樹上集落

12月10日 風車

 次の区域までは少し距離がありますから、鹿舟に乗って行きましょう。シカブネと呼ぶ区域とロクセンと呼ぶ区域の両方が存在しているこれは、一頭から四頭の鹿ロクが陸上水上問わず小舟を牽いている不思議な乗り物です。車輪がついていないのに、なぜかでこぼこの陸地を滑るように進みます。


 船頭はもちろん調教師です。引退した探索者がやっていることが多いですね。前払いの運賃を払えば区域を超えてどこまでも連れて行ってくれます。


 船頭の笛の音とともに滑り出した景色を堪能していれば、すぐに樹上集落に到着です。ほら、そこの霧のところで区域が切り替わりますから、上着を脱いで待ちましょう。


 一瞬にして早朝から夕暮れ時に切り替わる空は、やはり慣れるまで少し調子がくるいます。気分が悪くなったらおっしゃってくださいね。ひどい時は時差ボケで動けなくなりますから。


 区域が変われば時間帯だけでなく、季節も変わります。樹上集落は晴れ渡る夏の夕暮れの区域。湿度が低い夕方の森なので夏にしては快適に過ごせますが、それでも少し動くと汗が滲むくらいの気温です。


 さて、そろそろ舟が止まりますから、そうしたらすぐに移動しますよ。樹上集落がなぜ樹上集落なのか、ご存知ですか? 地表には黒怪、特に肉食のロウの群れがうろついているからです。船頭さんが大きく笛を吹いて合図を送ってくれているでしょう。あれで上の見張りが縄梯子を下ろしてくれますから、すぐに登りますよ。こんなふうに、降りる土地によってはゆっくりできる時間があるとも限らないので、料金が前払いなんですね。


 少々慌ただしい来訪になりましたが、見てください。この樹上からの絶景を。広々とした森を見下ろすのも素晴らしいですが、梢の合間から見える夕陽も大変美しいですね。木の上には爽やかな夕暮れ時の風が吹いていて、集落のあちこちに飾られた銀の風車かざぐるまがきらめきながらかすかな音を立てて回っています。


 今日のお土産はこの風車です。どこの店にも少しずつ置いていますが、移動で疲れたでしょう。宿の売店にしましょうか。表面に銀箔を貼った厚手の紙でできているのですが、羽根の部分はレリーフ状に紋様が入っていて、子供のおもちゃと侮れません。ひとつひとつ柄が違いますから、ゆっくりご覧になってください。


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