第35話 メスガキ

 奥村さんと一緒に家に帰る道を歩く。無言で。とても気まずい。がんばってこちらから話題をふってみるも、答えは『ん』か『んーん』のどちらか。

 こっちだって陰キャだけどがんばってんだから、奥村さんも陰キャなりにがんばってほしい。

 諦めて黙っていると、奥村さんの視線がチラチラと俺の持つ袋に向けられている事が分かった。


「気になるの? これ」


 紙袋を掲げると、奥村さんはフイと視線をそらしながらも聞いてきた。


「何、買ったの?」


 意外と家電好きなのかもしれない。


「えっと、メイトフォーカス? とかいうVRChatで使う機械。やってみたかったんだよね。VRChat」


 紙袋を広げて箱を見せると、奥村さんが目を大きく見開いた。


「も、もしかしてメタフォーカス!? しかもプロ!? め、めちゃくちゃ高いやつ!」


「10万円くらいしたかな」


「す、すごいすごい!」


 奥村さんがキラキラした目で見上げてきた。嫌な予感。


「ね、私にも使わせて!」


 そう来ると思いましたよ。

 まぁしかし、俺には使い方がさっぱり分からないので、経験者であろう奥村さんがいてくれるのは正直心強い。


「まぁ構わないけど」


「やった! じゃあそのままアンタの部屋に行くね!」


 どうやらこのまま付いてくるらしい。まぁ隣人だからそんな気はしたけど。

 見られちゃまずいもの放置してなかったよなと思い出しながら家に帰り鍵を開けると、奥村さんが我先にと上がり込んだ。


「おいこら。家主を差し置いて勝手に入るな」


「ニシシ、良いじゃない別に」


 意地悪な笑顔で奥村さんが言う。

 第一印象はおどおどした少女だったが、こっちの姿の方が素の様だ。見知った相手には馴れ馴れしくするタイプなのだろう。これだけ可愛くてこの性格なら、学校でイジメられたりしないかなと心配になる。


「それで、パソコンはどこ?」


 部屋をキョロキョロと見回す奥村さん。


「パソコン? パソコンは持ってないよ?」


 俺が答えると、奥村さんが怪訝な顔を向けてきた。


「え? パソコン無いのにどうやってメタフォーカス使うの?」


「え? パソコンないと使えないの?」


「え? 使えないよ?」


「え?」


「え?」


 どうやら、未知なる性体験はまだまだ先になりそうだ。


「ま、まじかあぁぁぁぁぁ……」


 がっくりと崩れ落ちると、俺の背中を奥村さんがポンポンと叩く。慰めてくれてるのかと思い顔を上げると、思いっきり意地悪な顔で笑っていた。


「ニャハハハ! だっさーい! パソコン無いのにメタフォーカス買うなんて! もったいなーい!」


「てめぇこら。人が悲しんでるっていうのに……」


「どーせエッチなの見れますよーとか言う店員の言葉にそそのかされたんでしょー? ぷぷー! 恥ずかしー!」


「くっそ、言い返せねぇ……」


 項垂れる俺をひとしきり馬鹿にした後、笑いすぎて出て来た涙を脱ぐって奥村さんが言った。


「ね、せっかくだからウチ来て使ってみようよ。あいにゃパソコン持ってるし」


「い、いいの?」


「あいにゃも使って見たいもん。てゆーか、使えないなら、それちょーだい?」


 可愛らしく小首を傾げて言う奥村さん。あげても良いかなってちょっと思ってしまった。小悪魔かこいつ。


「あげねーよ! まぁ、俺がパソコン買うまでは貸してやっても良いけど」


「ニシシ、やったー! じゃ、早くあいにゃの部屋に行こ!」


 奥村さんはそう言うと俺のメタフォーカスを持ってさっさと俺の部屋を出て行った。

 良く考えてみると、女性の部屋に行くのは産まれてから初めてである。

 そして今になって思い出される相楽先生の『男子は喰われる側』という言葉。


「いや、まぁあいつ痴漢に怯えてたくらいだし、大丈夫か」


 モタモタしていると、ドアが開き奥村さんが声を上げた。


「ちょっとー。早くしないと開封の儀やっちゃうよー?」


「あーまてまて! 開封の儀は俺がやるの! 俺のメタフォーカスなんだから!」


 頭に浮かんでいた相楽先生の言葉は霧散し、俺は慌てて奥村さんの部屋に駆け込んだ。

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