二章
第10話 地獄の門
「実は過去何度か『地獄の門』を開けようとしたんだ。でもできなかった」
「そうなの?!じゃあ、どうやって竜の墓へ…?」
「思いっきり体当たりする!」
「体当たり?!」
しかも思いっきり?!ちょ…、ジークお前なあ…!もう少し考えて作戦立てようぜ!アートルムには竜の記録がなかったけど、アルバスに行けばあるいは…。しかし、ジークは更に加速して飛ぶ。
「ジ、ジーク!ちょっ、ま、待てよ!!」
声を掛けたが全く止まる気配がない…。ついに前方に、大きな門が見えてきた。あれに、突っ込むつもりらしい。
「おい、ジーク止まれ!」
俺は必死に叫んだのだが、既に門の目前まで迫っていた。
「ジ、ジークッ!ぶ、ぶつかる〜〜〜…っ!」
振り落とされないように、姿勢を低くして、腕の間にレオを挟むと背中に掴まった。体当たりして門が開くにしろ、開かずに跳ね返されるにしろ、ぶつかった時にもの凄い衝撃を受けるだろう。
「エリオ!掴まっていろ!」
ジークの声を聞き、俺は手により一層力を込めて身構えた。
ジークはもう一段速度を上げ一直線に門に向かっていく。ぶつかる……!俺は目をぎゅっと瞑った。
しかし…。
「あ、あれ?!」
ぶつかる直前、重厚な門は音も立てずにふわりと開いてしまった。速度を上げていたジークはそのまま一気に門を通り抜ける。
「ジ、ジーク…!」
門を通り抜けた俺たちは、その先の景色に目を疑った。『地獄の門』を通り抜けた先にあったのは……『地獄の門』だったのだ。直ぐに後ろを振り向いたが、後方に通り抜けたはずの『地獄の門』は見当たらない。
「な、何で?!」
「分からない。『地獄の門』が北に見えているなら、この下は迷いの森のはずだが……見ろ!」
「…屋敷があるね…。人がいるのかもしれない」
「行ってみよう」
ジークは屋敷に向かって下降していく。すると、地面に着く寸前で急に人型に戻った。ジークが人型になったことで身体は小さくなり、俺が乗っていた巨大な背中は消失する。掴まっていたものがなくなり空中に浮くことも出来ず落下する俺とレオを手際よく抱き抱えてジークは着地した。
「ジーク、ここは…」
「分からない」
ジークは俺を抱き抱えたまま、上空から見た屋敷の方へ進んでいく。辺りは森のようだが、人間が通れるような道が整備されている。
地獄の門を見たものはいないと言われていたのに、道があるなんて…。
屋敷に向かって北へ少し進んだところで、前方からバタバタと人が走って来るのが見えた。あの、隊服の印は…。
「上空にお姿が見え、駆けつけました!やはり竜王様でしたか!」
「竜王様!お帰りなさいませ!」
走って来たのは、アルバス公爵家の家紋入りの騎士服を着た兵士たちだった。アルバス公爵家が、迷いの森にまで…?迷いの森は結界が張られていたはずだが、何故…。
「竜王?何のことだ?」
「お、お戯を…!先ほどといい、今のお姿といい、貴方様は間違いなくこの地を統べる水神…、竜王様でいらっしゃる!」
兵士達の説明に、俺たちは顔を見合わせた。――ジークフリートが、竜王様…?
ジークが『違う』と言おうとした時、また屋敷の方角から人が走って来るのが見えた。
やって来た人を見て、俺は目を見張った。
「竜王様!」
「エ、エヴァルト!?」
「エヴァルト…?…貴方様は…?」
やって来た人物はエヴァルト……に、そっくりだった。でも、エヴァルトではない。何処となく雰囲気が違いよく見てみると、黒子の位置や、頬の線も違う。そして何より違うのはその男がアートルムの紋章が入った騎士服を着ていることだ。
何故…?その男は多分、容姿からしてエヴァルトの親類のものだ。なのに何故、フェリクスの紋章ではないのだろうか?
「何はともあれ、竜王様…。必ず御帰還くださると…我らを見捨てて地底にお隠れになるなど、そのような事はないと信じておりました」
男は跪いて深々と頭を下げている。
『我らを見捨てて地底にお隠れになる』?それってどういうこと…?俺とジークはもう一度顔を見合わせた。
「竜王様のお召し物も体も汚れておられる。直ぐに、湯の用意をさせますので!おい!」
エヴァルトもどきが指示を出すと、アルバスの兵士、アートルムの兵士数人が頷き屋敷の方へ走って行った。どうやら、エヴァルトもどきはこの中では身分が高いらしい。
「竜王様…。その…、そのお方は…?」
エヴァルトもどきはジークの腕に抱かれている俺を探るような目でじっと見ている。
「俺と結婚するエリオだ」
「ちょ…!」
お、おいっ!そんな紹介の仕方あるか!フェリクスで同性婚は認められていないんだぞ!それなのに…!
「…それは、そちらの方が竜王様の新たな『番』様という事でしょうか?…それで、お戻りになられたと…?」
そう言えばジークの母親も『お前はジークの番なのか』って言っていたな?ジークの母親は話が通じないから意味を確認していなかったけど、どういう事…?
「だったらどうした?」
「竜王様が番様を連れて御帰還されたとなれば、何はともあれ大変喜ばしいことです…!」
『何はともあれ』?エヴァルトもどきは何となく奥歯に物が挟まったような言い方をする。それに周りの兵士達も顔を見合わせて動揺しているようだ。フェリクスで同性婚は認められていないのだからその反応は間違ってないと思う。
「竜王様、番様、どうぞこちらへ。湯と、それに酒宴をご用意いたします」
俺とジークは何度目か、顔を見合わせた。そして俺はジークに『行ってみよう』と目で合図した。
****
屋敷の門には、数えきれない数の召使達が集まっていた。全員、平伏してジークを出迎えている。
「竜王様はこちはこちらへ。おい、アージュ!ご案内しろ」
「はい!」
エヴァルトもどきは近くにいた少年にジークを案内するよう命令した。返事をしたのはエヴァルトもどきと同じ、アートルムの騎士服を着た身分の高そうな金髪の少年だった。
「番様はどうぞこちらへ。私がご案内いたします」
「エリオは渡せない」
ジークは俺を抱き抱えたまま、下ろす気がないらしい。
「しかし…同じ湯殿にお二人をお通しすることはできかねます。婚姻の儀式が終わるまで番様には純潔を守っていただく必要がございます」
「エリオは俺が守る」
「竜王様…。番様を失うという悲劇を二度と起こさないためです。ご理解ください」
エヴァルトもどきは床に跪き両手をつくと「万全を期しましょう」と深く礼をした。あのエヴァルトがこんなに頭をさげるか…?いや、これは別人だからか…。
「ジーク!そろそろおろしてくれよ。この人の言う通りにしよう!」
「……」
俺がおろしてくれ、と言うとジークは眉を寄せて納得していないという顔をした。ジークなりに俺を心配しているのかもしれないのだが…。でも郷に入りては郷に従え…。エヴァルトもどきに、聞きたいこともある。
「俺も人間相手なら結構強いから、大丈夫」
ジークを見つめて微笑むと、ジークは小さく「分かった」と言って俺をおろした。レオを俺の腕の中に押し込むと、レオと何やら目で会話している。俺を任せるって事らしい。たぶん…。
「では参りましょう」
エヴァルトもどきの声かけで、俺とジークは別方向に別れ、それぞれ湯殿へ向かった。
湯殿へ向かう間、エヴァルトもどきは終始無言だった。ジークには恭しく接していたが、俺だけになると態度を一変させたのだ。
何だかこの態度、すごく、エヴァルトっぽくなって来た…!
そして湯殿に着くとレオを締め出し脱衣所に俺だけ入れると、腕を無言で掴む。
「失礼。どうしても、確認せねばなりません」
「な、何を…?え…?」
エヴァルトもどきは俺の服を強引にたくし上げようとする。抵抗すると、周囲の召使が集まって来て羽交締めにされ、上着を剥ぎ取られてしまった。
「何するんだ!」
「……申しわけありません」
俺の上半身を見たエヴァルトもどきは、しかし、申し訳ないとは思っていないようで、下履きまで強引に脱がせると、浴場へ俺を放り込んだ。
そしていきなり頭から湯を被せる。
「熱いっ!」
「失礼いたしました」
こいつが『失礼』をしたとは思っていないことは明らかだ。召使に何やら合図すると、召使達は俺をまた羽交締めにした。エヴァルトもどきはいつのまにか麻布を手にしていて、それで俺の胸を強く擦る。どうやら俺の胸の痣が擦れて落ちるか確かめているらしい。最終的には石鹸を塗り込まれブラシのようなもので擦られた。
「も、もうやめてくれ!」
「……申し訳ありません。大変失礼いたしました」
感覚がないが、あまりに恥ずかしすぎる!
エヴァルトもどきはそのまま、濡れるのも厭わず浴場の洗い場に跪き頭を下げた。
「先代の番様の痣が消えて以降、何処で聞きつけたのか我こそはという偽物が多く現れましたもので…。しかも貴方様は男。この目で見るまでは信じ難く、非礼な振る舞いとは知りつつも確認させて頂きました。どうか、お許しください」
「…それって、どういうこと?この痣は…?」
「竜王様の番は、前世で竜王様を助けた際に出来たという痣、『聖痕』を持って生まれるのです。貴方様は確かにその痣がをお持ちだ」
「……」
この痣は、レオに噛まれて毒に冒されたからだが、その事には口を噤んだ。分からない事がたくさんある、『竜王』、『番』、『先代の番』…それに…。
「あの、貴方は…?」
「申し遅れました。私はアートルム王国の第一王子セルジュ・アートルムです」
「セルジュ・アートルム…?」
その名は知っている。セルジュ・アートルムはアートルムとアルバスを統一し初代フェリクス国王となる人物だ。フェリクス王国の、歴史として教えられた。たしか、百五十年ほど前の王で、七代は前のはず。なぜ、そんな昔の王が目の前に?
色々な事が重なって考え込んだ俺に、セルジュは先ほどとは違い、優しく声をかけた。
「番様、身を清めるお手伝いをいたします。それが済みましたら、酒宴を用意いたします」
セルジュはそういうと、また召使を呼び寄せた。今度はちゃんと、身体と髪を洗ってくれるらしい。それは、ありがたいのだが…。
召使が、全員女性なのだ。
「あ、あの…女性にして頂くのは気が引けるので…」
自分でします、と申し出るとセルジュも困ったような顔をした。
「寿命の長い竜王様の番は数百年に一度現れると言われているのですが、過去の言い伝えでは全て女だったのです。もちろん先代も女でした…」
だから用意していた召使は全て女、と言うことらしい。
「番様には、信頼できるものを付けさせて頂きます。…少しお時間をいただけますか?」
俺はセルジュの申し出に頷いた。分からない事が多すぎる…とりあえず、言う通りにして様子を見よう。そう思った。
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