犬と異世界召喚

霧ヶ峰さこ

犬と



 ひやりとつめたい鼻先が頬に当たり意識がぼんやりと浮上する。


 ……あとごふん。



 二度寝をしたくてふわふわの毛並みを撫でて時間を稼ぐ。

 馴染んだ温もりはご機嫌に手のひらに身体をすり寄せてきた。

 うん。

 撫でている間だけ大人しい。

 一瞬でも手を止めたら最後、このふわふわはわたしの顔を嘗めて早く起きろと催促をはじめるのだ。

 手を動かし続けなきゃいけないから二度寝が出来ずに結局目が覚めるっていう罠。


 飽きずに繰り返される、毎朝の決まりごと。


 犬はとても起こすのが上手い。布団に潜り込んで逃げても無駄だ。鼻を突っ込んで布団の中まで入ってくる。

 ──ダックス犬って元々、もぐらだかうさぎの穴に潜って獲物を追う為に改良された狩猟犬だったか?

 だから足が短いとかなんとか。

 いや。もぐらは追わないか?

 寝起きのぼんやりした頭でつらつらと考えて、つい撫でる手を休めてた。ふたたび鼻が鼻に当てられる。冷たい。


 懐かしいなあ。


 この『絶対起こす』という、つよい意思。

 年を取って体力が衰えてからも、いかに効率良く人を起こすか技を磨いてた。

 つめたい鼻先攻撃をされて目が覚める。

 長い身体で枕を奪われて寝られない。

 朝の攻防はすべて惨敗。


 この子は亡くなった日の朝だって、


 体調悪かっただろうに、律儀に、いつものように起こしてくれて──もう随分前に、その習慣が失われてしまったことまで思い出して一気に覚醒する。


 ──え?

 身を起こすと、記憶より若く元気な白い犬ががばりとじゃれ付いてきた。

 思わず抱きしめる。


 え?

 どうして?


 ぶんぶんと尻尾を振って、全身で嬉しいと伝えてくる。

 撫でながら、

 馬鹿みたいに同じ疑問を頭の中で繰り返す。

 どうして?


 だって、死んだ筈だ。


 わたしも、この犬も。

 それなら──。

 導き出される結論はひとつしかない。


 ここが死後の世界か?

 死んだペットに逢えるという噂の虹の橋か?


 そんな……。

 理解した途端、心に沸き上がった感情は──歓喜だ。



 嬉しい。

 嬉しい。嬉しい。




 また、逢えた。



「うがああああああ!」


 急な叫び声にびっくりして涙が止まる。

 おろおろとしてる犬を安心させるように抱き上げる。目をこすって周囲を確認して、呆気にとられる。


 ……?


 ここ、虹の橋じゃなくね?



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