第49話 ラクトンC10

 アップルホテルに泊まった日の翌朝。俺はスマートフォンの電子音で起こされた。アラームは設定していなはずなのになと、疑問に思いながら画面を見ると、どうやら着信の様だ。表示されている名前は『奥村愛七』。


「んー、おはよう愛七。まだ7時前だからもう少し寝かせて」


『もぉ! なんで自分の部屋に戻ってるの!? せっかくのエグゼクティブスイートなのに! 豪華な部屋なのにっ!』


 どうやら愛七はお怒りの様だ。


「んなこと言ったって……。寝ちゃえば真っ暗なんだから、部屋の豪華さなんてどうでも良くない? それに未婚の未成年男女が同じ部屋に泊まるなんて不味いでしょ?」


『あ、あいにゃんは、別に、達にいと、その、そうなっても、構わないにゃん……ってそうじゃなくて! 達にい早く来て! 今すぐ!』


「んー……。シャワー浴びてからでいいかー?」


『い・ま・す・ぐ!!』


 愛七が大声で叫ぶものだから、寝起きの耳がキーンってなった。キーンって。


「わぁかったわぁかった。それじゃ、後でなー」


 愛七の返事を聞く前に電話を切り、うーんと伸びをする。すぐに来いと言われても、流石に洗顔と歯磨きくらいはしたい。

 顔を洗い、髪を整えて、歯を磨き、服を着替えてから愛七の部屋に行く。頬を膨らませた愛七が出迎えてくれた。


「もう! 遅いよ達にい!」


 愛七は髪はボサボサで服が乱れていた。おそらく昨日あのまま寝て、先ほど目が覚めたのだろう。俺に対して羞恥心とか無いのかこいつ。


「ほら、これ見て! これ!」


 愛七はスマートフォンの画面を俺に突きつける。それはネットニュースのページだった。


「えーっと、『DTuberあいにゃん、妹への熱い想い、感動の家族愛』?」


「昨日のあいにゃんのライブ放送がバズったみたい! アーカイブ動画にも応援コメントがたくさん来てるの! まだ少しアンチは残ってるけど……それでもめっちゃ減った! 達にい、作戦大成功だよ! 本当にありがとうっ!」


 ガバっと抱き着いてくる愛七。可愛らしいその頭をポンポンと撫でる。


「俺じゃないよ。愛七が頑張った結果だろ? 昨日の愛七、かっこよかったよ」


「……にひひひっ! うん!」


 愛七にしては珍しく、素直に嬉しそうな笑顔だ。


「そういえば、達にいのことも記事になってたよ」


「へ? 俺?」


 愛七がスマートフォンのページを変える。同じネットニュースのサイトだ。


「『やらせ? フェイク? 手を握るだけでレベルアップ出来るほど経験値の多い男性は存在するのか〜専門家に聞いてみた〜』まじで俺のことじゃん……」


 正直、何か話題になるかもとは思っていたが、寝て起きた時にはもう記事ができているとは流石に思わなかった。


「ごめんね達にい……あいにゃんのせいで……」


「大丈夫大丈夫。身元がバレたわけじゃないんでしょ?」


「うん。それに、フェイク動画だったっていう結論になってるみたい」


 ざっとページに目を通すと、大まかに下記のような事が書かれていた。

・経験値の移行には粘膜の接触がほぼ必須

・レベルアップ速度があり得ない

・手を握るだけであの速度で経験値が移行されるとしたら、保有経験値量は億や兆どころではない。

・巧妙に作られたフェイク動画である可能性が高い

・結論、DTuberの女性はもともと100レベルを超えており、それを隠していた。バズりたいためにフェイク動画を作成したと見られる

 とのことらしい。ご丁寧にも入れ墨やボディペイントによる経験値詐称行為への注意喚起までされていた。


「ともかく、炎上が収まったのなら目標達成だな」


「うん! ありがとう、達にい!」


「どういたしまして。それとさ、愛七。非常に言い辛いんだけどね……」


 俺にピッタリとくっついている愛七を見下ろす。昨日あのまま寝てしまった愛七の身体。なんというか、エロいような甘いような香りが漂ってきて、股間が反応してしまう。


「なんか、その、めっちゃエロい感じだから、シャワー浴びてきたら?」


「……へ?」


 俺を見あげてしばらくぽかんとした後、愛七の顔が一瞬で赤くなった。


「ば、ばばばばばばばか達にい! 変態! ド変態!!」


 愛七は急いで俺から離れると、部屋の奥のバスルームへと消えていった。


「達にい! ちゃんと部屋に居てねー! 勝手に戻らないでねー!」


「わかったから、ゆっくり浴びてこーい」


「覗いてもいーよー!!」


「覗かねぇよ!!」


 愛七がシャワーを浴びている音を聞きながら、大きな窓から外を眺める。天気は快晴で、心も晴れやかだ。

 やるべきことは終わった。あとはのんびり観光でもして、家に帰ることにしよう。


「達にいー! 覗きはまだー!?」


「だから覗かねぇって!!」


 愛七がアーティファクトを見つけるまで、この関係はもう少し続きそうだ。

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