第42話 あいにゃんで、ごめんなさい……

 俺をエロスの罠に掛けようとする小悪魔猫の誘惑を振り切り、俺は愛七の身体の向こうにある毛布を掴む。そして歯を食いしばりながら愛七の身体にかけた。エロ魔人、封印完了。

 ここからが俺の反撃である。

 俺は愛七を無視してしばらくスマートフォンを弄り、あくびをする。


「ふぁ……。何か俺も眠くなって来ちゃったな……。ちょっと仮眠しよう」


 寝たフリカウンターである。先に根負けして相手にアクションを起こしたほうが負けという我慢比べだ。俺は床に座り、愛七の寝ているベッドを背もたれにして頭を垂れた。

 十分ほど寝たフリをしていると、背後で衣擦れの音がした。愛七が身体を起こしたのだろう。


(ふふふ、我慢できなくなったかな? いやしんぼちゃんめ)


 目を瞑って内心でほくそ笑んでいると、愛七は予想外のアクションを起こした。


「……ねぇ、達にい。ほんとに、寝ちゃったの?」


 愛七は俺の地肌には触らずに、肩のあたりをちょんちょんとつついてくる。


「ほんとは起きてるんでしょ? ねぇ、達にい?」


「……」


 つんつん。つんつん。寝たフリを続ける俺の背中を、愛七が切なそうににつつく。しかし、寝たフリを続行。


「達にい……」


 しばらく無視していると、愛七が静かになった。そして……


「ふぇ……ぐすっ……」


(な、泣いちゃったーー!?)


 想定外の事態に内心パニックになるが、今さら顔を上げるわけにも行かず、じっと耐える。


「あ、あいにゃ……そんなに、魅力、無いのかな……。子供っぽいから、ダメなのかな……。た、達にいはやっぱり、前連れ込んでたギャルみたいな子が、好きなの、かな……ふえぇ……」


 俺の肩にそっと置かれた小さな手が震えている。今すぐに振り返って抱きしめてあげたい。


「ご、ごめんね、達にい……あいにゃん、子供っぽくて……。どうせなら、もっと大人っぽくて、優しくて、美人な人が隣人だったら良かったのにね……。ごめんなさい、ごめんなさい……あいにゃんで、ごめんなさい……」


 愛七はしばらく泣きながら謝った後、泣きつかれて寝てしまったのか、スースーという寝息が聞こえ始めた。


「年下の女の子相手に、何やってんだろうな、俺は」


 勝手に意地の張り合いして、女の子を泣かせるなんて。これだから陰キャ男子はダメなんだよ。

 俺はガシガシと頭をかいて立ち上がり、ベッドで壁を向いて寝ている愛七の隣にあぐらをかいて座る。規則正しく上下する細い肩。


「愛七。お前は魅力的な女の子だよ。決まってんだろ、そんなこと。俺がヘタレで意気地なしでバカだっただけだ」


 寝ている愛七の腕に、左手でそっと優しく触れる。


「…………………………んぅ♡」


「こんなに可愛い子がいて、手を出さない奴なんていないよ。ヘタレ陰キャ以外には。だから、傷つく必要もないし、泣く必要だってないんだ」


「………………………ん♡……………………ぁ♡」


 右手で愛七の頭をそっと撫でる。くすぐったそうに愛らしく身動ぎをした。


「とっくに俺の体質のことに気がついてるだろうに、気が付かないふりして接してくれて、ありがとな。愛七は本当に、いい女だよ」


「ぁん♡………………………ぁ♡…………………………………………んんんっ♡♡♡♡♡」


 ピクリと愛七の身体が跳ねるが、掴んでいる左手は離さない。


「た、たつ……………たつにいっ♡♡♡……………………………………たつに、いいぃぃっ♡♡♡♡♡」


 快楽に身を委ねたまま、愛七がもぞりと動いて寝返りを打ち、こちらを見る。

 その顔は涙で濡れながらも、どこか懇願するような表情……ではなかった。

 。意地悪な笑みで。

 その顔を見て瞬時に理解した。演技だったのだ、全てが!


「愛七っ、てめぇっ!!」


「ニヒヒヒっ♡……………た、達にいってぇ♡……………………ね、寝てる女の子にぃ♡♡……………………手を出すんだぁ♡♡……………んああぁぁっ♡♡♡」


 俺に腕を握られて、快楽に襲われているというのに、愛七は意地悪な笑みを崩さない。


「サイッテー♡……達にいって、サイッテーだねーっ♡……………い、いままでもぉ♡……………………こっそりあいにゃんのことぉ♡………………お触りしたりぃ♡………し、してたんでしょーー?♡♡♡♡♡」


「し、してねーし!」


「信じられなーい♡♡♡だってぇ、今だって、腕握ったままだしぃ♡♡♡♡♡♡♡♡ぁ、ぁ、ぁ♡♡♡♡♡♡♡」


「だって、愛七が変なこと言うからっ! 寂しそうに泣いてたからっ!」


「あいにゃん何も言ってなひよぉっ♡♡♡♡♡♡♡らってぇ♡♡♡♡♡♡ずっと寝てたんらもーん♡♡♡♡♡♡♡♡んぁっ♡♡♡♡♡♡♡」


「く、くそっ! 愛七がっ! 愛七がっ!!」


 何も言い返せない。俺はやけになって右手で愛七の手首を強く掴む。両手で掴まれた愛七は激しく身体を跳ねさせるも、挑発的で意地悪な笑みは崩さない。


「んあああぁぁぁぁ♡♡♡♡♡♡♡♡♡ひ、ひっどーい♡♡♡♡♡♡♡♡♡達にいってぇ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡逆上してぇ♡♡♡♡♡♡♡♡無理矢理、ヤるタイプなんだぁ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡サイッテー♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡クーズ、クーズ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 責めているのは俺のはずなのに、心は敗北感でいっぱいだ。

 悔しさで顔を歪める俺を見て、愛七はさらに笑みを深めた。


「こ、こんらのよゆーなんれすけどぉっ♡♡♡♡♡♡♡♡手を握ることしか、れきらいのぉっ? ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡た、たつにぃの、ヘタレ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡意気地なしぃ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


「愛七っ! くそ、これでもくらえっ!!」


 ヤケになった俺は、愛七の可愛らしい口に指を突っ込んだ。唇の内側は粘膜だ。移行する経験値量は多くなる。


「ん、ん、ん、んうううぅぅぅぅぅっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡サイッテー♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡達にいの、むっつりー♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡拗らせ陰キャ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


「く、クソーーーーーー!!」


 結局その後も愛七は屈服することなく、生意気な口をきき続け、快楽で意識を失ってようやく静かになった。

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