第30話 穂乃果さんは思ったよりもポンコツ
穂乃果さんと薄暗い懺悔室で暑い夜を過ごしてから三日後。バイト先に行くと千佳さんが暗い顔で椅子に座り込んでいた。
「おはようございまーす。千佳さん、どうかしたんですか?」
俺の声を聞いて千佳さんが勢い良く立ち上がる。
「無良! 穂乃果を見なかったかい!? 三日前に事務所に有給届けがおいてあって、それからどこにもいないんだよ!」
「あー……」
穂乃果さんがいないのなら、それはダンジョンに潜っているからだろう。あまり驚いていない俺の様子を見て、何かを知っていると感づいたのだろう。千佳さんがズイと近づいてくる。
「無良、あんた何か知ってるだろ?」
「えっと、はい。少しだけですが。多分ダンジョンに行ったんだと思います。ダンジョン七面鳥を捕りに」
「バカな! あの子はダンジョンなんてほとんど入ったことが無い素人だよ!? たどり着く前に死んじまうに決まってる!!」
「七面鳥って何階層にいるんですか?」
「77階層だよ!」
だったら楽勝じゃないですかね。穂乃果さんのレベル206まで上がってますし。
しかし、そんなことを知るはずもない千佳さんは、しばらくおろおろとした後にしゃがみ込んで顔を覆った。
「あのバカ娘……私には散々無理をするななんて言っておいて……自分は自殺行為なんてして……」
いつも強気な千佳さんが、悲壮な声をあげて透明な雫をぽたぽたと落とす。
「穂乃果は旦那にて、頭が良いと思っていたよ……無茶して危険に飛び込んで……私より馬鹿じゃないか……」
「千佳さん……」
千佳さんはしばらく泣いた後、手の甲で目元をグシグシとこすった。赤い目でこちらを見る。
「すまない、無良。今日、バイトは無しだ。これから来る従業員たちにもそう伝えておいてくれ」
「千佳さん、どこかに行くんですか?」
「ダンジョンに決まってるさね。もしかしたら低階層で迷って泣いているかもしれないからね。まだ死んだって決まったわけじゃない。なら、探しに行くだけさ」
「でも、千佳さんのライセンスは停止されているんですよね?」
「構うもんかい。かわいいバカ娘の為なら、ライセンスなんて剥奪されたってかまわないよ。どうせ入り口の管理をしているのなんて、ひ弱なだダンジョン管理局の職員だろ? 強行突破すればいいだけさ」
子を思う母は強い。千佳さんは誰に止められたとしても、ダンジョンに行くだろう。
まぁ、その必要は無いんだけど。
「穂乃果、愛してるよ。だから、絶対に生きて……」
「ただいまー」
重苦しい空気の事務室に、穂乃果さんの能天気な声が響いた。ガチャリと開かれる扉。まるでサンタの様に大きな袋を担いだ穂乃果さんの姿。目を赤くした千佳さんが、ポカーンと穂乃果さんを見る。
「あー、疲れた。ダンジョンってお風呂無いのが辛いね。あ、お母さん、七面鳥とってきたよ! これで来週のクリスマスビュッフェも大丈夫だね!」
しばらく千佳さんはパクパクと口を開け閉めして、声にならない声を上げる。そしてかろうじて絞り出した。
「ほ、穂乃果……あんた、どうして……」
「え? レベル上がったからダンジョンに行ってくるって言ったよね? あれ、言ってなかったっけ? えっと……言って、無かった、かも……」
能天気だった穂乃果さんの声が、少しずつ小さくなっていった。千佳さんに伝え忘れていたことを思い出したのだろう。少しだけ沈黙した後、穂乃果さんはペロッと舌を出して自分の頭をコツンと叩いた。
「つ、伝え忘れちゃった」
「……こんの、アホ娘がっ!!」
「ご、ごめんなさーーいっ!」
ポカーンと、まるでマンガのようなゲンコツが穂乃果さんの頭に落ちた。
三十分ほど千佳さんの説教は続き、正座させられた穂乃果さんが涙目になったところでようやく終わった。
「全く、本当に心配したんだからね。でも、生きていてくれてよかった。それと」
千佳さんは笑顔になり、サムズアップした。
「本当にグッジョブだよ、穂乃果。これで最高のクリスマスビュッフェが開催できる。24日まであと一週間、気合入れて準備するよ!」
「うん!」
「さて、それじゃ、気合入れて下処理しないと……ね……」
穂乃果さんが担いで来た袋の中を見て、千佳さんが固まった。
「穂乃果……あんた、これ……」
千佳さんが袋から一羽の鳥を取り出す。白い羽にピンク色がかったくちばし。その姿はどう見ても……
「ガチョウだよ、これ」
「……へ?」
どうやら穂乃果さんは、思ったよりポンコツだったようだ。
その二日後、ダイバーライセンスの停止が解除された千佳さんと穂乃果さんの二人で大慌てで77階層に行き、危なげなくダンジョン七面鳥を獲ってきて、何とかクリスマスビュッフェに間に合わせることが出来た。
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