第2話 国土緑化


 隆が子供の頃には、街道跡は山仕事に行くきこりや炭焼きなどが利用するくらいであった。

 千足村から先は、広大な森林地帯だった。伐採と植栽が繰り返されてきたところは、あるいは鬱蒼うっそうとした杉林となり、あるいは杉の幼木が育っていた。しかし、多くの天然林は手つかずのまま。村人は小屋掛けをして炭焼きがまを設け、樫やクヌギなどを伐採・集材して炭を焼いた。


 隆の長兄もその一人だった。隆が中学にあがり、腕力が付いてくると、よく手伝いをさせられたものだった。


 長兄が適当な長さに切った木を、小屋の近くに集めるのが隆の仕事だった。朝から夕方まで、単調な作業が続いた。

 窯に木を並べる日には人手が足りず、村の衆に応援を依頼していた。ふだんと違い、小屋は賑やかだった。


 炭焼きは契約した一帯の天然林がなくなると、新たな地に移動した。こうして、次第に山はハゲ山になっていった。


             ◆

 次は植林だった。


 村総出で、苗木を山奥まで運んだことがあった。隆は小学校の高学年になり、苗木を背負って山道を登った記憶がある。杉の苗木だった。植林には補助金も出され、およそ不適な崖っぷちなどにも苗木が植えられた。


 日本中が「国土緑化」に血眼になっていた。

 これには理由があった。空襲で焼失した家屋の再建に、大量の材木を必要としていた。さらに高度経済成長期に入り、各種の木材需要が増大、伐採と植栽が急務となった。


 小学生までが杉の苗木を運ぶ——こんな光景が全国でも珍しいものでなくなっていたことは、想像に難くない。


             ◆

 一方、父親はあちこちに出かけて、森林の下草刈りや枝打ちなどを熱心に行っていた。

 隆が大学に進み、夏休みに帰省して父親の山仕事に同行したことがあった。そこは千足村の向こう山の山頂に近かった。指呼しこの間のようでも、往復するだけで三時間近く掛かった。

 父はまず通い、細心の手入れにより、見事な杉林が育っていた。


              ◆

 長兄は焼いた炭を、山奥から張られた何本かの架線を利用して搬出した。途中の中継地には、共同で建てられた小屋もあった。搬出作業にも隆が駆り出されたことがあった。


 千足村の中央にも一本、架線が張られていた。村の奥、街道跡から集落の入り口に架けられ、そこを中継地点にして対岸の祖谷街道に荷物を運んでいた。


 炭俵などが空中を移動する様は痛快だった。背負って歩くと三〇分は要するところを、ほんの十秒あまりで運ぶことができた。

 林業に携わる若い山師が、この魔力に取りつかれた。仲間が止めるのも聞かず、その山師は滑車に体を結わい、陸地を離れてしまった。

 スピードが乗ってくると、猛烈な力が加わる。数瞬後、山師は、千足谷へと落下していった。若妻の嘆きようは人々の涙を誘わずにおかなかった、と言われていた。

 この出来事はしかし、すぐに村人の口にのぼらなくなった。忘れようと努めたのである。


             ◆

 架線で転落死した山師はともかくとして、林業は危険と背中合わせだった。近所には山仕事で片足を失った人もいた。


 ある日、長兄が山仕事から帰るなり、神棚に燈明をあげていた。

 長兄の不注意で、斜面の下方にいた仲間に木材が直撃しそうになったとのことだった。大事故につながる。長兄は「ご先祖様が護ってくれた」と神妙だった。

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