第4話 チノリちゃんとサトルさん
わーい、と心がおどります。
森の中を走っていると、カシャカシャと落ち葉がいい音を立ててくれます。
なんて、楽しい場所なんでしょうか。
そして今日も、ステキな出会いがありました。
「お前は今、俺を妖怪だと思っただろう」
森でおサンポをしていたら、大きな一つの目をもった、ヨーカイさんと出会えました。体はおサルさんみたいで、足は一本だけしかありません。
「あれえ?」
このヨーカイさん、ズカンで見た覚えがありました。
「あ!」
「お前は今、これが『サトルの化け物か』と思っただろう」
しっかりと、わたしが考えたことを言い当てました。
すごいなあ、とムネの中がポカポカしました。
「サトルさんには、人の心が読めるんだね」
「そうだ。お前は今、俺のことを……」
「えいっ」
木の枝をつき出すと、「うあ」とサトルさんが声を出します。
「あれえ?」
よけられてしまいました。
やっぱり、サトルさんはすごいです。本当に心の中が読めています。
ぎゅっと、木の枝をにぎりしめました。
サトルさんが死んだら、何に生まれ変わるんでしょう。
次もまた、人の心が読めるのでしょうか。
一体、どうしてこうなった。
なぜ、俺はこんな目に遭っている。
はっきりと、『奴』の心の声が聞こえてくる。
(サトルさん、どこかなあ)
尖った木の枝を手に持って、ずっと俺のことを探し回っている。
(サトルさんのタマシイ、どんなかなあ)
ほんの数分前の出来事が、悔やまれて仕方ない。
奴の年齢は、おそらく五歳か六歳くらいだろう。
おかっぱ頭の小さな子供で、赤いワンピースを着ていた。
そして、右手には尖った木の枝。
「くそ」と小さく毒づく。
ほんのちょっと、からかってやろうと思っただけだった。
子供が一人で迷い込んだのだろうかと、最初はイタズラ心を出した。突然『化け物』が目の前に現れたら、きっと怖がるに違いないと。
そして二度と、迂闊に森の中へ入ることはしなくなる。そうやって子供を教育してやろうとか、軽く考えただけだった。
だが。明らかな判断ミスだ。
俺には、奴の心が読めていた。
(あ、ヨーカイさんだ)
だから、それを言い当ててやった。
(あ、ズカンに出てた『サトルさん』だ)
だから、それも言い当ててやった。
得意な気分になっていたと、認めざるを得ない。
普通の人間なら、ここで俺のことを怖がる。だから、それを指摘してやればいい。そうやって相手の心を追いこんで、必死に逃げていく様を見るのが大好きだった。
しかし、『奴』は何もかもが違っていた。
(お前は今、俺のことを……)
お決まりのセリフを口にしようとした時、背筋に寒気が走った。
その直後に、尖った木の枝が迫ってきた。
一撃目はどうにかよけられた。まさか、と思いつつも、攻撃が来るのは予測できた。
「あいつは一体、なんなんだ」
茂みの中に身を隠し、奴の様子をそっと窺う。
間違いなく、あいつは俺を殺そうとした。
だが、『殺気』を微塵も感じさせなかった。俺に対する恐怖もなければ、嫌悪感も使命感も持ち合わせない。
奴は、化け物なのか。
木の枝を突き出す動きに、一切の迷いがなかった。今までも俺を退治しようとする輩はいたが、心の中には緊張や敵意を滲ませていたものだ。
それなのに、奴はどこまでも純粋に、俺の命を奪うことだけを考えている。
「サトルさーん、どこにいるのお?」
草を踏みしめ、奴が俺を探している。
息を殺し、通り過ぎてくれと必死に念じる。
どうにか今は、茂みの裏に隠れられている。だが、見つかってしまったら無事に逃げおおせる保証はない。
「く」と声が出る。
どうして俺には、一本しか足がないのか。おかげであんな子供一人、満足に振り切ることも出来やしない。
見つかれば殺される。
これが、恐怖という感情なのか。
(あれえ?)
心の声が聞こえる。俺を見失い、途方に暮れている様子だ。
よし、いいぞ。
胸の中に、わずかに光が差し込んでいく。安堵して体のこわばりが解けてきた。
(あ、リスさんだ)
そして、別の思念が響いてきた。
奴は、他の動物に気を取られたらしい。それを追いかけて、ゆっくりと移動していくのが気配でわかる。
いいぞ、と思い始めた時だった。
ガサ、と茂みを揺さぶって、一匹のリスが現れた。
「が」と声が漏れる。
「あ、リスさん! それと、サトルさん!」
素早く頭上を仰ぎ見ると、奴が茂みの中を覗き込んでいた。
「かふあ!」と、声にならない声が漏れる。
どうすればいい。どうすれば、この状況から逃げ切れる。
(やった、サトルさんが見つかった)
木の枝を構えるのがわかる。真っすぐ、俺のこの目玉を突き刺す気だ。
どうする、と再度心の中で自問する。
そこで一つ、希望を見つけた。
「なあ、君。おなかは空いてないか?」
そうだった、と冷静な思考が戻ってくる。
俺はサトルの化け物。人の心を読むことができる。
この能力を使えば、うまく懐柔することだって出来るはず。
「何か、食べ物をあげようか。な、おじさんと一緒に、おいしいもの食べよう」
心の動きに集中する。
こいつが好きな食べ物を読み取り、その名前を口にする。所詮こいつは人間の子供。甘い食べ物でも与えてやれば、きっとすぐに全部忘れる。
「お嬢ちゃん、好物はなんだい? おじさんが、すぐに取ってきてあげるよ」
だが、奴の心は揺らがなかった。
まだだ、と自分自身に言い聞かせる。諦めるのはまだ早い。
「そうだ。いいものをあげよう」
ちょうど、手にしているものもある。
柿だ。これなら絶対、こいつも心を許すはず。
人間は柿が大好きらしい。獲物にしたい人間を見つけたら、『柿もあるよ』と伝えると、山に呼ぶことができるとか。どこかの山の化け物がそう語ったらしい話も聞いている。
この手しかない、と心を決めた。
「ほら、これ。なんだかわかるかい?」
そして、必殺のセリフを口にする。
「柿もあるよ!」
誇らしく、果物を目の前にかざしてやった。
その、直後のことだった。
奴が目の前で身じろぎする。そして、手元に妙な感触が走った。
ズプ、と鈍い音がする。
手にした柿を貫いて、尖った何かが迫ってきた。
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