第44話 二人で、どっか遠くへ行こう
「達にい……助けて……」
愛七の事情を知り、より積極的に経験値の受領を始めてから数日経ったある日、いつもどおりに愛七の部屋に遊びに行くと、愛七が泣きながら助けを求めてきた。
一体何が起きたのか全く分からないが、あの愛七が演技でなく、本気で悲壮な表情で助けを求めてきたのだ。ただ事ではないのだろう。
「俺に出来ることなら、なんだってしてあげるよ。何があったの?」
「あのね……あいにゃんね……」
愛七が顔を歪ませながらスマートフォンの画面を見せてきた。
「大炎上しちゃった……」
「……はい?」
愛七が相談してきた内容は、全くの想像の範囲外のものだった。
「えっと……家が火事になったとかって言う意味じゃないよな……?」
「……うん」
「有名人が不倫したときに総叩きにされるあの炎上か?」
「……うん」
「飲食店のアルバイトがバカなことしてネットに晒されたときになるあの炎上ってことか?」
「もう! だからそうだって言ってるじゃん! いいからスマホの画面見てよ!」
「お、おう」
愛七が怒ってスマートフォンを俺の眼前に突きつけてきた。素直にそれを見ると、表示されていたのは大手ソーシャルネットワークサービスの返信欄だった。
愛七の何気ない投稿に寄せられた大量の返信。その内容は以下のようなものが多い。
『ビッチ』
『ヤリマン』
『バイ菌女が動画あげるな』
『アイドルぶってるけどブサイク』
『売女』
『死ね』
まるで中学生男子が言いそうな低レベルな暴言で溢れている。そしてこうして見ている間にも通知は止まらない。どんどん書き込まれているのだろう。
炎上と聞いた時は、なんだそんなことかと思ったが、これはなかなかに酷い。ただの少女である愛七にとってこれは相当に辛いだろう。
「なんでこんな事に……?」
「この前ダンジョン探索の動画を上げた時に、今まで使ってなかったスキルとか沢山使って、ステータスも大幅に上がってて、それで『ダンジョンに潜るだけで、短期間でこんなに強くなるのはおかしい。あいにゃんは色々な男とやりまくってるクソビッチだ』って書き込みがされて、それからどんどん火が大きくなって……」
どうやら俺の経験値を使ってレベルを大幅に上げたことが根本原因のようだ。
「別に、あいにゃんの事を悪く言われるだけなら、良いんだけど……」
愛七が涙を流しながら、震える声で画面をスクロールする。
「さーにゃんのことまで、悪く書かれるのは、許せない、耐えられないよ……」
見せられた返信は、『どうせ妹も姉と一緒に身体売ってんだろ。目が見えないならそれくらいしかできねーだろうし』『姉に身体売らせてアーティファクト待ってるクソ妹と、嬉々として売りをするビッチ姉』等と心無いもので溢れている。
どうしてここまで酷いことを書けるのだろうか。怒りで強く拳を握りしめる。
「酷い。酷すぎるだろ、これは……」
「あいにゃんもさーにゃんも何も悪いことしてないのに、何でこんなこと言われなくちゃいけないの……? ただ一生懸命がんばってるだけなのに。さーにゃんは一生懸命生きてるだけなのに……。あぁ! またさーにゃんの悪口! やめてよ! さーにゃんの何を知ってるの!? あいにゃんたちが何をしたの!? アンタ達に何の権利があってそんな事いうの!?」
涙を流しながら、スマートフォンの画面に向かって叫ぶ愛七。俺はスマートフォンを取り上げてベッドに放り投げ、愛七を強く抱き竦める。
「見るな! 大衆に紛れて安全圏から悪口を言うような卑怯者の言葉を真に受けるな!」
「でも……でも……みんな、みんなが……」
「みんなって誰だよ! 愛七はその中の一人でも顔を知ってるのか!? 名前を知ってるのか!?」
「それ、は……」
「名前も知らない、顔も知らない様な奴の言葉を受け止めるな! 俺を、俺を見ろ愛七!」
愛七の肩を掴み、その瞳を真剣に見つめる。
「……ぁ」
「俺は誰だ?」
「た、達にい……」
「愛七にとって俺はなんだ?」
「……大切な……と、友達」
「名前も知らないSNSの何万人と、俺一人。どっちが信じられる?」
「……達にい」
「その『達にい』が言う。愛七はがんばってる。紗奈さんはいい子だ。2人とも何も悪くない。分かったか?」
「……うん」
「SNSのゴミどもの意見なんて真に受けるな。良いな?」
「……うん」
「よし。落ち着いてベッドに座ってて」
ようやく落ち着いてきた愛七をベッドに座らせて、スマートフォンは見ないように電源を切って俺のポケットに入れた。
愛七は何を考えているのかボウッと虚空を眺めて黙っている。
とりあえず何かホッとする飲み物を作ろうと台所に行き、ホットココアを作る。持っていって愛七に手渡すと、大分平常心に戻っているように見えた。
「はい、ホットココア。熱いからゆっくり飲んでね」
「……うん、ありがと」
愛七はマグカップに口を付け、ココアを少しだけ飲んでから大きく息を吐いた。
「おいしい」
「それは良かった」
愛七はゆっくりとココアを飲み干して、しばらくしてから口を開いた。
「ありがとう、達にい。あいにゃん、取り乱してた」
「しょうがないよ。あんなの、誰だって取り乱すし嫌になる。でも、これからどうする? ダンジョンダイバーをやるだけなら、別に動画配信を続ける必要は無いと思うけど」
俺の提案に、愛七は首を横に振った。
「あいにゃんはソロで採集してるダンジョンダイバーだから効率悪くて、ダンジョンの稼ぎだけではやっていけないの。ダンジョンダイバーをやるなら、動画配信も必須」
「そっか。でもこんなに炎上したままだと続けていけないよな」
俺のこの意見にも、愛七は横に首を振る。
「んーん。炎上してるってことは、注目されてるってことだから。動画の収益は、前よりも上がると思う。ただ……」
「ただ、ずっと誹謗中傷され続けるんだろ? 耐えられないよ、そんなの」
「大丈夫。あいにゃん、耐えてみせる」
「俺が耐えられないっていってんの。愛七はもう妹みたいなものだしな」
妹と言われて、愛七は嬉しそうな残念そうな複雑な表情になった。
「でも、どうしようもないよ」
「いや、一個だけ愛七の無実を証明する方法はある、と思う。なぁ愛七。人のレベルを確認する道具ってあるか?」
「えっと、うん。あるよ。ダンジョン管理局でダイバーライセンスを更新する時に使うし、一般用も売ってる。それで、なんとかなるの?」
愛七が希望の表情でこちらを見る。しかし俺の提案はそんなに良いものではない。
「多分。愛七にはかなりきつい思いをさせることになるけど、やる?」
「やる」
愛七は即答した。迷いのない瞳で。
「分かった。じゃあ、次の土日。ふたりでどこか遠くに行こう」
「……ふぇ?」
愛七の試練が、始まる。
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