5話

「姿を現せ、ゴブリンアサシン」


 残った魔力の半分、数値にすれば二百程度を使ってゴブリンの進化種であるゴブリンアサシンを十体作り出した。強さで言えば二体でオーク一体を殺せる程度でしかない。ただゴブリンの上位種の中でサイレントキルとジャイアントキリングの両方を成せそうなのはこの種族だけだった。


「お前には二倍程度の魔力を使用した。だからこそ、お前に他九体の指示も任せよう。そうだな、名前としてサスケと名付ける。いいか、俺のために動き、必ず死ぬなよ。死ねば俺の事が察知されてしまうかもしれない」

「……御意、主の御心のままに」


 低く渋い声、だが、瞳孔は酷く濁っている。

 見た目としてもゴブリンアサシンの全てが刃毀れした短剣を持っており、幼稚園児程度の大きさである身体は黒い布を全身に羽織って隠していた。だが、サスケだけは明確に違う。人と変わらぬ体躯を持ち、人と変わらぬ綺麗な顔を持っている。違うのは薄緑色の肌が布の中から見え隠れしているくらいだ。



「これをやる。さて……行け」

「ハッ……感謝します」


 全員に残り魔力の半分を使った短剣を配っておいた。一人につき十、だが、その性能はオークの首ですら容易く斬れるだろう。……まぁ、俺が作成した人形が倒した敵の経験値を、俺が同等に得られるのだから必要経費だな。それに神域に戻ればすぐに回復する。


「後は……まぁ、神域で待っているか」


 ここまでいけば多少は休めるからな。

 寝るのも良し、ミッチェルと話をして時間を潰すのも良しだ。それこそ、俺の秘蔵のコレクションを一緒に見たっていいだろう。どうせ、俺の好みを知っている彼女なら一緒に見ようとかって誘えば喜んで受け入れてくれるはずだ。




 って事で、神域に戻りたいんだけど……。

 予定よりも遊び過ぎてしまったな……いや、目的達成のためには必要な事だったんだけど、別にサスケ達の作成は戻ってからでも良かった。そこら辺は戻ってからでもどうにか出来る話ではあったしな。少しだけ後悔してしまう。


 ただ、こうやって歩いて戻るのも悪くは無い。

 サスケが功を立つには時間がかかる。それに少し先の未来では俺と同じミッチェルの信徒が周囲に溢れかえるからな。ソイツらを導いてやれるような存在になれなければ使徒としての価値は無い。


 いや、そういう存在になりたいだけか。

 俺は……どうしても、大切な人のために生きていきたいんだ。何度も裏切られてきて、何度も虐げられてきて、そして何度も失った。唯だってそうだ。あの時に失いかけたから……いいや、考えるだけ無駄な話か。




 何度も歩いた山道、ただ違う事が一つある。

 俺は本当に使徒になったんだな。俺がここに来なくなったのはミッチェルとの関係が幻だと思ったからだった。でも、今は真逆だと言っていい。彼女のために動けていると思えば……不思議と足が軽くなってしまう。


 ただ、俺の知っている場所とは違うんだよな。

 似ているようで違う、神域でありダンジョンでもあるという矛盾を孕んだ空間だ。普通は魔素があれば魔物は勝手に産まれてしまうし、神域であれば魔物は一切生まれはしない。確かに魔物は生まれてはいないが……対して許されているはずの植物や動物の発生や成長も無いからな。


 ま、考えても頭が痛くなるだけだ。

 神域に入った時点でミッチェルにはバレているだろうし、何かされたとしてもおかしくは無い。その時点で脳内を読まれているだろうから悩みの一つや二つを読まれるのは気分も良くないし。それに、気を抜いていてはいけないという事でもある。こういう時には……。




「にゃあああぁぁぁっっっ! それがアレか! 夢で見たという妾とのピンク色の関係なのか!」

「やっぱり、悪戯しに来たな」

「う、煩いのぅ! そこは迎えに来てくれたと言って欲しいのじゃ!」


 なるほど、そういう見方も出来るな。

 でも、その脇に抱えられたクラッカーは明らかに耳元で鳴らす気だったよね。それも気配を完全に消した上でやろうとしているなんて……俺の鼓膜が無くなってミッチェルの声が聞こえなくなったらどうするって言うんだ。


「そこは妾が責任を取るから問題無いのじゃ」

「いや、そういう問題じゃないだろ……はぁ、ミッチェルに何を言っても無駄だろうけどさ」

「ふふん、当然じゃ。妾は洋平と遊びたいだけじゃからな。悪戯なぞ、何回だろうとやってやろうぞ」


 はは……本当に駄女神だな……。

 俺が何もしなければ消えてしまうだろうに……そんな事を俺が許せるわけも無いだろ。俺がどうしてミッチェルの使徒になると言ったと思うんだ。絶対に消えさせたくないから……こうして動いているんだろうが……!


 でも……嬉しくはあったな。

 久し振りに感じた暖かい感覚だ。だから……。




「ただいま、ミッチェル」

「おかえりなさい、洋平」


 軽く抱き締めて耳元で囁いてあげた。

 それに対してミッチェルは普段とは少し違う声を口にする。本音を言えば、その声に心臓がドキリと脈動したが……ただ、その表情や仕草は変わらずミッチェルのままだった。ならば、失われなければそれでいい。きっと、その声だって俺にしか見せられない限られた顔なのだろう。なら、それも合わせて守るだけだ。







 ◇◇◇








「あーはっはっは! これは面白いのじゃ!」

「だろ! だろ! これを見た時から漫才とかコントとかって面白いなって思ったんだ!」

「いらっしゃいませーが三回でB〇〇K・〇Fなど天才としか言いようがあるまい! メニューを踏んでいるというのも普通は考えられまいよ!」


 本当にそうだと思う、ってか、人よりも優れているから今でも生き残れているのだろう。個人的には最近のお笑いネタよりも百倍くらいは面白いと思っているからな。最近は頭を空っぽにして見られるものが少ない気がするし……ってか、どこか、世界観を共有させたがっている気がして気持ちが悪い。


「で、これを見終わったら俺が大好きな視力検査のネタを」

「……おや、どうかしたのかの」

「あ、いや、気にしなくてもいいよ。俺の配下達がオークを百体倒しただけだからさ。……まぁ、他の部分で少し外へ出たくはなったけど」


 本音を言えば魔力は全回復したからな。

 神域に戻って一日は経った。この世界の時間の経過が日本やアナザーヘイムと比べて五十分の一とはいえ、全回復したのなら他にもやっておきたい事がある。というのも、この神域というのは万能とは言えないからな。


 例えば、この空間で鍛錬を行ったとする。

 その場合、得られる経験も同等に五十分の一になってしまうからな。そこら辺は精神と時の部屋とは言えないようだ。まぁ、そこに比べて空間の不条理さや二年制限は無いけど……あまり鍛錬に使えるとは言えない。


 だが、それはスキルやステータスのみだ。

 例えば勘の鋭さや単純なスキルに寄らない技術の研磨は神域の中で精錬する事は出来る。ただ、ここでネックになるのが神域に入れる存在はミッチェルの認めた存在に依存してしまう事だ。難しく表しはしたが単純に言えば普通の人ならば神域を認知すら出来ない。


 で、詳しく話をするとミッチェルが認めた存在というのは俺のような使徒だ。そして、その使徒と魂を同化させた存在、簡単に言えば俺の配下に限られてしまうとなれば誰も彼もと言えはしないだろう。まぁ、俺が神域の中に入れるとなれば心を許せる存在だから大した制限では無いけど。


 その中で今、サスケからチャットが来た。

 ってか、サスケにはチャットではなく念話を使う事を許可したというのに……俺がミッチェルと話す時間を邪魔したくないのか、使ってはくれない。特にサスケから来た話に関しては念話してほしい案件なんだけどな。とはいえ、今となっては準備も終えているんだ。丁度いい。


「ミッチェル、外へ出ないか」

「ぶぅー、外の景色よりも主と陣〇やサ〇ドウィッチマンのネタを見たかったのじゃがな。別に何かせずとも、主が使徒となった今となっては時間は無限に近くある。主以上の価値などはあるまいて。むしろ、主との時間を」

「バーカ、ちっちゃい事の積み重ねだろ。それに俺が神域を出た後も上手く動けるように動いているんだ。それこそ、君に心酔する信者は多くて困る事は無いだろう」

「……さすがは我が使徒じゃ。そこまで見越しての判断じゃったとはな。どれ、仕事終わりに沢山チューをしてやるからのぅ。チューをしながらお笑いを腹一杯見るのじゃ」


 う、うーん……嬉しいけど今じゃないな。

 い、いや、頑張れば俺が求めている全てを与えてくれるのなら頑張らなくてどうする。夢にまで見たミッチェルとのキスを……帰って来てからは気兼ねなく味わえるんだ。ってか、こうしてはいられないな。


「ほら、行くぞ。義体は出来たんだろ」

「当然じゃよ……我が主様」


 そう言いミッチェルは満面の笑みを浮かべた。

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