第14話 偽物(13話 婚姻の儀②R18のため非公開)
既の所で身体を起こし、弓矢を躱す。しかし、矢を射った主は武器を素早く剣に持ち替えて、既に俺の目前に迫っていた。俺は逃げようとする間もなく捕まってしまった。
「この偽物が!神殿を穢すなと許されないことだぞ!」
俺を拘束した男は、背後から俺を羽交締めにすると、剣を首に突き立てた。その男は忌々しそうに、俺を見下ろしている。
男は茶色の柔らかそうな髪を緩く編み、切長の青色の瞳、白い肌をしていた。そんなに高くない背丈で、女ではないが中性的な雰囲気だ。それなのに、力が強く、拘束を解けない。
「エリオ!」
「出たな!竜王様を語る、不届者!」
入り口から戻って来たジークフリートは直ぐに戻って来た。しかしジークは丸腰だ。
「エリオを離せ」
「エリオ…?コイツのことか?離せる訳ないだろう!この、大罪人が!」
その男は「近づくな」、と言って俺の喉に剣を突き立てたまま凄む。ジークが怯まず一歩踏み出した時、セルジュがジークと男の間に飛び込んできた。
「ジュリアス何をしている!お前本当に気が触れたのか!」
「何って、竜王様と番様を語る偽物を成敗するのですよ。竜王様の神殿を守る騎士として当然のこと!」
「偽物などと、不敬が過ぎる!私たちは今日、フェリクスの水が湧き出るのをこの目で見ているのだ。疑いようがない…!」
「そうやって信じさせたのか…?どんな魔法だ…?」
「ジュリアス!お前の言動は目に余る!」
セルジュは忌々しげに吐き出した。逆にセルジュはジュリアスを煽っていないか?人質を解放する交渉になってない。セルジュとのやり取りで興奮したジュリアスの手には力がこもり、剣は少し喉に触れた。その部分から、僅かに血が滲む。
「手を離せ!」
ジークは俺の血に反応すして、あっという間に間合いを詰めてジュリアスの腕を掴んだ。腕の力が強かったようでジュリアスは剣を落とし、小さく呻いた。ジュリアスはもう片方の手でジークを殴ろうとしたが、逆に蹴飛ばされて床に叩きつけられる。拘束を解かれた俺が寝台に崩れ落ちると、ジークは俺を抱き寄せた。
「エリオ、血が…!」
「かすり傷だよ、大丈夫…」
大丈夫だと言ったのに、ジークは無言でジュリアスの元へ向かう。ジークの目は瞳孔が縦に細まりまるで獰猛な肉食獣のようだった。今迄に無い恐ろしい表情に、俺は金縛りにあったように動けなくなった。
ジークはジュリアスが落とした剣を拾うと、ジュリアスに向かって振り上げる。
「ジークよせ!」
「お待ちください!」
俺と、セルジュが叫んだのはほぼ同時だった。ジュリアスは衝撃に備えているためか腹を抱えるように床に丸まった。
もうダメだ…!
惨劇を覚悟して目を閉じたが、何も音がしない…。そっと目を開けると、ジークの振り上げた剣はジュリアスの眼前でピタリと止まっていた。
俺の声が届いた……のか?それともセルジュの声に反応した…?
いつの間にかジークの目は元にもどっていた。いや…瞳孔は元に戻っているが、その目はジュリアスを写し動揺したのか見開かれ、微かに揺れている。
「ジーク?」
ジュリアスに、何か感じるところがあったのだろうか…?動きを止めて無言のジークに俺が呼びかけると、ジークはハッとしたように俺の方を向き、駆け寄って来た。
「エリオ…、怖かった…!」
ジークは俺を抱きしめて、頬擦りした。目を見ると少し涙で潤んでいるきがする…。何だか子供が擦り寄って来たようで、思わず俺はジークの髪を撫でて「俺は大丈夫だよ…」と優しく囁いた。
「セルジュ、離せ!私には分かるんだ!お前は竜王様などでは無い!」
ジュリアスはセルジュに羽交締めにされても暴れながらジークに向かって喚いている。セルジュは拘束を解くと、ジュリアスの頬を手で強く叩いた。
「ジュリアス、いい加減にしろ!いつまで竜王様の恋人を気取るつもりだ!目を覚せ!お前の申告が嘘、偽りだった事は先日明らかになっただろう!」
竜王様の恋人…?歴代、番は女で今代も女だと聞いたが、彼は男だ。竜王様というのは、番以外に恋人を持つ浮気者なのだろうか…?竜のジークは恥ずかいくらい俺に一途だけど、そうじゃ無い竜もいるのか?いや、セルジュは『竜王様の恋人』と言う事自体否定している。
ジュリアスは不本意なのか、セルジュを見て、眉を寄せ唇を強く噛み締めた。
「私は嘘などついていない…」
ジュリアスは腹にそっと手を当てると、ゆっくりと立ち上がる。
「お前の嘘を必ず暴いてやる…。竜王様の名を語る、偽物め…!」
ジュリアスはジークと俺を睨むと、踵を返して出口へと向かった。
「まて、ジュリアス!」
その背中をセルジュが追いかけていった。
俺はぼんやりと、二人を見つめていた。すると頭上にぽつ、と水滴が落ちたのがわかった。
それはジークの涙だった。二人の姿を追いながら、一筋、涙を流していた。さっき…「怖かった」と、言ったのは…?何が『怖かった』のだろうか…。
静かに涙を溢したジークに訳も聞けず、ただ無言で、俺は頬に伝う美しい涙を拭った。
****
「竜王様!番様!」
セルジュとジュリアスと入れ違いに、宮殿に入って来たのはアージュだった。
「兄が無礼を働きましたこと、申し訳ありません……!」
入ってくるなり、俺たちの前でアージュは土下座して謝罪した。兄、と言う事は…?
「さっきの、『ジュリアス』と呼ばれていた方はアートルムの第二王子という事でしょうか?」
「はい…。竜王様の神殿を守る騎士団に所属していましたが、心身を病んで休んでいたのです。それなのに突然、病床を出て此方へ…。何とお詫びしたらよいか…」
「その、彼は『竜王様の恋人』と言っていましたが…?」
アージュはハッとしたように床から頭を離すと、明らかに動揺しながら俺を見つめる。
「それは…兄の妄言です。おかしな事を言って…それも嘘だと先日明らかになりました。ですので番様がご心配される事など何もありません」
アージュは今にも泣き出しそうだった。それは、どういう感情からなのだろうか?質問しようとするとそれを遮るように、ジークに抱き上げられてしまった。
「エリオの服を。それと、湯を浴びたい」
俺を抱き抱えたジークは先程とは異なり、無表情な顔でアージュに命じた。そうしていると、見た事はないけど本当に『竜王様』のような貫禄がある。
アージュは短く返事をすると、手早く麻布を用意して俺に被せた。アージュが俺に布を被せる瞬間、ピク、と震えたような気がした。そうだ、俺、忘れてたけど、裸だった…!しかも明らかに情事の後。少年になんて物を見せてしまったのだろう…。
アージュは少し動揺していたようにも見えた。兄達の様子も気になるのだろう。俺たちは『婚姻の儀』を中断して邸に戻り、湯殿へ別々に向かった。
湯を浴びながら、首元の傷を確認する。血は止まっているようで安心した。その後、体を洗おうとして視線を下に落として、ギョッとする。レオに噛まれた痣が…!
「痣が広がってる…」
ジークと抱き合って、精液の匂いを嗅いだから?それとも、時間が経ってまたレオの瘴気が徐々に進行しているのだろうか…?
思わず事実を口にして、裸をアージュに見られたことを思い出した…。番の痣、というのは生まれつきだ、広がったりはしないだろう。この事にアージュが勘付けば、俺たちが偽物だということが、分かってしまう…。
急に恐ろしくなって、身体をさっと洗うと直ぐに浴場を出た。脱衣所で待っていた召使を下がらせて慌てて身体を拭き服を着る。
ジークに話してここを出よう。もっと調べたい事はあるが、このままここに居て、竜を篤く信仰している物達に偽物だと分かれば危険な目に遭うだろう。彼等が勝手に勘違いしたのに、いささか理不尽な気もするが…。
着替えて脱衣所を出ようと扉を開けると、アージュが扉の前で待ち構えていた。後ろには召使ではなく、兵士を引き連れている。
「アージュ?」
アージュは無言で、俺を脱衣所へ押し戻した。アージュに続いて、兵士たちも脱衣所に入ってくる。
「番様…。なぜ、召使を下がらせたのです?」
声色を聞いただけで、アージュが俺を疑っていることを理解した。ここをどうやって切り抜けよう…。じっくり考えている暇などない。
「竜王様と愛し合った身体を、他のものに見せる訳にはいきませんので」
「しかし先ほどもここに入る前も、裸でいらっしゃいました。どのような、心境の変化がおありですか?いや、身体の変化と言うべきか…?」
アージュは確信を持って、俺を疑っている。そんな気がした。俺が言葉を返さないと、アージュは眉を寄せて目を潤ませる。
「私はその、広がる痣を持っていた者を知っています。それは、罪の証なんだ!」
やはり、痣が広がっているのを勘づかれていた。流石少年と言えど、アートルムの第三王子だ。
「…罪の証?」
俺が聞き返すと、遂にアージュは涙を流した。
「番でもないのに、竜王様と交わった罪の証だ。その広がる痣は番ではない貴方が竜王様の精を浄化出来なかった証拠…!」
俺以外に、瘴気の痣を見たことがあると…?それは、誰のこと?しかも『持っていた』と過去形なのは、なぜ?
アージュが手で合図すると、控えていた兵士たちが一斉に俺に飛び掛かって来た。声を出す暇もなく、兵士に口を塞がれ麻袋のような物をかぶせられてしまった。
「これは魔力封じの効果のある袋です。竜王様と言えど、貴方を探す事は出来ないはずだ。かつて竜王様がジュリアスを探せなかったように……」
竜王様が、ジュリアスを探せなかった?なぜ……?
聞きたい事は沢山あったのだが、麻袋越しに背中の急所を突かれ、痛みと共に、意識を失ってしまった。
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