第45話 生意気なメスガキ小悪魔猫⇒借りてきた猫

 キャリーケースをゴロゴロと牽いて歩く。隣には同じくキャリーケースを牽く愛七の姿が。もちろんあいにゃんの姿ではなく、黒いパーカーに厚手の黒いスカートの、いかにも根暗女子と言った格好である。


「……まじで別人だよな」


「ん。身バレすると面倒だから」


「有名配信者は大変だねぇ」


「それと陽キャリア充怖い」


「そっちが本音だろ。ていうか雰囲気変わりすぎじゃない?」


 部屋の中では生意気なメスガキ小悪魔猫だが、外界に一歩でも出ると大変おとなしくなるらしい。まるで借りて来た猫の様だ。これがダンジョンダイバーをしつつもゲーム実況もやっている有名美少女動画配信者だとは誰も思わないだろう。


「私、内弁慶のネット弁慶だから」


「自分で言うかそれ。ていうか一人称まで変わってるし。ま、その愛七も可愛くていいけど」


「……むぅ」


 愛七が無言で脇腹を殴って来た。


「ってぇ! なんで殴るの!?」


「……照れ隠し」


「だからそれ自分で言う奴じゃないって」


 他愛の無い話をしながら駅へと向かう。

 俺たちの向かう先は横浜にある日本有数の大規模ホテルである、『アップルホテル&リゾート』だ。

 もちろん未成年男女の宿泊だとホテル側に色々と詮索されそうなので、それぞれ別室で予約してある。ちなみに未成年のみで泊まる場合には保護者の同意書が必要だが、俺の親はそういうところは寛容なので、友達と遊びに行くと言ったら簡単に許可が下りた。また、愛七はダイバーライセンスを持っているため保護者の同意書は不要。そりゃそうだ。各地にあるダンジョンに潜りに行くのに、いちいち親の同意書が必要になったら面倒だ。

 俺が予約した部屋は下層階の最安値ツインルームで8千円。それに対し愛七は最上層のエグゼクティブスイート。お値段なんと9万円。意味が分からない。ベッドが10個くらいあるのだろうか。動画配信しないとやっていけないとか言ってたけど、やはりダンジョンダイバーは儲かるのだろう。そして『宿泊代は経費で落ちる』とか言ってた。意味が分からない。何だか愛七に対して先輩ぶってる自分が恥ずかしくなってくる。


「ふーん♪ ふふ~ん♪」


「エラくご機嫌だね。そんなに楽しい?」


「ん。楽しい。こういうの、初めてだから」


 愛七は高校1年生で俺は2年生。修学旅行以外の旅行なんて、家族旅行くらいしか経験が無いのだ。ワクワクするのも仕方がない。

 ちなみに俺のプランでは夕方に出発しホテルに一泊、次の日の朝に帰ってくる弾丸プランだったのだが、愛七に猛反対を喰らった。どうせ行くなら楽しみたいとのことらしく、急遽宿泊するホテルの近くにある遊園地に行くことになったのだ。

 ちなみに現在朝の7時。遊園地のオープンは11時。移動に1時間強かかるといっても早すぎである。


「ふあぁ……それにしても出発早すぎじゃない? 早く行ってやりたいことでもあるの?」


「近くに朝食の美味しいカフェがあるらしいから、そこに行きたい」


「内弁慶の割には積極的だね」


「一人だと絶対無理。今日は、達に……おにぃがいるから」


 愛七に相談を受けた日から、愛七には俺のことをおにぃと呼ばせている。もちろん俺の趣味ではない。俺が示した提案で必要なことだから。


「俺よりダインジョンダイバーの愛七の方が強いのに」


「そういう問題じゃない」


「さいですか。てか、俺金足りるかな……。一般高校生男子の懐事情は寂しいんだよな。このまえメタフォーカス買っちゃったし」


 ケツポケットに突っ込んである財布を撫でながら言うと、愛七が首を傾げた。


「? 私が全部払うよ?」


「いやいや、そういう訳にはいかないでしょ。俺の方が年上なんだから」


「私の為に、おにぃが手伝ってくれるんだよ。私が出すのが当然。経験値だって貰ってるのに。おにぃの経験値だと、いくら払っても足りない」


「そうは言ってもなぁ。うーん、まぁそこはおいおい考えるかねぇ」


 他愛のない会話をしながら移動し、遊園地近くのカフェでおしゃれ朝食を食べ、いざ遊園地へ。深くかぶったフードの奥で、愛七の目が爛々と輝いているのが分かった。

 せっかく炎上のことを忘れて楽しめているのだ。水を差すのは野暮と言う物だろう。


「よっしゃ、それじゃ全力で楽しむか! 行くぞ愛七、乗り物全制覇だ!」


「うん!」


 到底無理な目標を掲げて、俺と愛七は遊園地へと足を踏み入れた。

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