12月4日 瞳面

 すぐにでも次の区域に向かいたそうな顔をしていますが、まあお待ちなさい。今夜はこの湿地でちょっとした祭りがあるんです。どうやらどこかの区域で新たな「主」が発見されたとかで、そういう時は夜通し……いえ、「夜通し」という表現は適切ではないかもしれません。ここは区域ごとに空の明るさが固定されているので、厳密に言えばこの湿地はずっと夜明けのままです。


 ただ、こちらの住民は独自の言い回しをしているのかといえば、案外「三日三晩」とか「一昼夜」とか、そういう言葉を使っているようですよ。不思議ですね。


 ほら、湿地の端の方に屋台が並び始めました。塔の厳粛な景観を維持するため、普段は水辺での商売が禁じられていますが、祭りとなれば話は別です。橙色の提灯をたくさんともした屋台がずらりと並ぶ様は壮観ですね。祭りの屋台といえば夜のイメージが強いかもしれませんが、こんな風に霞がかった夜明けの景色の中の明かりというのも、独特の幻想的な雰囲気があっていいものです。


 軽食を色々試してみるのもいいですが、まずはそこの屋台で瞳面どうめんを買いましょう。目玉模様の面は塔の住人にしか許されないものですが、屋台と一緒で、祭りの間だけは特別。開いた目の面は編者様、閉じた目の面は依頼の受付をしてくれる司書様の面ですよ。ああ、そっちの二重円みたいな丸い目の模様は、花園区域の神殿の神官がかけているやつですね。それは蝶の羽の目玉模様がモチーフなので、蝶面と呼ばれています。半透明の白い布に銀の刺繍が素敵でしょう。


 好きな面をかけたら、祭りを存分に楽しんでください。そこの屋台の鹿の煮込みとか、おすすめですよ。ジビエなのに全く臭みがなく、むしろふんわり甘い香りがするのをピリッと辛い香辛料が上手く引き立てています。その隣は柑橘系のジュースですね。金柑という名前の果物ですが、文字通りゴールドカラーの皮を持っているので、ちょっと想像と違う味がすると思います。


 今日の宿は花園区域にとってありますから、お腹いっぱいになったら移動しましょう。空が暗くならないので、鐘が鳴ったらよく回数を数えておくように。

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