3話
「さて、随分と楽しませてもらったからのぅ。真面目な話に戻ろうじゃないか。こういう事は確かにしていても楽しいものじゃが……それ故に快楽に溺れてしまうのと何ら変わらんからのぅ」
「ああ……暇な時にはミッチェルの好きな動画を一緒に見るから今は真面目に教えてくれ。俺達に余裕がある訳では無いんだろ」
「そうじゃよ、でも……主のために微かな余裕を使うのも面白いと思っただけじゃ。主はからかったら笑わせてくれておったからのぅ。昔からそうじゃったでは無いか」
確かに……俺の好みから引っ張って来たな。
ってか、俺を笑わせるために唯が拾ってきたネットの動画という方が正しいか。……そうかよ、最初から俺の突っ込みを期待してボケていたのか。それなら他にやるべき事だってあるだろうに……本当に茶目っ気のある女神だよ。だからこそ、可愛らしく思えてしまう。
「可愛らしい等……妾を口説く気かえ!?」
「見下し過ぎのポーズを取りながら言うな! アレか! 本当は俺の事を!」
「好きじゃよ。滅多な事を言うでないわ。冗談でも気分が悪いわ」
い、いきなり素に戻らないでくれよ……。
ポーズをやめたせいで目の前にミッチェルの顔が来たんだからな。ただでさえ、人一人分、離れて見ていても胸辺りまで伸びた銀髪や大きな青い瞳、そして細長な顔が美しいせいで直視出来ないって言うのに……。
「なら、勘違いされる行動は取るなよ……」
「それが妾の茶目っ気じゃからな、てへぺろ」
「だから! 古いっての!」
舌を軽く出して笑う姿は確かに可愛い。
それでも古いものは古いからな。というか、年代が本当に一昔くらい前のものばっかりだ。その丁度よ過ぎる古さはどうすればネタとして出せるんだよ。ネタの貯蔵庫か何かなのか。
「では、真面目な話じゃ。ようやく文章も纏め終わったからのぅ。本に考えながら話したところで、伝えられる情報は少な過ぎるのじゃよ」
「……まさか、そのために俺に……」
「惚気けるのも嫌いでは無いが意味無く真面目な空気を壊すわけもあるまい。こう見えても一応は神じゃよ。主のためになるのなら幾らでも頑張るに決まっておろう」
「そのせいで……俺は疲れ切ったけどな……」
新しいファイルが送られてきたのでタップして中身を確認する。動画ファイルだった事が少しばかり不安ではあるものの……大丈夫、映像でまとめてくれた可能性だってあるからな。
「だから! おっくせんまんじゃねェェェッ!」
「あ、すまん。本気で間違えたのじゃ」
「……はぁ……なら、良いけどさ」
最後に送られてきたのは写真だった。
その写真の中に10.5ポイント程度の大きさで並べられた言葉が続いている。それも本当に時間をかけたのだろう。一枚の写真で、というのは情報量からして難しかったようだが、十枚のレジュメ形式に纏められていた。
「……って、コレって……?」
「じゃから、言っていたじゃろ。纏めるのに時間がかかったとな」
「ああ……確かにこれは分かりやすく纏めるのに時間がかかる内容だな」
どれを読んだとしても指が止まっただろう。
それだけの情報が中に刻まれており、普通の人であれば綺麗に纏める事でさえ、不可能なものでもある。少なくとも一般人が読んだとしてもスラスラと読み切れるような纏め方は俺には出来ない。
「日本にいる俺とアナザーヘイムにいる俺が違っている。そのうえでどちらにも必要な指令がある。そして指令は……って、口にするのも面倒臭い内容だな」
「ふっふっふ……そうじゃ、これでも頑張って分かりやすく纏めたのじゃぞ」
「ああ、助かるよ。さすがは俺の神様だな」
いや……さすがに冗談のつもりだったよ。
でも、そこまで嬉しそうにイヤンイヤンとかされたらコッチだって申し訳ない気持ちになってしまう。……ってか、俺も俺で表現が古かったな。待て待て、これも喜び方が古いミッチェルが全て悪い、うん。
「で、そのやり方に制限とかはあるのか」
「無いのじゃ。悪名は無名に勝るからのぅ。それに妾を愛しておる主が悪名のもとに指令を執行するとは思うまい」
「当然……多少の悪名は被るだろうが結果的には名声になるだろうからな。仮に文句を言う奴がいるのなら文句を言え無くしてしまえばいいだろう」
「それが……弱者を救った上での言葉か」
弱者を救った上での言葉だと……?
それはアレか、ミッチェルも俺には勇者になれると言いたいのか。……いや、だとすれば、俺に求める話の中に勇者に関わる何かを混ぜ込むはず。そこら辺を加味するに……ただの気のせいか。いや、もしかしたら、金倉家と関わりがあるのなら爺ちゃんとだって───
「広幸の事か、確かに関わりはあるな」
「……そうか」
「そうじゃな、まぁ、気になる事はあるじゃろうが一つだけ言える事がある。それは……主の指令に関わる何かは彼奴の中には無い。妾は主を愛しておるが、妾は広幸をただの友人としか思っておらぬよ」
友人とは思っている……知ってはいるのか。
知らないと言われたのならどうでも良かった。ただ雑多に紛れ込ませたカマの一つでしかない。それでもミッチェルは確かに友人だと言ったんだ。もしも、金庫を開けさせた爺ちゃんが俺と同じ境遇にあったとしたら……全部は俺の憶測で可能性すら薄いものでしかない。
だけど……俺も同じ気持ちだったんだよ。
唯が誰よりも泣いて気を許した知り合いですらも掴みかかろうとしたように、俺だって負けないくらいに悲しかったんだ。最後の最後まで俺に剣を振る覚悟を教えてくれた人を……だから、少しでも生きている希望があるのなら……。
「生きておるぞ」
「……え?」
「じゃから、生きておると言っておる」
その言葉は何よりも望んだものだった。
酷く甘美で、初めて見たミッチェルよりも食べ続けたいと思える果実に思える。それが例え、彼女が俺を手に入れるための口実だとしても……違うよな、俺は信じたいと思ったんだ。昔、覚えてしまった味が偽物では無かったんだって……。
「主は妾の使徒じゃ。そうであるならば妾へのカマかけなど本来は不敬だと思うべきじゃろう。じゃが、それに乗ってしまったのは紛れも無い妾じゃからな」
「だから、本当の事を言った、と」
「そうじゃな、まぁ、妾も生きておる事以外は特には分かってはおらぬがの。友人とはいえ、愛しいと思える存在に比べれば天秤にかけるべき相手でも無いのじゃからな」
ああ……今のでよく分かったよ……。
この人は本当に神様なんだ……いや、期待し過ぎてしまっただけなんだろう。求めていた全てを与えてくれるだなんて……そんなのは神ではなく悪魔だろうからな。だからこそ……俺は信用出来てしまった。
「本当に……俺に力を貸してくれるんだな」
「そうじゃよ、主は……洋平は妾の求めていた存在じゃからな。故に妾は主を求め、主のためならば望む全てを与えてやりたいとさえも思えてしまうのじゃ」
「……なら、問題無いよ。俺は俺だから……きっとミッチェルの望む行動だけを取れはしないと思うけどさ。それでも、君が俺を愛して求めてくれるのなら頑張れはする」
少し前の俺なら選民思想なんて信じなかった。
だけど、今の俺ならどうしても信じられてしまう。俺は選ばれてしまったんだって、彼女の口車に乗ったとしてもいいから助けてあげたいって思ってしまったんだ。だから、腰に手をかけてミッチェルの体を寄せる。そのまま手に取った右手に軽く唇を当てて笑ってやった。
「……君の望みを叶えよう。俺の手で君を二つの世界の唯一神にさせてやる。この世界に残る神の残滓を全て消し去って俺が信じる神の名だけを残してやろう」
「随分と欲と偏見に塗れた考えじゃな」
「偏見の無い人間などいないさ。そこに程度があるだけに過ぎない。その程度が俺は誰よりも強く、他の偏見を叩き潰してしまうような存在だったに過ぎないよ」
少なくともミッチェルは日本にいた時の家族以外の存在よりは信じられる。同族も他国の人間も、テレビに映る存在もネットに漂う情報も……そんなモザイクのかかったゴミに比べれば圧倒的に愛せる存在だ。
「愛しているよ、ミッチェル」
「ふふ……その言葉をどれだけ待ち望んでいたか。そうじゃのう、妾も愛しておるのじゃ。世界の全てを壊し敵に回したとしても良いと思えてしまう程に愛しておる。じゃから、そんな不完全な神をどうか支えておくれ」
「もちろん……俺の、俺だけの神様」
きっと、神は全て偶像なのだろう。
そうでなければ、ここまで美しく無く、それでいてただの穢れた人間を喜ばせる言葉を与えられはしない。その中身が全て嘘だとしても神からすればどうだっていい事なのだろう。だとしても、こうして対面してみれば分かる。
その声は誰よりも美しく脳に響く。
その言葉は誰よりも甘味を与える。
その造形は全ての者を魅いらせた。
故に人という不完全で穢れた、淘汰されるべき存在は心身を寄せてしまう。自分の最愛の曲を初めて聞いた時のように、それを好むために産まれたと思えてしまう程の錯覚を齎される。そう、俺も嫌っていた人達と変わらぬ人間だったんだ。
「少しだけ外へ出てくるよ。意図は……言わなくても分かっているか」
「ああ、大丈夫じゃぞ。行ってくるといい」
「行ってきます、ミッチェル」
だから、この足を進めようと思った。
それが……本当の俺だと思えたから……。
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