第34話 エッチが上手な人
「痴漢されてるところを助けたら、急に気を失った、と」
「はい。理由はその、分からないんですけど」
「ホッとして血の気が引いちゃったのかな? 君はこの子の知り合い?」
あの後気を失った少女を連れて、駅の救護室までやってきた。優しそうな駅員さんに感謝半分、疑い半分の視線を向けられている。
「えーっと、知り合いと言えなくもないというか……」
言い淀む俺に、駅員さんが疑いの眼差しを向けてきた。
「……君が何かしたわけじゃないよね?」
「してないですしてないです!! その子とアパートの部屋が隣で、顔見知りっていうだけです!!」
慌てて取り繕うが、駅員さんの疑いの目はそのままだ。
「……あの、俺はその子とそんなに親しい訳では無いので、帰ってもいいですか?」
「……いや、すぐに目を覚ますだろうから、それまではいてもらうよ」
「えっと、はい」
この子が起きて俺の無実が証明されるまでは逃がさないぞ、といったところだろうか。救護室に気まずい空気が流れるが、幸いにも女の子はすぐに目を覚ました。
「うー……ん」
「目を覚ましたかい? 大丈夫? 痛いところはない?」
「あれ、私、どうして……」
女の子が目を覚まし、上半身を起こす。その拍子にフードが外れてその顔があらわになった。黒いロングヘアだが、インナーカラーに明るいピンク色。アーモンド形の大きい目に、大きな口。
おどおどした雰囲気に似合わず、顔は良い。
彼女はその大きな瞳で俺の方を見ると、おびえるような表情になった。
「ひっ……」
「ちょちょちょ、ちょっとまって! ねぇ、俺さっき痴漢から助けたよね? ね!?」
少女の誤解を招きそうな態度に、駅員さんが庇うように俺と少女の間に入って来た。
「落ち着いて! 落ち着いて思い出して! ね!?」
「……あ、えっと。うん。確か、その人に助けてもらった」
「ほら! 駅員さん聞いたでしょ!? 俺は痴漢から助けたんですって!」
「助けてもらって、そのあと、えっと…………ぁ♡」
俺の手に触れたことを思い出したのか、彼女は俺と触れた方の手を患部でも触るかのように優しく触った。
「その後何があったのかな? 大丈夫、言ってごらん?」
駅員さんがまるでメンタルケアをするかの様に優しく問いかける。
少女は少し考えた後、俺の方を見た。俺が必至で首を振っていると、余計なことを言わないでくれと言う思いが通じたのか、少女も首を横に振った。
「んーん、その人に助けてもらっただけ。痴漢した人は、中年でハゲでデブだった」
「……そう? ならいいんだけど。念のために君の名前と年齢を教えてくれる? そっちの少年もね」
「
「俺は無良達哉で17歳です」
「奥村さんに、無良君だね。奥村さん、警察に被害届を出しに行くかい?」
駅員さんの問いに、奥村さんは首を横に振った。
「良い。どうせ、つかまらないし。めんどうだから」
「……そうか。被害者に注意することじゃないんだけど、怪しい人には近寄らないようにね」
「うん、気を付ける」
「無良君も。疑ってごめんね。隣人だって言ってたよね? 良かったら家まで連れて帰ってあげてくれないかい? 被害にあったばっかりで心細いだろうから」
「隣人……?」
駅員さんの言った隣人という単語に奥村さんが怪訝な目を向けてきた。俺の顔をまじまじと見て気が付いたように声を上げる。
「あ、エッチが上手な人」
今なんて言ったこの子?
「えっと……奥村さん? な、何のこと? まともに会話するのは初めてだと思うけど……」
「部屋に可愛いギャル連れ込んで、毎日すごい声出させてた」
「ちょおおおおおぉぉ!? いや、まぁ、事実だけど言い方ぁ!」
「毎晩毎晩声が聞こえるから、迷惑だった」
「おま……! そっちだって毎晩にゃーにゃー言ってるじゃねぇか! 昨日だって12時過ぎまでにゃーにゃーにゃーにゃー!」
「……にゃっ!? ききき、聞いてたの!? 変態! 忘れて!」
「はいはいそこまで。隣人同士のいざこざまでは対応できないから。帰って好きなだけ大家さんに相談してね」
言い争う俺と奥村さんを見て問題ないと判断したのか、駅員さんはまるで追い払うように、俺達を救護室から出る様に促した。
小柄な少女がこちらを見あげ、ポツリと言う。
「……じゃ、家まで送って」
「まじで? 必要ある?」
さっきの様子だと、もう完全に元気を取り戻したように見えたが……。しかし、よく見るとその肩が少し震えていた。男の俺には分からないが、痴漢っていうのはやはり怖いものなのだろう。
俺はため息を一つ吐いて、家に向かってゆっくりと歩み出した。
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