第48話 アップルホテルはVODが無料で見放題

「探索で死ぬかと思ったランキング第二位! これはまだレベルが20くらいの時に、調子に乗って40階層まで潜った時だにゃー。隠密系スキルに隠れ身って言うのがあるんにゃけど、その効果ってレベルが倍以上離れた相手には効果が無いんだにゃ。常識すぎて逆に誰も教えてくれにゃいし、そもそも自分のレベルの倍以上の階層に潜る人なんてほとんどいないから知らなかったんだにゃー。絶対見つからにゃいと思ってじっとしてたら、サイクロプスがこっちを見ながらずんずん近づいて来て……あの時は死んだと思ったにゃー……」


 愛七は俺の手を握りながら雑談配信を行っている。レベルアップ企画だなんて銘打っているが、やることは手を握ってじっとしているだけなのだ。何か喋っていた方が気がまぎれるのだろう。


(すごいな……)


 俺はしゃべり続ける愛七の姿を舌を巻いて見ていた。今まで、凉夏さんも穂乃果さんも、相良先生だって声を出さずにここまで耐えられたことは無い。触れている手は指先だけではなく、手のひら全体だ。愛七が襲われている快楽は半端な物じゃないはずだ。

 それでも愛七は平然とした顔でライブ放送を続けている。手を握っているだけでレベルアップするという常識ではありえないライブ放送が話題となり、今では視聴者数が一万人を超えた。その一万人が見ている中で、時折歯を食いしばったり俯いたりはしているものの、ほとんど通常通り話を続けているのだ。

 俺はそんな愛七を、ただ見守ることしかできない。


「…………っぅ♡ 探索で死ぬかと思ったランキング第一位イッ♡ これはやっぱりダンジョントラップにかかった時かにゃ。絶対値エレベーターっていう、めっちゃ凶悪なトラップなんだにゃー。パーティでトラップにかかった時に、片方が10階層上に飛ばされて、もう片方は10階層下に飛ばされるっていう悪質なトラップにゃんだけど、持ってる荷物が重たくて人間判定されちゃったらしくて、荷物だけが10階層上に、あいにゃんが10階層下に飛ばされちゃって……あの時は絶望だったにゃー……潜ったことのない階層で一人きり……。あの時運よく隻腕のバーサーカーが通りかからにゃかったら、絶対死んでたにゃ。丁度ダンジョンダイバーに復帰したばかりだったみたいで、80階層でリハビリしてたらしくて。隻腕のバーサーカーなんて呼ばれてるけど、丁寧でやさしくて、綺麗なお姉さんだったにゃ!」


 愛七がしゃべっていると、にわかにコメント欄がざわつき始めた。『きたきたきた!』『まじでもうすぐ上がるじゃん!』『やらせ乙』などなど。

 モニターに目を向けると、表示されてるのは……

『DLv:95.92』

『DLv:95.95』

『DLv:95.97』

『DLv:95.99』

『DLv:96.00』

 96レベルに上がった瞬間に、コメント欄が大いに盛り上がった。


「……っ」


 それと同時に、愛七がカクリと頭を垂れた。


「……っ♡……………………っ♡………………………………っ♡……………………………………っ♡…………………………っ♡」


 決して配信の向こう側には届かない小さな声を漏らし、少し震えたあと、何事もなかったかのように顔を上げた。


「96レベル達成だにゃー♪ このまま100レベまでイっくにゃー!」


 『すっげえええぇぇぇぇぇ!!』『おにいさますげえええええぇぇぇぇ!!』『レベルアップおめ!』『ずるすぎるwww』

 感嘆のコメントがあふれ、アンチコメを洗い流していく。多くの人が信じられない光景に沸いている。そんなコメントを見ている愛七の額には脂汗が浮いていた。愛七はそれを前髪を整えるふりをして、袖でスッと拭う。

 100レベルまで、後4レベル。





「………………………ふっ、……ふっ、……ふぅ♡ えーっと、次は何を話そうかにゃー? ……っ♡ ダンジョンで食べたもので美味しかったものランキングとかどうかにゃー」


 配信開始から1時間20分。愛七の声音こそ普通だが、その瞳はどこか虚ろである。レベルは先ほど99を超えた。こんなに長時間、強い快楽に抗っているのだ。その苦痛は計り知れたものではない。


「えーっと、第三位はぁ………………………………………………っぅ♡」


 少し意識が飛んだのだろう。ぐらりと傾きそうになった愛七の身体を、手を引いて戻す。もう限界が近い。


「っとぉ♡ ちょっと寝不足気味にゃー……。ん、そうこうしている間に、もうすぐ百レベルだにゃ! せっかくだからカウントダウンするにゃー!♡」


『歴史的瞬間』『マジでやりやがった』『マジですげえええぇぇぇぇ!!』『お兄様最強説』『体調大丈夫?』『ダンジョン管理局さん、おにいさんを保護してください』『ご』『5』『ごー!』

 レベルカウンターに合わせてリスナーもカウントダウン始めた。


『DLv:99.95』

「ごぉー!♡」

『DLv:99.96』

「よぉん!♡♡」

『DLv:99.97』

「さぁーん!♡♡♡」

『DLv:99.98』

「にっいぃ!♡♡♡♡」

『DLv:99.99』

「いっっっちぃ!♡♡♡♡♡」


「ぜっろおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 色っぽい声を大声でかき消すように叫び、愛七は右手を大きく突き上げた。


「100レベル、達成だにゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


『うおおおおぉぉぉぉぉ!!』『すげぇ』『まじでやりやがった!』『おにいさまを私にください!!』


 いつの間にかアンチコメントはほとんどなくなっていた。あったとしても、愛七にコメントを読む余裕はないだろうが。


「それじゃ、約束のスキル、いっくにゃー! 『影結い!』」


 愛七は置いてある枕を空中に投げると、ベッドに映る枕の影に指を突き立てた。すると、宙にある枕は空中でそのままピタリと止まる。まるで手品だ。


「これで正真正銘の100レベルだにゃ! 糞ビッチだの売女だの罵った奴ら、どうだ、まいったか! あと、あとこれだけは言っておくにゃ!!」


 愛七は立ち上がり、一度深呼吸をした後にキッとカメラをにらみつけた。


「あいにゃんは……私は、妹の目が見える様になるんだったら、何でもする! 身体を売ってもいい! 命だって捧げる覚悟がある! それでクソビッチだのアバズレでも、なんて呼ばれても構わない! だけど、だけど……」


 愛七の頬を、つぅと一筋の涙が流れた。


「私の妹を悪く言う奴は、絶対に許さない! ダンジョン管理局に取り締まられようと、違法にスキルを使ってでも絶対に見つけ出して報復してやる! 報復される覚悟のあるやつだけ、妹の悪口を言え! 分かったかぁ!?」


 愛七はビシッとカメラに指を突き付け、荒く肩で息をする。そして、


「あと、おにいは誰にも上げないからにゃ! 配信終ーわり! まったにゃー!」


 それだけ言うと、コメント返信も何もせずに配信終了ボタンを押した。そしてそのままベッドに崩れ落ちる。


「愛七! 愛七! 大丈夫か!?」


「………ぃ………達にぃ……………………達…………にぃ」


「愛七! しっかりしろ、愛七!」


「…………………………………………………も……………………む、り♡」


「愛七……愛七?」


 愛七がヌラリと体を起こした。虚ろな表情で、頬を上気させて、瞳を濡らして……。その瞳の奥に、あるはずの無いハートマークが見えた、気がした。


「達にい♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡も、もう無理ぃ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


「愛七……? うわぁっ!!」


 愛七は俺の肩を掴むと、そのままベッドへと押し倒した。レベル100に到達したダンジョンダイバーの力に抗う事なんて、出来る訳も無い。

 一時間以上、強烈な快楽を我慢し続けたのだ。愛七が正気のはずがなかったのだ。


「ご、ごめんね達にい♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡あいにゃん、壊れちゃったにゃん♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


「あ、愛七……とりあえず、落ち着こう、な?」


「ごめんね、ごめんね……♡♡♡♡♡ 達にいのことも♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡壊しちゃうね♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡二人で♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ぶっこわれちゃお?♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


「愛七、やめ……わぷっ!」


 愛七に唇を塞がれる。まるで獣のような激しいキス。猫耳も相まって、まるで愛七が肉食獣の様に見えた。


「達にい♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡にゃ♡♡♡にゃ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡達にい♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡にゃ♡♡♡♡達にい♡♡♡♡♡♡♡♡達にい♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡にゃにゃ♡♡♡♡♡達にい♡♡♡♡♡♡♡♡達にい♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡にゃ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡達にい♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 まるで今まで蓄積した快楽を一気に解き放つように、愛七が快楽に身を委ねる。当然そんな快楽に耐えられるはずも無く。


「んっっっにゃあああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 愛七はそのまま意識を手放し、俺の上にドサリと倒れ込んできた。


「……良く頑張ったな、愛七」


 すぅすぅと寝息を立て始めた愛七に、そっと布団をかける。

 その後俺は、一泊8千円の自分の部屋に戻ってオナニーして寝た。

 アップルホテルはVODが無料で見放題。もちろんエッチな動画も。ありがとうアップルホテル。ありがとうアップル社長。あなたのおかげで、思春期の男子高校生は救われました。みんなも泊まろう、アップルホテル。

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