動画配信者の生意気少女

第32話 怖いか? 未知の性体験が

『こんにちは。連絡が遅くなってごめんなさい。

 本当はもっと早く連絡したかったんだけど、新曲のPV撮影と番組出演で忙しくて……

 でも、やっと仕事が落ち着いて、ゆっくり出来る時間が増えました。

 いきなりで申し訳ないんだけど、今度会えないかな? 来年のドラマ出演も決まったけど、それまでは時間があるから。

 とりあえず、連絡貰えると……      』


「またスパムかー。最近多いな。どっかから情報流出したのかな?」


 俺は知らない番号から届いていたショーメールをゴミ箱フォルダに入れ、その番号を着信拒否に設定した。情報リテラシーの低い人も減ってきた現代では、こんなスパムに引っかかる人などいないだろう。

 大あくびを1つ吐いて、スマートフォンを枕元に放り、俺もベッドに横になる。なんとなく眠れなくて夜更かしをして、現在12時。ようやく眠気がやって来た。


『ーーーーーーにゃ! ーーーーーーーーーーにゃーー!!』


「……うーん、うるさいな」


 壁から聞こえてくる声に、俺は顔を顰めて寝返りをうつ。ここ最近、隣人の声がうるさい。

 去年の春に引っ越してきた隣人。現代の都会で引っ越しの挨拶などする訳もなく、たまーに後姿をみるくらいだ。

 にゃーにゃー叫んでいるところと、一人の声しか聞こえないところから、おそらくVRChat的な何かで遊んでいるのだろう。


「あんまり続くようなら、大家さんに相談しようかな」


 声からして若い女性であり、年下である可能性も十分考えられるが、相手がダンジョンダイバーであることも否めない。そうなると俺なんて一捻りである。直接文句を言いに行く気にはならない。


「VRChat、か」


 前から興味はあったのだ。絶対に相手に触ることのないバーチャル空間。であれば、俺の体質など何も関係ない。何も気にすることなく過ごすことが出来るのである。最近だとバーチャル空間で恋人同士になることもあるらしい。


「バイト代もあるし、やってみようかな」


 明日は休みで、バイトも入っていない。パソコンショップにでも足を運んでみよう。


『にゃーーーー!!』


――ガシャン!!


「うわっ、びっくりしたー……」


 何やら隣人が荒ぶっている様子。対戦ゲームをやってて負けたかな?

 とりあえずそれ以降は静かになったため、俺はようやく眠りに落ちた。


 翌朝。家電量販店が開店する時間に行こうと家を出ると、隣の扉もガチャリと開いた。


「あ、ども」


「……」


 黒いスカートに黒いパーカー。フードを深く被っていて、黒い髪で目が隠れているため顔はあまり見えない。身長は150センチくらいだろうか。小柄だ。

 昨日あんなに荒ぶっていたとは思えないほど静かで、あからさまに陰キャと言った様子である。

 思わず挨拶してしまった俺に、ほんの少しだけ会釈をして彼女は歩いて行った。


「ネットだと性格が変わるタイプ、かな? 逆上するタイプかもしれないし、関わらないどこ」


 どうやら俺と同じ地下鉄に乗るようで、向かう先が同じだ。追いついてしまっても気まずいので、なるべくゆっくりと駅に向かった。





「……か、買ってしまった」


 俺は震える手で紙袋を持ち上げる。中に入っているのはVRヘッドセットである。

 店員の話を聞いていると、あの機能も欲しい、この機能も欲しいと欲望が湧いてきてしまった。

 高性能マイク、高性能ヘッドセット、そして高性能VRゴーグルが一体化したもので、ゴーグルを外せば普通のヘッドセットとしても使用できる優れもの。

 店員さんの『……この機械でVRAVを見たら、世界が変わりますよ。もう実質本当のセックスといっても、過言ではありません。ふふ、こちら側に踏み入る勇気がおありで?』という言葉に釣られたわけではない。ないったらない。

 ちなみに価格は9万9千8百円。よくこの値段を出したなと自分でも思う。

 店員さんの『お客様は風俗経験はおありで? 風俗は行くのも怖い、お金も高い、しかもどんな女性が来るか分かりませんよね。しかしこちらはたった風俗3回分の価格で、毎日でも最高の性体験が味わえます。3次元のみならず、2次元の女の子とも……。ふふ、怖いですか? 未知の性体験が』という言葉に乗せられたわけではない。ないったらない。

 早く帰って試したくなり、歩む足も逸る。もちろんVRChatを。エッ……な動画を早く見たいから急いでるわけではない。ないったらない。

 そんな俺の逸る気持ちを嘲笑うように、トラブルが発生した。地下鉄が何かしらの不具合で遅延しているのだ。そのためホームには大勢の人が電車を待っている。


「まいったな……満員電車は乗りたくないんだけど……」


 俺の体質で満員電車に乗ると余計なトラブルを招きかねない。

 でも、早く帰ってVRAVを……じゃなくってVRChatをやってみたい。


「厚着だし、手袋してるし、大丈夫だよね?」


 未知なる性体験に釣られて、俺は人でごった返す駅のホームに一歩足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る