第3話 村社会


 たいていの家が林業と農業の兼業だった。

 家の周囲に作物を植えた。大家族の割に、収穫量が少なかったこともあり、傾斜地に鍬を入れ、遠く離れた山の中腹まで田畑を広げた。段々畑、棚田である。


 手っ取り早く現金収入になるものは、炭焼きのほか林業の日庸ひようくらいだった。

 農業では換金作物として徳島藩伝統の煙草が栽培された。


 ほとんどの家が肉牛を飼っていた。子牛から育て、成長すると市場に出す。当日、牛は鳴いた。別れを惜しんだのか、行く末を悲しんだのか。いずれにしても、哀れでならなかった。


             ◆

 牛は農耕にも使われ、春になると、荒い息を吐きながら田んぼを掘り返していた。その後はきれいに耕され、水が張られて田植えの季節を迎える。


 田植えも共同作業だった。何軒かで組を作り、順に植えていく。

 当日、膝下まで浸かって横一列に並ぶと、左右のあぜから、等間隔に印が付けられた長い縄が渡される。縄の前に、束になった苗が投げ入れられ、一斉に田植えが始まる。


 日本の農村に古くから伝わる風物詩だった。豊作を祈り、田の神を祀って歌い、舞った田楽は、ここから発祥した。


 大人たちは一糸乱れぬ動作で、リズミカルに苗を植えていく。ひょうきん者が皆を笑わせ、めでたい田植えを盛り上げた。

 大人以上に、子供たちの気持ちは高揚していた。夜には、その家に呼ばれて、ご馳走が振る舞われるからだ。

 夕餉ゆうげの時刻になると、提灯に灯をともして三々五々、村人が集まる。大人に混じり、お膳の前に正座する子供たちの姿があった。

 母親の実家の田植えを含めて、隆は四軒に招かれた覚えがある。


 田植えが終わった翌日、学校から帰ると、泥が沈殿して澄んだ水面に、五月の真っ青な空が写っている。整然と植えられた苗の淡い緑が映え、そのコントラストに隆は思わず足を止めていた。


              ◆

 村人は明るかった。集まると、たわいもない冗談をよく言っていた。 

 夏には庭に床几しょうぎを出し、蚊りをきながら大きな渋団扇しぶうちわを手に、夕涼みをした。

 村人が通りかかると

「まあ、休んで行きなはれ」

 と、誘った。

 ここでも世間話に花が咲いた。

 隆は聞き耳を立てていた。まるで、大人社会をのぞき見している心持ちだった。

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