第3話 チノリちゃんと怨霊

「ねえ、知ってる?」

 女子高生のお姉さんが、ヒソヒソ話をしていました。


「最近、この近くに通り魔が出てたって話があるでしょ? ほら、鎌を持って突然斬りつけてくるとか」


「口裂け女の真似してた人でしょ? この前、近くで死んでたんだよね」


「そうなの。喉を『尖った何か』で刺されてたって。なんか、怖いよね」


 なんだか、楽しそうでした。





 あのクチサケ女さんは、どうやら人間だったようです。


「その話、くわしく聞かせてください」

 近くの赤信号で止まったところで、お姉さんに声をかけました。


「クチサケ女さんは、どういう人だったんですか?」

 そういう風に聞いてみたら、お姉さんたちはニコっと笑ってくれました。


「興味ある? あの通り魔の女の人はね、『呪われた家』に住んでたんだって。そこの幽霊に頭をやられちゃって、自分は口裂け女だって思い込んで、人を襲ってたらしいの」

 しゃがんで目の高さを合わせながら、お姉さんが低い声で話します。


「あの人は、ヨーカイさんではなかったんですか?」


「そうね。悪い幽霊に取り憑かれてただけなのかもしれない」


「ふうん」と、わたしは首をかしげました。





 呪われた家は、ヨウチエンのすぐ近くにありました。


 そう言えば、同じクラスのゲンタくんたちが、この家の前でユーレイを見たとか、前にウワサをしていたのを聞いています。夜になるとフシギな声が聞こえてきたとか、窓から女の人がじっと見ていたとか、色々コワいことがあるらしいです。


「ユーレイさんって、どんななんだろう」

 お気に入りの木の枝を持って、『呪われた家』のドアを押します。ギィっと音がして、うすぐらい家の中に入ることができました。


「おじゃましまーす」

 おクツをぬいで、ギシギシ音がするロウカを歩きました。


 その先で、ボウっとした白いものが浮かんでいます。


「あ、ユーレイさん」


 カミの長い、まっしろなフクの女の人がいました。体がぼんやりとしていて、生きている人間じゃないのがはっきりわかります。


「ユーレイさん、本当にいたんだね」

 すぐに、ムネの中がほんわりとあたたかくなります。


 もし、ユーレイさんが死んだらどうなるんだろう。死ねばタマシイになるはずなのに、ユーレイさんはどうしてユーレイさんなんだろう。


「えいっ」

 すぐに、木の枝をつきさしました。


 スカッ。


「あれえ?」

 なぜか、ユーレイさんをすりぬけました。


「えいっ」

 もう一度つきさしますが、また同じです。


「あなた、なんの用で来たの?」

 ユーレイさんが声を出し、コワい顔でにらみます。


「あれえ?」と木の枝を見つめ、ユーレイさんと見比べました。


 こんな時は、どうすればいいでしょう。


(撤退! ここは撤退だ!)


 これもテレビでやっていました。うまく行かない時は『テッタイ』です。そうして『ジュンビ』をしてくるのが正しいのだと教わっています。


 すぐに、ユーレイさんには背中をむけました。





「どうしようかな」


 ウチに帰った後も、ずっと頭をなやませました。

 どうしてユーレイさんは殺せないのか。考えても答えが出ません。


「あ、そうだ」


 テレビが目に入り、いいことを思いつきました。

 ちょうど、番組もやっています。電話番号が出てきました。


「もしもし、NHKさんですか?」

 電話を手に取り、すぐにテレビの人たちにかけてみます。


 何かわからないことがあったら、『子供科学電話相談』に聞いてみます。それが子供の正しいやり方だとテレビで教わりました。


「あの、シツモンなんですが」


「はい、なんでしょうか」お兄さんの声がします。


「ユーレイは、どうして死なないんですか?」

 わたしが聞くと、「えーっとね」と、お兄さんが笑った声を出します。


「ユーレイに木の枝をさしても、死なないんです。どうすればいいですか?」


「ああ、そういうこと? 幽霊はね、もう既に死んでいる人だから、体がないんだよ。だから、それ以上は死ぬことはないんだ。『物理攻撃』ってわかる? それは効かないの」


 ブツリコウゲキ、とわたしは言葉をくりかえします。


「幽霊はね、成仏できないでさまよっているんだ。だから、『無事に成仏できますように』って、お祈りしてあげるといいと思う」


 やさしい声で、お兄さんは答えました。


「ありがとう、ございました」お礼を言って、電話を切りました。





 おばあちゃんが、前に言っていました。


「チノリ、あなたの名前は『千の祈り』って書くの。色々な人の幸せなんかを祈ってあげられる、優しい子に育って欲しいってつけられたの。だからね、おじいちゃんのお墓に行った時みたいに、『のんのん』って、誰かの幸せを祈ってあげるのよ」


 そうでした、と答えがはっきりしました。

 ユーレイはどうして死なないか。次はどうすればいいか。


 やっぱり、NHKはすごいところです。





「おじゃましまーす」


 今度もちゃんとおクツをぬいで、『呪いの家』に入りました。

 また、ロウカの先にユーレイさんがいます。「この子、また!」と怒った顔をしました。


 ブツリコウゲキはきかない。それがユーレイさん。

 だから、お祈りします。


「のんのん!」

 声に出しながら、木の枝をつきさしました。


 スカッ。


「のんのん!」

 あきらめず、また木の枝をつきさします。


 スカッ。


「こら、やめなさい!」

 ユーレイさんが手をふって、わたしを追い払おうとします。


「のんのん!」

 スカッ。


「やめて!」


「のんのん!」

 スカッ。


「のんのん!」

 スカッ。


「この、いい加減に……」


「のんのん!」


 ズプッ。


「ぽげあっ!」


 ユーレイさんが声を上げ、ゆっくりと消えていきます。


 あとには、キレイなミズイロの光が残りました。

 タマシイはゆっくりと、家の外へと飛んでいきます。


「のんのん!」

 両手を合わせ、しっかり成仏をいのりました。





 これが、『コツをつかむ』というものなのでしょうか。

 この感じを、もっと試してみたいと思いました。


「もっと、ユーレイさんに会えないかな」

 そう思いながら、ヨウチエンの前へと行きます。


 そこで、『お姉さん』を見つけました。


「知ってる? 4組の田中のところに、『メリーさん』が来たんだって」

 この前の、女子高生のお姉さんでした。また二人でヒソヒソ話してます。


「メリーさんって、だれですか?」

 シツモンすると、お姉さんはまたニコっと笑ってくれました。


「メリーさんっていうのはね、怖い幽霊なの」


「じゃあ、ブツリコウゲキはききませんか?」


「そうだね。多分、効かないね。その怖い幽霊がね、ついこの前、お姉さんの知り合いを襲ったらしいの。電話がかかってきて、『わたしメリーさん』って何度も迫って来たって」


「へええ」


「電話番号も残っててね。そこに電話をかけたらメリーさんが自分のところにも現れるって、今は噂になってるんだよ」


 そう言って、お姉さんはメモを見せてくれます。『090××××××××』と書いてありました。


「今からかけてみようかって、少し話してたの」


「じゃあ、やらせてください」

 お姉さんが電話を出したので、すぐに手わたしてもらいます。


 トゥルルルルと音がして、電話がかかりました。


「もしもし。わたし、メリーさん」


「もしもし。チノリです。今、ヨウチエンの前にいます」

 木の枝をにぎりしめ、ニッコリと笑います。


「メリーさんは今、どこにいますか?」

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