第47話 接触型精密地下探索者能力水準測定機
愛七の汚名返上作戦。それは至ってシンプルである。
愛七がエッチな事をせずに、レベルが上がる事を証明すればいい。つまり、ライブ放送でレベルカウンターを装着したまま、俺と手をつなぎ続ければいい。ただそれだけだ。
この作戦の問題点は二つ。
ひとつは、俺という存在がバレてしまう可能性があること。手を繋ぐだけで相手をレベルアップさせられるほどの経験値を持つ人なんていない。おそらく俺以外には存在しないだろう。
もしかしたらものすごい経験値を持つ男性がいると騒ぎになるかも知れないが、まぁそれは良いだろう。
もともと経験値を隠していたのは、由良ちゃんの一件があったからだ。由良ちゃんが元気に生きていて俺を恨んでいないと分かった時から、別に隠す必要はほとんどなくなっていたのだから。
もうひとつは、ライブ放送中に愛七が快楽に耐えなければならないこと。
エッチなことをしていない事を証明するのに、愛七がライブ放送でアンアンイヤイヤダメダメヨと喘いでしまったら炎上に更に薪を焚べることとなってしまう。
そのため、愛七には嫌らしい雰囲気を全く感じさせないように振る舞う必要がある。
今の愛七のレベルは95。目標は100レベルだ。1時間ほどのライブ放送で5レベルも上がればみんな納得してくれるだろう。
その時間、耐えられるかどうかは、愛七次第だ。
現在の時刻は19時58分。愛七はあいにゃんの姿でベッドに座り、設置した配信用スマートフォンを見つめる。手元にはコメント確認用のもう1台のスマートフォン。
俺も映らない位置にスタンバイし、じっと始まるのを待つ。
開始まで、5、4、3、2、1……スタート。
「こんにゃんこー! DTuberあいにゃんのライブ放送、はじまるにゃーん!」
愛七の元気な声で始まるライブ放送。俺も自分のスマートフォンでコメントを確認する。炎上したあとの初放送ということもあり、コメント欄は加速する。
『こんにゃんこー』『こんにゃんこー!』『糞ビッチ』『待ってた』『消えろ』『わこつ』『こんにゃんこ!』『売女』『大丈夫?』『荒らしが消えろ』『引っ越しした?』『謝罪しろ』『こんにゃんー』『4ね』
だいたい荒らしコメントは三割と言ったところか。思ったよりも多くはないが、そのどれもが心無いコメントばかりだ。
当然愛七もそれには気がついているだろうが、笑顔を絶やさずに進行する。
「今日は随分とコメントが盛り上がってるにゃー。にゃはは、理由は分かってるんにゃけど……」
愛七は苦笑いした後、大手通販サイトのロゴが入った段ボール箱を取り出す。
「じゃん! 今日のためにポチりました、レベルカウンター! まだ段ボールからも出してない正真正銘新品未開封にゃ! てゆーか、ここの段ボールって無駄にでかいにゃー」
そこそこ大きな段ボール箱から出てきたのは、ティッシュ箱ほどの大きさの箱。薄いビニールでピッチリと包まれたその箱には『接触型精密地下探索者能力水準測定機』と書かれている。ダンジョン管理局で使用しているものと同じもののようだ。
「にゃんか開封動画見たいになっちゃってるけど……開けていくにゃー」
一度カメラに向けて箱の四方八方を見せ、本物であることを確認させてから、愛七は封を開く。
出て来たのは腕輪のようなものと、それにつながる卓上電子時計ほどのモニター。まるで血圧測定気の様だ。
愛七はしばらくごそごそと付属品を開いたり分厚い説明書を見た後に、ぺろっと舌を出して言う。
「にゃ、にゃんかよく分かんにゃいけど、腕に着けてボタンを押せばいいはずにゃ!」
動画のコメント欄にツッコミが殺到する。
『ちゃんと読めw』『高いんでしょそれ』『アバズレ』『ポンコツ猫で草』『まぁいつもダンジョン管理局で使ってるもんな』『配信やめろ』『それで何するの?』
相変わらず誹謗中傷は止まない。
コメント欄を横目で見ながら愛七が測定機を腕に装着する。電源を入れ、測定ボタンを押下すると、モニターが映る。しばらく『測定中』と表記された後、数値が現れた。
『DLv:95.27』
つまり、95レベルと少しいうことだろう。
その表記が出た途端にコメント欄が荒れた。
『ビッチ確定』『糞』『ヤリマン確定』『少し前まで50レベルって言ってなかった?』『DTuberやめろ』
荒れるコメント欄を無視して愛七が喋る。
「急激にレベルが上がったせいで、ヤリマンだの糞ビッチだの言われまくって、傷心中にゃ。にゃのでっ! 今回は汚名を返上する企画を考えたにゃ! 題して『あいにゃんは経験値泥棒猫だった!? 手を握るだけでレベルアップ! 目指せ100レベル企画ー!』」
あいにゃんがワーッと盛り上がり拍手するも、反応は冷たい。『不可能だろ』『嘘乙』『それはむりじゃない?』等と否定のコメントで溢れる。
「目の見えない妹の為にダンジョンダイバーをやってるって聞いて、経験値のめっちゃ多い
どーぞーと言われても、俺は身体を晒す訳には行かない。俺は手首から先だけがカメラに映るようにヒラヒラと振る。
「それでは早速手をにぎっていくにゃ。まさか、手を握るだけでビッチ認定する潔癖リスナーはいにゃいよにゃ?」
愛七が先手を打ってコメントを黙らせる。そしてゆっくりと俺の手に手を伸ばした。
ここからが、愛七の試練の時だ。素面で平常心のまま、100レベルまで耐える必要がある。愛七はギュッと、俺の手を強く握った。
『DLv:95.27』
『DLv:95.29』
『DLv:95.32』
『DLv:95.35』
モニターに表示される数値が、少しずつ上がっていく。一気にコメント欄が沸騰した。『えええええぇぇぇ!?』『ウソだろ!』『フェイク動画乙』『ビックリ人間現る』『おにいください』『余裕でギネス記録だろ……』『ダンジョン管理局が動くぞ!』『おにいさん人間国宝』
「………………………………………」
愛七はしばらく俯いて何も言わない。ヒヤリとした。頼むから耐えてくれと祈っていると、コメント欄が落ち着く直前に顔を上げた。
「はいっ♡ と言うわけで、びっくり人間おにいにゃのですぅ!」
話をしている間にも数値は少しずつ上がっていく。
「どうかにゃ? 信じてくれたかにゃ?」
愛七の問いかけに対する反応は二分された。素直に凄いと驚嘆する声と、まだ疑っている声。後者は数値がフェイクだと思っているのだろう。
「…………ふっ♡ えーっと、まだ疑いのコメントがあるみたいだにゃ。なので、100レベルににゃったら、証拠にスキルをお見せするにゃ。100レベルで使えるスキル、その名も影結い! 効果は見てのお楽しみだにゃー!」
100レベルを目標にした理由がこれだ。100レベルにならなければ覚えることの出来ないスキルを使い、本当にレベルが上がっていることを証明するのだ。
「それじゃ、ちょっと長丁場だけど、みんなお付き合いよろしくにゃ」
愛七にとって苦痛の時間が、始まった。
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