第16話 竜の番

 ジュリアスが言うには、今代の竜王の番であったアルバスの王女は、領都を少し外れた、湖の畔の保養地で静養しているらしい。なんでも、突然番の証である痣が消え、力を失い臥せっておられるのだとか。


「突然、痣が消えた?!原因は分からないのですか…?」

「分かりません。王女も憔悴していて…話せる状況ではありませんでした」

「そ、その……言いにくいのですが、ジュリアス殿下と竜王様の関係が影響を及ぼしたりは…」

「それは…。順番から言って、違います。彼女が力を失ったから、私と竜王様は身体を重ねました」

「…そうですか…」

 かなり突っ込んだ質問をして、俺はいたたまれなくなった。でもこの質問はしておかなければならないと思っていた。セルジュは俺が、ジークの番が現れる枷になるのではと言っていたからだ。ジュリアスと似た立場の俺の存在がジークの番の力に影響を及ぼすのか心配だったのだ。竜王様の番の力の喪失はジュリアスと無関係のようで少し安心した。


「番様に、会わせていただきたいです」

「では、用意してまいります。お待ちください」


 ジュリアスが用意した馬車に乗り込み、再び出かけることになった。ジークはその間、ずっと俺にピッタリとくっついたまま、俺の頭に顔を埋めていた。

 

アルバスの宮殿を出たのは昼過ぎ。それから馬車に乗り、数時間走り通しており、窓から見える太陽はだいぶ西に傾いている。


「ああ、見えて来た。あれです!」

ジュリアスが指差した方向を見ると、オレンジ色の屋根の平家造りの屋敷が見えて来た。屋敷の周りは色とりどりの花が咲いていて、可愛らしい建物だ。邸の向こうには湖が広がり、何だか妖精が出て来そうな雰囲気だ。

 日が暮れる前について良かった、とジュリアスはホッとしたように言った。


 邸の門を開けさせ、車寄せに向かうとアージュが慌てた様子で飛び出して来た。


「アージュ?!」

「兄上!それに竜王様、番様!?どうしてこちらに?」

「それはこちらの台詞だ!なぜ、お前がここに?番様の担当は本来セルジュだが…」

「番様の力が消失してからは…セルジュ兄上は関与しておりません。しかし本日、番様…いえ、クリスティーナ様より手紙が参りまして…」

「手紙?」

アージュは眉を寄せて、困ったように頷いた。

「はい。もう、ここには居られないと…。出て行くとのお手紙でした。それで急ぎ、馳せ参じましたら、邸の中にお姿が見えず…」

「何だって、また?!」

「昼食まではいらっしゃったので、遠くには行っていないと思うのですが…。邸の中は使用人が探し尽くしましたので、これから外を探して参ります!」

「仕方ない、私も手伝おう…!エ…番様と竜王様は、邸でお待ち下さい。誰か、案内を…!」


 アージュとジュリアスは俺とジークを召使に任せて出て行ってしまった。俺たちは邸の中の、応接室らしき場所に通された。暫くは、大人しく待っていたのだが、二杯目のお茶を飲み干した所で、席を立つ。

「ジーク、庭に出て見ないか…?凄く、綺麗な花が咲いてる」


 俺はジークを誘って庭へ出た。庭には色とりどりの花が咲き誇っている。魔法を使って咲かせているのだろう。その仕掛けが気になったのだ。


「季節もバラバラの花が、こんなに沢山咲いているなんて…!凄いなあ…。俺も魔力があれば、こういう庭が作りたかった…」

「魔力があれば?あるだろ、エリオも…。でも、出来ないのなら俺が咲かせてやる」

「え…?」

俺は魔力なしで産まれたはずだが…、俺、魔力あるの?以前からジークは「俺の匂いがわかる」と言っていた。それって魔力なのだろうか?確かに、先日魔力封じの袋を取った途端、ジークは俺を迎えに来たんだった。


 ジークが指を鳴らすと、白く大きな蕾の花びらがゆっくりと開いていく。そして咲いた花を摘んで、俺の髪に飾ってくれた。


「エリオ、似合ってる。かわいい…」


 ジークは俺を見て優しく微笑んだ。なんて顔するんだ…。こんなの、好きにならないはずない。俺は思わず、ジークの胸に顔を埋めた。


「その花、ラナンキュラスっていう名前よ。花言葉は『純潔』…!」


 庭から、鈴を転がすような声がした。ひょっとして、さっきの…ジークに甘えた所を見られた?!声の主はくすくすと笑っている。


「さっきからそこで、何をしている…?いい加減出てこい。エリオに危害を加える気なら、容赦しない」

 ジークは花壇に向かって凄んだ。ジークにはどこに誰がいるか見えているらしい。


「私の結界が分かったの…?貴方こそ何者…?竜王様のそっくりさん」

ジークはまた指をパチン、と鳴らす。すると、花壇の下に伏せっている女が現れた。

「凄いわ…!あなた竜王様とは違うけど、竜でしょう?とてつもない魔力を感じる…」

 女は立ち上がって、アルバス特有の茶色の瞳を輝かせた。茶色の髪を半分だけ束ねて結っており、動きに合わせて柔らかそうに揺れている。肌は白く、大きく開いた胸元は柔らかそうで魅力的だ。

 しかしジークは興味がないようで、何も答えない。


「あの、貴方はひょっとして…?」

「私?アルバスの第一王女、クリスティーナよ!」

「竜王様の元、番の?!力を失い臥せっておられると聞いていたのに、今日出て行ったと言う…、あの?」

「そうよ!何よ、嫌な言い方するのね……。分かったわ。貴方もあっち側の人間ね…?」

 あっち側、とはどっち側なのだ?俺が戸惑っていると、クリスティーナは立ち上がり、こちらに向かって来た。


「それ以上エリオに近寄るな!」

「ふーん…。花を咲かせて、髪に飾って…かわいい、なんて囁いて抱き合って…。貴方達も恋人同士なの?竜って、男が好きな生き物?じゃあ、何で女と番うわけ?子孫のため?」


 ジークが答えないと、クリスティーナは眉間に皺を寄せイライラしながら捲し立てる。


「私には大問題なの!どうなの?!答えなさいよ!」

「竜がどうかは知らないが、俺はエリオが好きだ。先日求婚して結婚の約束をした。エリオ以外の、他の誰とも一緒になるつもりはない」

「……子どもが出来なくてもいいの?この地を守護する神が途絶えてしまっても…。それに身体に溜まった瘴気を浄化出来ず力を失い朽ちて行くとしても…?」

「知ったことか」


ジークの答えを聞いて、クリスティーナは吹き出した。

「素敵…!いいなぁ…。羨ましいわ、エリオが…!」

クリスティーナは、今度は俺を見て微笑んだ。竜の番なんて、俺の方が羨ましいけど…。クリスティーナは俺が羨ましい?

「私なんて産まれた時から痣のせいで婚姻相手が決められてしまって、恋する自由もなかったのよ?」

「しかし…王族とはある程度そう言うものかと…」

「相手にその気がないと知っても…同じことが言える?エリオは耐えられる?」

クリスティーナは目を細めて、俺を睨んだ。つまり竜王様が番に対して『その気』がなかったということだろうか…。

「ねえエリオ、約束して…?新しい竜の番が現れても、番を竜と婚姻させないで、自由にさせて。だって、この竜はエリオにベタ惚れなのよ?辛すぎるわ、そんなの…!」

「番など不要だ」

俺が答える前に、ジークは俺を抱き寄せた。

「もう用は済んだろう?帰ろう…」

「けど…」

「クリスティーナ!」


 中庭の入り口、渡り廊下を振り返ると、クリスティーナの名を呼ぶ人物が走って来るのが見えた。額には大量の汗が浮かんでいる。その人物は…。


「セルジュ!」


クリスティーナは瞬時に白い頬を赤く染めて瞳を潤ませた。そして走って来たセルジュの胸に飛び込む。


「遅いじゃない!酷いわ…!」

「おいクリスティーナ!邸に居るじゃないか…どう言うことだ!」


 セルジュは胸の中のクリスティーナを引き離し、怒りを滲ませた顔で睨んだ。セルジュのその顔を見たクリスティーナは、頬を膨らませて不貞腐れたようにそっぽを向く。 


「……余りにも私を軽視するからです!」

「貴方は神殿の警護対象外になりましたから。子供のような真似はおやめください」


 力を失ってからはセルジュが番の警護担当から外れてしまい会えなくなった。けれどセルジュに会いたくて、探してもらえるよう家を出るという手紙を送ったということ…?それ、竜の番のはずのクリスティーナはセルジュを好きだと言うことだろうか。

 俺が困惑していると、邸の外に出ていたアージュとジュリアスも戻って来た。


「クリスティーナ様!驚かせないでください!」

「そうです…。立場を考えください」


アージュとセルジュに嗜められ、クリスティーナはより膨れっ面になり、セルジュの背中に隠れてしまった。この状態で、彼女と話が出来るのだろうか……。


「竜王様はどうしてこちらに…?」

セルジュは昨晩の騒動もあって寝ていないのだろう。額には浮かんだ汗を拭いながら、疲れた顔でジークに尋ねた。

「…エリオが来たいと言うから、ついて来ただけだ」

「エリオ…?」

 そうか、セルジュやアージュには名乗っていなかった。

「私の名です。えーと…、私の、胸の痣…身体に入った瘴気の毒を取り除く手がかりを探していて。元、番様の浄化魔法なら浄化できると聞きましたので、やって来たのです」

もう隠していても仕方ない。俺は正直に訪問理由を話した。すると、セルジュは顔を顰める。

「クリスティーナは力を失っている。申し訳ないが、エリオ殿の力にはなれない。新たな番が現れるのを待つしか方法は……」

「……他にも、方法はあります」

 ジュリアスの言葉に、全員の視線がジュリアスに集中した。ジュリアスは居心地悪そうに、少し俯く。

「数千年の時を生きる竜王様は、次第に瘴気を身体に溜めてしまう。それを癒せるのは番様のみですが…もしも番様の力が及ばなかった時の為に武器が残されているのです」

「武器とは…?」

俺は思わず、ジュリアスに尋ねた。武器って、何の目的で…?

「数千年前の番様が遺されたもので、代々の番様がその聖神力を武器に込めてきたのだとか。瘴気に塗れ正体を無くした竜を、薙払えるほどの威力があると聞いています。その剣はきっと…」

「浄化の力がある…!」

俺が興奮して言うと、ジュリアスは頷いた。しかし、その顔は晴れない。なぜ?ジュリアスもその剣の力で、瘴気を取り除いたのでは無いのか?

「浄化出来るはずですが……その剣は、どうやら番様しか抜けないようなのです。私は元より、竜王様にも抜けなかった…」

 抜けなかった…?では、どうやってジュリアスはその身の毒を取り除いたのだ…?

 ジュリアスは、視線をクリスティーナ様に移した。

「クリスティーナ様、剣を抜いて頂けませんか?」

「クリスティーナは力を失っている」

セルジュはクリスティーナを庇うようにジュリアスの質問を遮った。クリスティーナはセルジュの背中に隠れていて、その表情は伺えない。


「…可能性があるのはクリスティーナ様だけなのです」

セルジュの牽制にも怯まず、ジュリアスはクリスティーナに呼びかける。クリスティーナはセルジュの背中からひょっこり顔を出して、俺に視線を向けた。

「出来るかわからないわよ…?いえ、出来ない可能性の方が高いと思う…。それでもいい?」

「ええ…!何か、手掛かりでも掴めれば…!ありがとうございます!」

「お礼は言わないで、エリオ…。言ったでしょう?私は力を失っていて出来ない可能性が高いの」

クリスティーナはまた、セルジュの背中に隠れて、セルジュの背中に顔を埋めてしまった。セルジュはそんなクリスティーナを抱き寄せるでもなく淡々と、ジュリアスをジロリと睨む。

「場所は聞いているのか?」

「ええ…。一度訪れていますので、案内は私が。竜の巣…、門から少し北へ、山を登ったところです」

「竜の巣の…『竜の門』は…、竜王様か番様でないと開けられないだろう?」

「ええ。ですから、そこからクリスティーナ様のお力が必要です」


 話を黙って聞いていたジークは俺を突然、抱き寄せた。

「コイツらといきたくない」

「ジーク…。でも、聞いていたろう?クリスティーナ様に来ていただかないと…」

 確かに…。初めはジュリアスに襲われ、その後セルジュとアージュに襲われたのだ。ジークの気持ちもわかる。しかし、瘴気を身体から取り除かねばいずれ死に至る。俺がジークの頬を撫でると、ジークは溜息をついたが、「わかった」と行動を共にする事を了承した。


 早速、明日の朝五人で竜の巣へ向かおうという事になった。てっきりセルジュはアージュに任せて一緒には行かないと思ったのだが、クリスティーナにせがまれて、同行する事になったようだ。そのため今日はクリスティーナの別荘で全員休むことになり、食事は個々の部屋に運んでもらえることを確認して一旦解散となった。

 しかもセルジュはクリスティーナを部屋までエスコートするようだ。二人は…どちらかと言うとクリスティーナがセルジュに寄り添っている。俺は二人を見て思わず呟いた。


「ずいぶん仲がよろしいのですね…」

「ええ…。同じ歳で、昔からの幼馴染なのです。私より長く、一緒におられるかも知れません…」

 同じ兄弟の私よりも、とジュリアスは付け加えた。そうか、幼馴染か……。二人の姿はまるで、エヴァルトとロゼッタのようだな、と俺は少し懐かしく自分の兄と幼馴染を思い出した。

 エヴァルト…。あの後、エヴァルトも瘴気に苦しんでいるはずだ。何とか手がかりを掴まなければ。そう決意して、その日は眠りについた。


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