異変



 詰め所には誰もいなかった。

「あれ」

 たどり着いてから考え込む。

 そういえばどうやって渡すんだろうかこれ。

 あまり深く考えてなかったけれど、わたし風呂敷には触れなかったよ。紐が解けないじゃん。

 霊感ある騎士を捜すとか? いないか。

 でもそもそも人がいない。もしかして仕事中だったかな。

 さっきは休憩中って言ってたっけ。


 ……さっき?

 さっきって何時だ?


 そういえば、わたしがここに召喚されてからどれくらい時間が経っているんだろう?

 身体を失ってから食事にも眠気も無縁で興味が無いせいか、時間の感覚があまり無いのだ。

 考えてみれば折角の外国だ。旅行だと思えばゆっくり観光もしたかったな。水晶城も近くで見てみたい。あの塔の中は眩しくないのかな? 快適に思えないけれど、どうなってるんだろうか。

 まあ、いいか。

 しゃがんで、犬を抱いて顔を埋める。

 尻尾がゆるゆると振られる。


「モモはさ。ずっと側にいてくれるよね」


 だからもう怖くはない。


 ……。

 怖い?


 なにが?



 ああこれはダメだな。深く考えないようにしよう。と思ったそばからふっと割り込んできた違和感の強さに眉をひそめる。

 最初に感じたのは匂いだ。



 匂い?


 幽霊なのになぜ、疑問が頭を掠めた瞬間、ぐらんと脳みそが揺すぶられるような強烈な衝撃。胃から迫り上がってきた吐き気を咄嗟に堪えて蹲る。


 強制的な覚醒にショックを受ける間もなく、一気に全身に這い上がってきた感覚に混乱する。


 不快。不愉快。


 くさい。


 臭い。臭い。臭い!


 臭さを放っているのは自分だ。濃厚な、濃厚すぎる蜜の香。

 それから、五月蠅い。

 喧噪。

 複数の人間の怒鳴り声。叫び。恐慌、理性を失ったヒトのけたたましい笑い声が耳が痛い。直接聞こえる、この感覚。


 うそだ──肉体の中にいる。


 表現がおかしいけど、だっていままで身体が無かったのに檻に無理矢理押し込められたような窮屈さ。


 どうして?


 ぴくりとも声帯を動かせず、ただただ自問する。──どうして、わたしはこの瞬間こに戻ってきた?


 身体の震えが止まらない。恐怖のせいなのか、それとも発情のせいか。


 ──オメガの護衛。その使命を果たした、最期の瞬間。



 過去に戻ってきてしまった。


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