趣味の悪い



 趣味の悪い大広間にいた。


 体育館くらいの広さ、なのか?

 床も壁も同じ材質の石で、黒色だ。黒だというのに鏡のように物の姿をうつして反射している。


 ──黒い鏡の石で形作られた、不思議な建築物の中。


 おかげで実際の広さがよくわからない。

 鏡を覗くといつもの制服を来た自分と目が合う。

 わたしと寄り添う犬の姿もそこらにいつくも映し出されてる。

 見上げれば首が仰向く程に天井が高い。反射のおかげで万華鏡を覗いているみたいでくらくらする。

 建物だけなら感心したいところだけれど、内装がひどかった。どうしてここに派手な絵画や銅像を飾るのが理解出来ない。目がチカチカする。成金の家の玄関みたいだ。


 そこで儀式の最中なのか、朱色で統一された聖職者っぽいローブを着た大勢の人人が祈りを捧げているのだ。

 見たことの無い祈り方だ。


 修道士でも僧でも巡礼者でも、祈りのポーズってのは皆違うのにそれが祈りとわかるのは不思議だと思う。

 一心に願う姿ってのは言葉じゃないから伝わるのかもしれないが。


 ただ根本的に意味がわからない。

 ……祈って何やってんだろう?


 いちばん虹の橋ではないと思った原因が、いま顔を真っ赤にして怒鳴っている、太って脂ぎった小男だ。錫杖を握り、原色の入り交じった派手な服を着ている。



 ──一体、ここは何処だ?


 虹の橋じゃないのならドッキリとか?

 無いよな。大がかりすぎる。

 なら夢? 異世界転生? 瞬時に頭に浮かぶ複数の可能性。

 けれど──

 腕の中にいる存在がすべてを打ち消す。


 もう一度抱きしめるとモフモフはすごく馴染んだ感触で。尻尾がぶんぶん振られる。懐かしくて、本物で。

 ──夢じゃない。

 だったらもう、どうでも良い。


 はっきりと覚えているのはわたしは確かに死んだという事。現世に未練と心配はあるけれど……大丈夫か。わたしがいなくても。


「次こそはお任せあれ、なんて息巻いてたのは誰だよもおお!」

 叫び声がわたしを我に返させる。

「コレじゃ無い! コレは違うだろ!」

 太った男がひとりで喚いている。


 大勢いる赤のローブ達は誰も、ひとことも答えない。項垂れたまま無表情だ。

 嵐をやり過ごすかのような無表情。

「ああ糞っ、また俺しか見えてないのか無能な連中め。あのなあ、前回より劣化してんだよ! 誰が獣憑きを召喚しろと言ったんだよ!? ああ!?」

 ヒステリー男が地団駄を踏んで、その後に傍に控えていた人間が横に吹っ飛んだのでまたびっくりした。

 え? いま錫杖で殴った?


 どうしよう。滅茶苦茶びびってる。犬が。

 わたしの後ろに隠れて尻尾を丸めてる。

 どうしよう。可愛い。


 世の中には主人を敵から守ってくれる健気な子もいるが、うちの犬にそんなこた期待してない。死んでいても相変わらずのヘタレっぷり。


 そんな子だって、忘れてた。

 そんな子だって、思い出せたことが嬉しい。

 犬を愛でている場合ではない気がするけれど。

 いや違う。犬を愛でるのが間違いであるわけがない。

 感動の再会の最中に突如目の前に現れて寸劇をかますこいつらが邪魔なだけなのだ。


 いや状況からすると突如現れたのはわたしか?

 混乱しているのはわたしだ。

 動揺している自覚はある。だって犬が可愛くて!

 違う落ち着こう。考えろ。冷静に。


 あれ。これわたしがしっかりしなければ犬が路頭に迷うしかないのでは?

 そう思ったらすっと心が決まりヒステリー男に話しかける決心がついた。


「おうさま。おうさま」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る