第28話 今日は、朝まで付き合って
穂乃果さんのレベルは順調に上がっていき、目標である100レベルも目前となってきた。凉夏さんの時よりもペースが速い気がするが、おそらく個人差があるのだろう。もしくは、穂乃果さんが暗闇で手に触れる以外の何かをしているかだが……それは考えないでおこう。
穂乃果さんのお母さんは120レベルほどもあるらしく、いつもは111階層で狩りをしているらしい。穂乃果さんのお母さんは接近職なので、穂乃果さんがレベルアップしてウィザード兼プリーストとしてペアを組めば、安全度はグッと上がる。
今は二人組で狩りに言っている穂乃果さんのお母さんだが、パーティの人は年明けにパーティを抜けるらしい。やはり引き抜きの好条件には勝てなかった様だ。
しかし、穂乃果さんのレベルアップは順調。このままいけば年明けまでに間に合うだろう。
そんな風に考えている俺達に、問題ごとは別方向からやって来た。
暦は12月初旬。クリスマスの特別ディナーに向けて動き始めた時期だった。
「ダイバーライセンスの停止、ですか……」
「うん……」
「本当、参ったよ」
アンジュールテラスの事務室にいるのは俺と穂乃果さん、そして穂乃果さんのお母さんである千佳さんの三人。暗い空気が漂う。
「なんでまた急に?」
「以前、お母さんがダンジョントラフグを捕って来たのは覚えてる?」
「もちろんです。めっちゃくちゃうまかったですよ」
「ダンジョントラフグの毒ってすごく強力でね。危険だから捌くのに資格がいるの。うちはお父さんが資格を持っているから大丈夫なんだけど、お母さんが捕獲して捌いて提供してるって嘘の報告がダンジョン管理局に連絡されたらしくて……。それでライセンスを一時的に停止させられちゃってるの」
「違反にならないように、その場で締めて解体せずに持って帰っているんだけどねぇ。いくら口で言っても、調査中ですの一点張りで話を聞いてくれもしない。これだからお役所は……。残念だけど、クリスマスビュッフェは諦めるしかないね」
難しい顔で言う穂乃果さんと、どこか諦観したような千佳さん。
「そんなぁ……クリスマスビュッフェの後の賄い、めちゃくちゃ楽しみにしてたのに……」
俺ががっくりとうなだれると、思わずと言った様子で穂乃果さんと千佳さんがふきだした。
「もう、達哉君てば。この非常事態に……」
「まぁでもそれだけ楽しみにしてくれてたのは私も旦那も本望だよ。だけど今回ばかりはどうしようもない」
「赤字覚悟で食材を買い集めることはできないんですか?」
「そうしようと思って旦那が走り回ってるけど、どこも自分の所の仕入れだけで精いっぱいらしくてねぇ。この時期にダンジョン七面鳥を仕入れるのは至難の業だよ」
「七面鳥なんですね。鶏だと思ってました」
「カジュアルなところは鶏を使っているけどね。うちはシェフが頑固で拘りが強いからね。まぁつまり、八方ふさがりなわけさ。旦那はあきらめ悪く走り回っているけど、ダンジョンに潜れない私には出来ることは無い」
千佳さんはそう言うと、椅子から立ち上がってうーんと伸びをした。
「悪いけど私は長期休暇にでもさせてもらおうかね。食材の保管はしてあるから、まぁ後一週間くらいは通常営業できるだろう。それが終わったらアンタたちもしばらくゆっくりするといい。特に無良。アンタ最近バイトに入りすぎだよ。高校生ならもっとたくさん遊んでおきな」
「あ、いえ大丈夫です。俺は賄いが食べたくてバイトしてるだけなんで」
「あんた、ブレないねぇ」
俺の回答に千佳さんは苦笑して去っていった。
事務室に二人きりになると、穂乃果さんが真剣な表情でこちらを見ていた。
「ねぇ、達哉君。ソンさんに伝えて欲しいことがあるんだけど、伝言をお願いしてもいい?」
「え、はい。良いですよ。なんて言えばいいですか?」
俺が答えると、穂乃果さんはどこか熱っぽい視線で俺の目をジッと見つめて言った。
「今日は、朝まで付き合ってほしい」
「……了解です」
俺に向けられた視線ではないと分かっていても、その視線に股間が反応してしまった。ソンさん、ずるいよあんた。
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