第12話 婚姻の儀①

 邸の門の前には、多くの人が集まっていた。先頭には、昨日会ったアルバスの国王と、もう一人、初老の男が立っている。


「竜王様…。先ほどアージュからフェリクス川の水位が戻りつつあると報告がありました。なんと感謝をお伝えしたらいいか…」


 男は恭しく膝を折ると頭を下げた。周りの人たちも彼に習い、順に膝を降り頭を下げる。その光景はまるで波が打ち寄せるかのようで、足が攫われそうな心細さに襲われた。

 しっかりしろ…。この誤解を利用して、俺たちは竜の秘密を探り、身体の瘴気を取り除かなければならないんだ。


 俺はその男の顔をじっと見つめた。俺はその顔に見覚えがあったのだ。たぶん、彼はアートルム最後の国王、ジョナ・アートルムで間違いない。アルバスとアートルムが統一し『フェリクス』建国時、退位し長男セルジュに譲位したのだ。建国は百五十年ほど前だったはずだからやはり、ここは百五十年前の世界ということになる。


「私はエリオと婚姻を結ぶ。そのために戻って来た」

「畏まりました。すぐに儀式の用意をいたします」


 ジョナは頭を下げ、視線を交わさないまま返事をした。その様子に、しびれを切らしたらしいジョナの隣の男…アルバス国王は俺に向かって捲し立てた。


「番様のご準備はこちらでさせていただきます。番様、家名を教えていただけますでしょうか?貴方様はアルバスの国の…」

 確かに、俺はアルバス特有の容姿をしている。しかし、家名は『フェリクス』なのだ。名乗るわけにはいかず、戸惑ってしまった。


「エリオは俺の側に置く。お前の手伝いは不要だ」

 ジークは俺の肩を抱いて、離さない、という態度を示した。アルバス国王はジークの言葉に、慌てて立ち上がる。

「し、しかし竜王様……!」

「アルバス国王陛下。竜王様の仰せの通りに」

 頭を下げたままジョナはアルバス国王を強い口調で遮った。

「邸と神殿はアルバスとアートルム、共同で運営しているではありませんか。それなのに家名を聞いてどうしようというのです?」


 ジョナの言葉にアルバス国王は一瞬顔を顰めたが、諦めたようで無言でまた跪き頭を下げた。

 

「間もなく夜だ。儀式を始めるにはよい時間でしょう。セルジュ、お二人をご案内しろ」

「は…」

 すぐ後ろに控えていたらしいセルジュは立ち上がると俺たちの前にやって来て、「こちらでございます」というと俺たちを邸の中に案内した。


 ジークは俺を離す気はなかったようなのだが…。初日と同じように、「準備」は別にしなければならないとセルジュに説得され、レオとも引き離されジークとは別の湯殿へ通された。


 俺の準備を命じられたアージュは召使の女数人とともに、脱衣所まで当然のように入って来た。俺の服を剥ぐと、いきなり呪文の詠唱を開始する。その、呪文は…?


「な、何の呪文…?!」

 アージュは俺の質問には答えず、俺の下腹部に魔法を放った。下腹がなんだか熱くなる。


「洗浄の呪文です。身体に悪影響はありませんのでご安心を」

「洗浄…?」

 俺はぎくりとした…。ま、まさか…。


 そして浴室にも入って来たアージュと召使たちにありとあらゆるところを洗われたことで、俺はこの儀式で何が行われるのか察知した。そもそも『婚姻』なのだからそりゃ、『初夜』もあるよね?しかも男同士で契るのだとしたら確かに洗浄は必須。

 俺は一気に不安になった。でも、俺とジークは初夜は迎えられない。ジークの体液を飲んで一度死にかけたのだから。

 その後、アージュと召使たちに徹底的に肌を磨かれ、滑らかな絹の祭服に頭から薄布を被せられて準備は完成した。


 準備が終わると、邸の奥へと連れて行かれる。奥には独立した、小さな神殿があった。


「竜王様は既にお待ちです」


神殿の前では、セルジュをはじめ多くの兵士たちが待ち構えていた。『婚姻の儀』を行うとは思えない、物々しさだ。


「これから三日三晩、この神殿で契りを交わして頂きます。契りを交わす間は丸腰になりますので、外の警備はお任せください」

「契りを交わす…?式などはしないのですか…?」

「お二人で何をされるかは分かりかねます。ただ、千数百年前の記録では、三日三晩御籠もりになる、とだけ…」


セルジュもそれしか分からない、と首を振る。セルジュが分からないと言うことは……俺とジークが知る由もない。


「三日後、お迎えに上がります。その際、契りを交わした証拠を見せて頂きます」

「証拠…?」

「交合の証にございます。その身体で精を受け止められたと言う確認をさせていただきます」

「そ、それって……?!」

 俺は絶句した。つまり、中出しされた物を確認させろ、ってこと…?恥ずかし過ぎるだろう、ありえない…!

 俺が言葉を失っていると、セルジュは眉間に皺を寄せて、忌々しそうに続ける。

「その証拠を持って、番様は信仰の対象となられる。度々、偽物騒ぎもありましたので、念の為です。しかし、もし本当に番様が偽物でしたら、竜王様の精を浄化できず死に至ります」

「死……?」

「竜は力を行使すると体内に毒を発生させるのですが、番はその毒を受け止め浄化できる。そして竜の毒は精力そのもの。浄化できれば、精液は番の命を永らえさせ、数千年の時を竜王様と共に生きることが可能になる。だから竜王様にとって番様は『半身』とも呼ばれています」


 確かに、俺はジークの精液を飲んで一度死にかけた。だから竜が体内に毒を貯めるというのは間違いないだろう。そして本物の番ならそれを浄化する、と言うことは、俺はジークの番ではないと言うことだ。


 俺は、ジークの番ではない……。その事実に身体が震えるのを必死に誤魔化した。


「あの、レオは…?」

「あの犬は、竜王様の部屋におります」

「そうですか…。わかりました…」

「三日後、お待ちしております」


セルジュは跪き、最大級の敬礼で俺を見送る。俺は黙って、目の前の宮殿へと向かった。

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