花園区域

12月5日 飾りのない髪飾り

 吊り橋を渡ると、空が明るくなりました。花園集落は晴れた朝の区域です。朝露きらめく色とりどりの美しい花畑を一望すると、時間の感覚がなくなってきますね。もうそろそろ夕食にしようかという時間帯ですが、食欲は大丈夫ですか? おや、元気いっぱいですね。普通はもう少し時差ボケするものなんですが。


 お元気そうなので、花畑を散歩しつつ宿へ向かいましょう。雲間から差し込む光の柱がなんとも幻想的ですね。森の合間に広がるこの広大な花園には、花守はなもりという管理人がいます。といってもこの花々はどれも勝手に生えている野草なので、種を蒔いたり植え替えたりというよりは、花々の調子を見ながら花を摘んだり枝を剪定したりして、それをお茶や染料、ドライフラワーに加工する、そんな仕事をしているようです。


 ほら、あそこに佇んでいるのが当代の花守ですよ。黒に近い深緑の衣装が目印です。彼は何をしているのかって? 見ての通り、ぼーっと花園を眺めているんですよ。暇そうに見えますが、彼にとってはそれが癒しの時間みたいですね。


 花園を抜けると、小さな木立の向こうに今日の宿が見えてきます。そうそう、あの黒っぽい建物です。「花園集落」と名のつく土地の建物としてはファンシーさに欠ける気もしますが、この区域の人々の住居や衣服には一様に地味な色が使われています。花の色を引き立てるための工夫ですね。お洒落をする時は老若男女問わず、黒や焦茶、彩度の低い緑などの服に生花を合わせます。


 なのでほら──私はチェックインをしてきますから、そこの売店をご覧になってお待ちください。「飾りのついていない装飾品」がたくさん並べられていますよ。どれも切り花や細い枝をパッと差し込んだり挟んだりできる構造になっています。湿らせた綿を隠せるようになっているものも多いです。


 飾りがないだけあって価格もお手頃です。何かひとつ選んでみたらいかがですか。朝一番、目にとまった花を一輪摘んで髪や胸元に飾るのも楽しいですよ。

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