第36話 あいにゃんなのにゃん

 少し緊張しながら奥村さんの部屋に足を踏み入れる。部屋のレイアウトは俺の部屋と左右対称になっており、見慣れた雰囲気なのに違和感があってなんだか変な感じがする。

 奥村さんの部屋は俺の部屋と違って壁にポスターが飾ってあったり観葉植物が置いてあったりと華やかだ。俺の部屋の方の壁には机があり、ディスプレイが左右に二つあり、さらに上にももう一つ。輪っかの形をした大きな丸いライトがあり、スタンドマイクもある。椅子はまるでスポーツカーの運転席から持ってきたかのようにスタイリッシュだ。

 女の子の部屋を不躾に見回すのは褒められたことではないかもしれないが、当の本人は脱衣所なので問題ないだろう。どうやら外出用の服から部屋着に着替えているらしい。

 しばらく待っていると、奥村さんが戻って来た。制服のような、ドレスのような服で、ミニスカートにハイソックス。いわゆるゴスロリと言う奴だろう。部屋着と外着が反対なような気がするが、今の恰好で外に出るのもなかなかに勇気がいりそうだ。

 奥村さんは部屋を見回す俺を見て、目を細めて口を開いた。


「女の子の部屋をそんなにじろじろ見ないで」


「いや、なんかすごいなーって思って。ディスプレイが沢山あってデイトレーダー見たい。これでVRChatやってるの?」


「デイトレーダーって……。VRChatはやってない」


「え? じゃあいつも誰としゃべってるの?」


「誰とっていうか……大勢に向けて? 私、DTuberだから」


「DTuber? DTuberって、たしかダンジョン配信しているっていうあの?」


「そ。ニシシ、気が付かなかった? ほら、これ」


 奥村さんは前髪をヘアピンで留め、髪の毛をツインテールにし、猫耳型のカチューシャの様なものを装着する。そして腰をくねらせ、顔の横で手を握った。いわゆる猫のポーズと言う奴だ。ツインテールにすることでインナーカラーのピンクが強調され、可愛い顔が良く見えてまるでアイドルである。ゴスロリの恰好も痛さを感じさせることは無く、むしろ彼女の可愛さをより強調している。


「おっどろいたー? 私があの有名DTuber、あいにゃんなのにゃん!」


「お、おーー!」


 一般人がやれば痛くて痛くて致命傷になりそうな猫のポーズも、この格好をした奥村さんであれば様になる。とてもかわいくて思わず感嘆の声を上げて拍手をし、そして俺は首を傾げた。


「で、あいにゃんって誰だ?」


 俺が問うと奥村さんがスコーンとずっこけた。


「って、知らないの!? 私そこそこ有名なんだけど! アンタ動画配信サイトとか見ないの!?」


「いや、見るけど……」


「だったらアタシを見た事くらいあるでしょ!? 普段なに見てんの!?」


「討論番組とか、海外のドッキリ動画とか、最近はサバイバル動画とか見てる」


 俺がスマートフォンで有名動画配信サイトのページを開いて奥村さんに見せると、奥村さんは奪うようにスマートフォンを手に取ると勝手にスクロールし始める。そしてわなわなと震え始めた。


「か、かすりもしない動画ばっかり……アンタほんとはおっさんなんじゃないの? 今時の若い子ならVTuberとかDTuberとか、せめてアイドルを見なよ」


 奥村さんは大きなため息を吐いてスマートフォンを俺に返した。


「いや、あんまりピンと来なくて。えっと、あいにゃん、あいにゃんっと」


 俺は返してもらったスマートフォンで『あいにゃん』と打ち込み検索する。


「や、ちょ、ちょっと。目の前で検索されるとなんか恥ずかしいんだけど……」


 検索結果には目の前の奥村さんと同じ顔の女の子の動画が沢山出て来た。動画配信者というのも嘘じゃないのだろう。登録者も50万人を超えており、なかなかの有名どころと言っても良いのかもしれない。

 とりあえず人気の高い動画をクリックしてみる。


「おー! すごいすごい! それっぽい!」


 動画のタイトルは『連敗して発狂するあいにゃん』。タイトル通り対戦ゲームで連敗した奥村さんが発狂した動画がまとめられている。いわゆる『切り抜き動画』とかいう奴だろう。動画の中の奥村さんは笑ったり怒ったりと忙しい。


「奥村さん、すごく可愛いね!」


「かわ……ふ、ふふん。そーでしょうとも」


「でもダンジョンに潜ってる動画はあんまり再生されてないね」


「うぐぅっ!」


 奥村さんは俺の言葉を聞いて、意外と大きな胸を抑えた。


「ダンジョンの方は、最近伸び悩んでて……私ソロで隠密系だから」


「ちなみに何階層まで潜ってんの?」


「最高で80階層かな」


「へー、結構レベルも高いんだ」


「レベルは50」


「ごじゅう!? 大丈夫なのそれ!? 確か、階層と同じくらいのレベルが必要なんだよね!?」


 思ったよりもずっと低いレベルに驚く。


「ふふーん。私は隠密型だから、潜るだけならそれくらいで大丈夫なの。まぁ、魔物にバレたらやばいけど……バレずに採集してくるくらいお手の物よ!」


 胸を張って威張った後、奥村さんは肩を落とす。


「けど、隠密行動だと追従ドローンで配信なんてできっこなくてボディカメラになるから迫力に欠けるし、自分も映らないし……もういっそゲーム実況者になったほうがいいかも知れないにゃ。そっちの方が再生数稼げてるし」


 登録者50万人を超える配信者でも悩みは尽きない様だ。


「ま、まぁまぁ。それは置いといて、メタフォーカス使ってみようよ!」


 いたたまれない雰囲気になってしまったので、俺はメタフォーカスに指を向ける。今日のメインはそっちなのだ。

 めくるめくVRの世界へ、さぁゆこう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る