリスティーナ様、戻りましょう」
「もう一度やるわ。ここまで来たんだから!次は血を捧げてみましょう」
「クリスティーナ様!無理はいけません!そのお身体ではもし開いたとして、その先に進めない」
「そうだぞ、クリスティーナ!」
ジュリアスとセルジュに反対されると、クリスティーナは真っ赤な顔で怒鳴った。
「これは病気じゃないの!だからやるわ!」
「病気じゃない…?」
病気じゃないけど、熱が出て、吐き気がして、不機嫌になって…?どう言うこと…?
俺の頭には疑問符がたくさん浮かんだ。たぶん、セルジュもアージュも。しかし、ジュリアスだけは、何か察したらしい。目を見開いて、固まっている。
「まさか……妊娠を…?」
「……」
クリスティーナの顔がみるみる曇り、俯いてしまった。この場合の沈黙は肯定だ…。
竜の番のクリスティーナが妊娠?それは、竜王様の子…?いや、それなら竜王は瘴気を溜めたりしなかったはず。ということはつまり…。
「竜の番という使命がありながら……、不貞を働くとは…!しかもそれで、力を失ったと言うのか?!」
「きゃあ!」
ジュリアスは怒りに任せて、クリスティーナの胸ぐらを掴んで引き寄せた。そのままクリスティーナを睨みつける。
「ジュリアス殿下!おやめ下さい!」
俺は慌てて、二人を引き離した。しかし、庇ったはずの俺の手を振り払ったのはクリスティーナだった。
「なぜ私ばかりが責められるの?!私は鳥籠の中でずっと竜王様を待っていたわ!それなのに…番しか背に乗せないはずの竜王様はジュリアスを背に乗せて空を飛んでいた!二人でいつも仲睦まじく出かけて、見つめ合って口付けて…!知っているのよ!竜の巣にも、こっそり貴方が入ったこと…!」
クリスティーナはまた、ボロボロと涙を溢していた。確かにそれはそうだ。ジュリアスは誰も知らない番の剣など、秘密を竜王様と共有している。かなり深い仲なのだろう。
クリスティーナの言葉を聞いたジュリアスは目を見開いた。
「なぜ、私だけ痣を持って生まれたと言うだけで、全てを諦めなければならないの?私を愛していない者に、この身を捧げなければならないの?!」
「そんな子供じみた理由で、純潔を失い、この世に生きるものの恵みを…竜王様の命を奪ったというのか!?」
「それは知らなかったのッ!」
クリスティーナは悲鳴のような、金切り声を上げた。
「ただ……私も願ったのよ。一生で一度だけ、好きな人と結ばれたいって。男である貴方が、竜王様へお願いしたようにね……?私は竜王様の番よ?貴方のした事は、全て知っているわ。…男のくせに、穢らわしい!」
クリスティーナはジュリアスを睨んで、フン、と嘲笑った。途端にジュリアスはまたクリスティーナに掴み掛かろう手を伸ばす。
俺はまた、二人を止めようとしたが…。
今度、それを阻止したのは、セルジュだった。
「ジュリアスよせ!悪いのは私だ!」
「兄上……?」
「セルジュは断れなかっただけで…悪くないの。悪いのは私よ!」
つまり、クリスティーナの腹の子の父親はセルジュ?そう言えばセルジュは、番を失わない為に、純潔を守れと言っていたな…?セルジュは、薄々力を失った理由を知っていたのだろうか…?
「分かった。二人まとめて、罰してやる…!」
ジュリアスは怒りに震えながら、腰の剣を抜いた。まずい…!だってセルジュは初代フェリクスの国王だ。そして、そのセルジュの子が、クリスティーナの腹の中にいる、ということは……。
「お待ちください!」
「エリオ、下がっていろ!」
ジークは俺の腕を掴むと、後方へ押しやった。入れ違いに、ジークは三人の間に入って動きを止める。
俺が押しやられた先には、竜の門があった。勢いあまって、門の扉にぶつかり、手をついた……気がした。
気がした、というのは、気がついた時には扉が無かったからだ。竜の門はふわりと開いて、俺は支えを失い後ろに倒れ込んでしまった。
扉が開いて、後ろに倒れ込んだ俺は意図せず、竜の巣に入ってしまった。ジークはすぐに駆け寄ってきて、俺を抱き起こす。
剣を振り上げていたジュリアスは呆然と、その腕を下ろした。
「エリオ!大丈夫か?!」
「大丈夫だよ。転んだだけだから」
ジークが俺を抱き起こした時、地の底から火が上がるような振動と共に大きな咆哮が上がった。
ジークが竜体で上げる咆哮とも、別の声だ…。これは、まさか…。
「竜王様……!まだ、生きておられた…!」
ジュリアスは震える声で言うと、剣を鞘へ収め門の手前まで走って来た。ジュリアスは薄ら涙を浮かべた瞳で、俺を見つめる。
「エリオお前が……新たに生まれた竜王様の番なのかも知れない…」
「そんな、まさか……」
ジュリアスの発言を口では否定したが、俺の胸の中には一つの仮説が浮かんだ。
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