第46話 たった数十センチの距離が、切ない
「あー、楽しかったー」
愛七と二人で遊園地を散々楽しんで、ようやくチェックイン。時刻は19時だ。部屋は別々なのでいったんチェックインした後、愛七の部屋に行くことになっている。愛七の部屋のルームキーは借りているのでいつでも入ることが可能だ。
ベッドにボフンと横になると、このまま寝てしまいたい衝動に襲われる。
「いやいや、だめだだめだ。何のためにここまで来たんだっての」
五分でも横になったらもう起き上がれない予感がするので、俺を眠りへと誘うベッドから何とか起き上がる。あくびを噛み殺しながらエレベーターへ。愛七のいる部屋は35階だ。
何度も愛七の部屋に行っているというのに、なぜか緊張しながら扉を叩くと、すぐに『どーぞー』という声が帰って来た。
カードキーをかざして中に入る。
「なんじゃこりゃ」
思わず声が漏れた。同じ建物の部屋とは思えないほど豪華な景色が広がっていた。広い部屋。大きなベッド。壁には巨大なテレビ。天井にはなんとシャンデリアが。何故か照明は点いておらず、薄暗い。
愛七は部屋の一番奥の窓際に居て、俺に手招きしている。その姿はすでに『あいにゃん』だ。
「達にい! こっちこっち! すごいよ!」
「いや、そっちに行かなくても、もう既にすごいんですけど……。あと達にいじゃなくておにぃって呼んでよ」
豪華な部屋に圧巻されながらも歩いていく。愛七の横に立って景色を見たとき、思わず感嘆の声が漏れた。
「う、わ……すげぇ」
「ね! すごいよね!」
横浜の街のキラキラとした夜景に、遊園地の虹色の灯り。海に浮かぶ船の灯りと、その光をゆらゆらと反射する海の波。そして何より目を引くのが巨大な観覧車だ。
「さっき乗ってた観覧車、あれだよね!」
「あれだろうな。うわぁ、本当にすげぇ」
しばらく愛七と二人で夜景に見とれる。ぽやぽやと光り、たまに消える街の光を眺めるのは、なぜだか飽きない。
……どのくらいそうしていただろうか。ふと我に返り、なんとなく愛七の方に首を向けると、ちょうど愛七もこちらを向いた。
視線が、ぶつかった。
「……ぁ」
「……ん」
どうしてだろうか。散々見慣れたはずの愛七の顔、その瞳から目が離せない。いつも意地悪に笑っている目が、口が、なぜだか妙に色っぽく見えた。
たった数十センチ離れた体の距離が、とても遠い気がして、切なくなって、少し愛七の方に身体をよせると、愛七も同じ様に近づいてきた。なのに、切なさは強くなる。まるで近くにあるのに触れ合えない磁石のように。ちかければ近いほど、より近くに行きたくなってしまう。
無意識に愛七の細い腰に手を伸ばすと、愛七は俺の肩に手を乗せて来た。触れた場所が、触れられた場所が、熱い。
「愛七……」
「達にい……」
もう、思考する余裕は無かった。おそらく、愛七も同じだろう。そのまま体を寄せて、顔が近づいて……
――ピリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!
「ほわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「にゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
突然鳴り響いた電子音に、俺も愛七もまるで驚いた猫の様に跳ね上がった。
「びびびびっくりしたぁ!! なになに!? 何の音!?」
「あいにゃんのスマホだ! あぁ! もう7時50分だ! 配信! 準備しないと! 準備!」
今日の愛七の生配信の時間は8時から。あと10分しかない。
「もうそんな時間!? 愛七! スマホに付ける三脚出してセットして! 全身が入るように調整して! あ、あとレベルカウンター! あれどこだったけ!?」
「達にい照明つけて! 一番明るい奴! あと念のため覆面! 早くかぶって!」
俺と愛七は大慌てで『作戦』の準備をする。何とか放送開始の2分前には間に合った。
愛七の汚名返上作戦、いよいよ開始だ。
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