散歩



「要するに犬の胴体に手紙を括り付けて騎士の元まで散歩をするだけなのだな……」


 手紙を挟んだ『風呂敷』をモモの首に巻きつけながら蒼翔がぼやく。シンプルな作戦の何が悪い。

「モモは餌とオモチャ以外は銜えませんよ?」

「なんで俺がこんな真似を……」

 まだぶつぶつぼやいてる。

「だってわたしは蒼翔とモモ以外に触れないですし、モモは物に触れるけどそれだけですもん。それより、ちゃんと手紙は書きましたよね?」

「ああ」

「ホントに? 何を書いたんです?」

「はっ。忖度は面倒だから全てぶっちゃけた。読んで真偽に悩めば良いさ、ザマアミロ」

 悪い笑顔をする。

 全てってどこまでぶっちゃけたんだ? でも、

「ふふっ。良いですね」

「……良いのかよ」

「ところでこれ、傍から見ればどう見えるんですかね」

 モモも幽霊なので人からは見えない。風呂敷だけ浮いて見えたらそれはそれは目立つだろう。

「大丈夫だと思う」 あっさりと請け負う蒼翔だ。「俺にはモモの姿はぼんやりとしか見えないんだが」

「……そうなんですか?」

 そんな告白を、今更。

「首に巻いたら風呂敷自体がよく見えなくなったな」

「へえ……」

「ミルクをあげただろう?」

「はい」

「あれも飲んでいるところは俺には見えなかった。でもミルクはちゃんと減っていた」

「ふうん……可愛いのに。見えなくて可哀想ですね」

「……ほんとうにあなたはモモ中心だよな」

 ぼやく蒼翔の頭を撫でた。立ち上がる。

「じゃあ散歩ついでに手紙も届けてきますね」

「ついでが逆だろうが。気をつけろ」

 何どう気をつけるのか、その心配がおかしくなってくる。

 誰にも見えないわたしに危険はない。モモと歩き出しかけて、足を止めて振り返る。


「わたしの話をしましょうか?」

「今か?」

「そこで嫌そうな顔しますかね? ずっと聞きたそうにしてたじゃないですか」

「……消えたりしないよな」

 不安そうに問われてふっと笑う。

「何でそうなるんです。えっとですね……わたしが中等部に入る前の出来事です。その頃のわたしはまだ後継者の身の上でして、親の方針で早々に社交界にデビューさせられました。まあ早々に引退したんですけどね。期間限定も超短期間だったので社交界の場で聞いた話はよく覚えてるんです。わたしの死から十二年前です」

「……なんで十二年前の話なんだよ。さくらの死の原因を話してくれるんじゃないのか」

「それは子供には早いので話しませんよ」

「……」

「で、わたしが死ぬより十二年前の話に戻りますけど」

「待て、気になるだろうが」

「国がひとつ滅んだんです」

「十二年前に? ……知らない話だな。国の滅亡と言えるような事態はここ三十年間は起こっていない筈だが」

 話の腰を折る相槌に思わず首を傾げる。

「どうしてわかるんです?」

「我が国は鎖国しているとは言え、宰相が小忠実こまめに諸国の情報を取り入れている。俺も外国の話を聞くのは好きだ」

「なるほど。でも黙って大人しく聞いて下さい」

 それが癖なのか、考え事をしながら意味なく振られていた蒼翔の指を、握って止める。

 なんとなく。

「……ああ」

「滅んだのは名前しか知らない小国です。最初に耳にしたのは真偽のわからない噂でした。……何故かってそこはド辺境の島国で入ってくる情報自体が少なかったからです。でも聞けば聞く程に突拍子もない話で。社交界ではしばらくその話で持ちきりでした──一七日で消えた国として」

「なのかできえたくに」

 蒼翔は大人しく神妙な顔で聞いている。

「実際に七日だったかどうかは疑問ですね。社交界の噂なんてそんなものです。でも驚くほど短期間で荒廃したのは確かな事らしく、呪われた国として一躍脚光を浴びました」

「嫌な注目の仕方だな……」

「脚光を浴びたのは呪われる理由があったからです。悲劇の逸話は退屈な貴族を喜ばせますからね。後に吟遊詩人が謳った歌を纏めると大体こんな感じですか──圧政に苦しんだ民衆は専横を極めた王を斃した。けれど直後に国土は砂に呑み込まれた」

「……」

「その国の名がニホンです」

 握った手の中の指がぴくりと動く。

「……十二年前と言ったよな?」

「自分の国が滅んだって話をまず気にして下さいよ」

「もう少し詳しく話せ」

「民を苦しめるだけ苦しめた肥え太った王はギロチンにかけられました。反乱は民衆の勝利で幕を閉じたのです。民の憂いは払われ、請われた騎士が王となり、希望に溢れた新しい国家が誕生するかと思われました。……でも新国の誕生は叶いませんでした。祝杯の宴の最中、突如襲ってきた大量の砂に国ごと呑み込まれ、全てが、ほんとうに全部が消え去ってしまったのです。……今現在、そこに残るのは昼は極熱、夜は極寒の死の砂漠のみ。人の生きていた痕跡など何処にも見受けられません。常に止まない砂嵐によって、どんな生物も立ち入る事すらできない不毛の地と成り果てました。それは処刑された王の逆恨みだったのでしょうか」

「……」

「なんにせよ彼の地は亡国。真相は闇の中です。今は人の身では立ち入ることすら不可能な魔境です。そこに人が住めていた事が信じられない、と研究者達は口を揃えます。その劣悪な環境の中に国が存在していたというのなら、それこそ神の恩恵だったんでしょうね」

「……」

 無言で指が抜かれて、逆にてのひらをぐっと握られる。


「蒼翔の召喚って霊体しか喚べないようなポンコツと思わせておいて、凄いんですよね。時を越えたんですから」

「……本当に、さくらは未来から来たのか?」

「わかりません」

「おい」

「だって状況がそうだって示しているだけで、わたし自身よくわかってないですもん。……ここはあまりにも故郷と違いすぎます。絶対に同じ世界じゃないって今でも思うし。けど、納得はしました。わたしにとって、ここは過去の世界。だから物に触れないんですね。過去に干渉なんて出来るわけないんですから。何故だか蒼翔だけは別だったけど」

 ほんとうに不思議だ。握られた手がとても熱い。……暖かい。

「だからアーサーが鍵なんですよ。彼は民衆を纏め王家に反旗を翻した悲劇の騎士として知られています。彼って格好良いでしょう?」

「……なんだと?」

「どこか見覚えあると思っていたんですよね。やっと思い出しました。彼の写真って、単体で随分沢山印刷されて出回っていたんですよ。滅びの国の伝説とは別物な感じで。おかげで名前と一致していませんでした」

「……イケメン滅べよ」

「いや仲良くして下さいって」

「嫌だ」

「蒼翔?」 握った手を離さない癖して視線を合わせようとしない。……全く。「嫌と言わないで下さいよ」

「……うぅ」

「ここまでネタバレしたんです。つまらない選択をして死んじゃ嫌ですからね。貴方は生き伸びるんです。生きる事から、逃げないで下さい」

「……アレと仲良くして、選択を間違えず、俺が生きれば……生き残れば、俺はさくらの運命を変えられるか?」

「はい?」

「お前は! 考えてもみなかったって顔をするな!」

「あはは。無理じゃないですか? それに望んでませんよ」

「さ」

「何も、望みません」

 沈黙。

「……生きる事から逃げてるのはお前だろうが」

「まあ、面倒な話は帰ったらしましょうか。まずはこちらが先でしょ? 今度こそ行ってきますね」 そう言ったのに、なかなか手が解かれない。「行ってきます」

 もう一度繰り返す。

「帰ってくるよな?」

「約束しますよ」

 軽く請け負うと、ようやく手が離された。


 ふと気が付いた。蒼翔に召喚されて、いなくなった他の人たちもやっぱり幽霊で、成仏したんだろうなと。


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