7話

「随分と時間がかかっていましたね」

「黙っていてくれ。格下相手に本気を出す程の大人気の無さは持ち合わせていないんだよ。どっかの誰かさんとは違ってな」

「ふふ……冗談がお上手ですね。その大人気の無さを出させてもくれない程に、本気で守ってくださっていたのは主様ではありませんか」

「当たり前だろ。恩を売るためには時間を与えなければいけないからな。それに大切な女性を守らない男なんているわけが無い。男はただ帰った後に与えられる褒美を楽しみにするだけだ」


 おっと、癖で遠回しに言ってしまったな。

 まぁ、生き残り二名を前にしてダダ甘な言葉を口に出来るわけも無い。それに俺の口にした言葉に関しても少しの間違いも無いわけだし。というか、俺の求めている事を成し遂げるためのデメリットが小さいわけも無い。


「悪いな、ここから先は機密事項だ」

「へ……!?」

「は……!?」

「一方的な契約だ。外部へ俺達の事に関して欠片足りとも話はしない、その約束を無理やり叩き付けているだけの事実だな。だが、それに見合った対価は払ってやるよ」


 神が求めるのは信徒という存在だ。

 その数をただ増やすだけなら幾らでもあるが、それをするには面倒な事が多くある。特に選択肢を増やすという面ではアナザーヘイムにある国々を利用しないという手は無い。特に俺が使徒として広まっていない今が最大のチャンスだ。


 だから、闇魔法による契約を施行した。

 スキル等による契約とは違う、相手の意思決定権を完全に無視した最悪な技だ。これを悪用すれば信徒を増やすのは楽だろうな。……まぁ、心から敬わない存在を信徒に加える方がデメリットが大きいからしないけど。


「って事で……えーと……」

「ここから先は貴方の最愛の従者であるミリーにお任せください」

「……ああ、任せるよ。ミリー」


 ミリー事、ミッチェルに任せた事は二つある。

 一つ目に残された少女の護衛で、それに関しては俺が糸魔法の罠を張った時点で大きな脅威とはなり得なかった。最悪な事態での予防線でしか考えていなかったからな。だから、一番に任せたかったのは二つ目の事だ。それは───




「世界から消えし存在達よ。天界へと登りし悲哀なる魂達への代わりとして神の名のもとに世界最大の力を見よ」

「おい……オリジナル強過ぎだろ」

「輪廻転生」


 ミリーの前の死体に光が降り注ぐ。

 今の光景を見れば……それこそ、日本で暮らして日本の常識を叩き込まれた俺からすれば、軽々しく奇跡だと言っていただろう。そのような奇跡を見せられるからこそ、神は神として世界に君臨しているのだろうか。……まぁ、どうでもいいけど。


 俺からすれば詠唱が極端に改変されている方が気になってしまう。いや、どうせ、あの長いだけの詠唱を覚えているのが面倒なだけなんだろうけどさ。それでも雑に改変しているのが二人への疑念にならないのかが本当に怖い。


「ふふ、成功したようですね」

「う、そ……!?」

「これ、は……!」


 死者の復活、一言で表せば奇跡だ。

 回復魔法系統の最高レベルか、神力を使用する事で何とか達成出来る最高難易度魔法の一つ。まぁ、当の本人は神の力を俺に与えたせいで当分は使えないらしいが……それでも、魔法に関しては世界最高峰の存在だからな。


「この人達にも契約をかけておいた。これで他の人に情報が漏れる事は無いよ」

「それなら安心です」

「ああ、じゃあ、最初の決まり通り、話をしようじゃないか」


 さて、どうやって二人の心を解そうか。

 よく見ると二人共、とても顔が似ているな。端的に表すのなら人の顔としてなら十分なくらいに整っている。どちらも垂れた大きな青い目をしており、金と茶の間の髪色をしている。違うのは髪の長さと着ている服装くらいか。


 じゃあ、そこら辺を擽ってみるか。

 いや、綺麗な人に綺麗と言うのは相手からすれば社交辞令にしか感じられないかもしれない。俺の友達もカッコイイという言葉を信じた事は無かった。それなら二人の見た目から攻めた方が良い。


「気を使わなくてもいいよ。俺達は強くなるために旅に出てきただけだからね。君達のような身分を証明出来るような何かは持ち合わせていないんだ」

「……そう口にする割にはお二人共に身嗜みも整っていると思いますが」

「うーん、一応は家を捨てる前まではそれなりの地位があったからね。ミリーは俺に魔法を教えてくれていた傍付きだったし、言い方を悪くすれば御目付け役でもある。まぁ、家を捨てた以上は干渉される事も無いだろうけど」


 別に嘘をついている訳では無い。

 嘘があるとすれば偽名の部分だけだからな。金倉家だってミッチェルの力を利用しており、今でも剣術の一家としてそれなりの地位がある。今の俺が金倉洋平で無い時点で家を出たというのも間違ってはいないし。


「俺はロウだ。そっちの二人は何と言うんだ」

「……グラジオ・ラスアイルと言います。この子は私の妹のフューシャです」

「そうか、助けられたようで何よりだよ」


 名乗った後で少しだけ後悔してきたな。

 咄嗟に出た偽名だとはいえ……それで出てくる言葉が俺の嫌いなものだったとは。ただ、確かに今の俺にとっては一番に正しい言葉なのかもしれない。それに名乗ってしまった以上は無かった事にだって出来はしないからな。土魔法で簡易的な椅子を四つ作って一つに座っておく。


「立ち話も疲れるだろう。座って話でもしようじゃないか」

「無詠唱……それも短時間での魔法の構成をするとは普通ではありませんね」

「フューシャだったかな、君の言葉通りの事を俺も思っているよ。俺が用意を始めた段階でミリーが作ってくれたんだからな」


 事実は違うけど今は嘘をついてもいい。

 必要なのはバレて良い嘘とバレてはいけない嘘を使い分ける事だ。俺の言葉を信じるのなら良し、信じなくとも俺の存在の大きさを理解する事になる。特にフューシャの目には違う何かが宿っているみたいだからな。


「まぁ、ここで助けられたのも何かの縁だ。関わる機会は多くなると思うよ。魔法に関しては凡才の俺でも人並みに扱えるようにしたミリーだからね。きっと、君の助けにもなれるよ」

「それは……いえ、ありがとうございます」

「その通り、教える代わりに手伝ってくれという対価は求めさせてもらうよ。それこそ、助けたのだってそこが理由だからね」

「……何を頼みたいのか、お聞かせ頂いても?」


 何を頼みたいだなんて最初から決まっている。

 色々と嘘を混ぜ込みはしたが大本の話に関しては少しも間違いは無い。この世界で生きていくとなれば何も無い状態では難しい事が多過ぎる。日本で生きていくのに戸籍が無いのと近しいものなのだから当然の事だ。だから……。






「冒険者登録がしたい」

「……へ?」

「いやー、旅をしてみて思っていたんだけど、身分の証明が出来ないと困る事が多くてさ。特に路銀に関しては尽きかけてきているし」


 路銀が尽きているのも間違いじゃないからな。

 売れる物はあっても、金自体が懐の中にある訳では無い。最悪は街の中にさえ、入れれば雀の涙程度なら得られると思っていたが……いや、そんな身分にミッチェルを窶すのは俺の誇りが許さない。それなら盗賊でも狩る方が楽だろう。そこに関しては幾らでも手段があるからどうでもいいか。


「あ、勿論だけど助けてくれる礼はするよ。例えば倒したオーガの素材とかはどうかな。あの程度なら幾らでも倒せるからあげれるんだけど」

「命を助けて貰ったのにオーガの素材まで貰える訳がありません! それにオーガを簡単に倒せる存在なんて街にだって数名しかいませんよ!」

「それなら素材にも価値が出るね。売った分の利益で武具とかを整えてくれ。オーガから受けた損失分程度なら賄えると思うよ」

「そこが問題では……無いのですが……」


 分かっていて言っているのだから察してくれ。

 そこら辺はフューシャに求めても理解してくれなさそうだな。対してグラジオは軽く頭を押えているみたいだから俺の気持ちは分かるのだろう。まぁ、アレだ……他人に求め過ぎるのは良くない。なら、出来る人に求めれば良いだけだ。


「フューシャ、ロウ達は普通では無いんだ。そんな人達に常識を問いたところで意味なんて無いよ。きっと、目的に関しては本当にそれだけの事でしか無いのだろう」

「で、でも……!」

「彼は契約を無理やり結ばせた。その時点で今の言葉に何の嘘も無いんだと思う。一部分に嘘があったとしても英雄級の何かに俺達が救われたのは間違いの無い事実だ」


 その言葉に軽く首を縦に振っておく。

 契約を結んだ意図まで汲んでくれたのなら俺が言葉にする意味も無いだろう。そこで勘違いでもされようものなら余計に良い。今の会話の中でマイナスに働きそうな部分は無かったからな。

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